第二十四話-2

 かみさまが集まってくる。あとから、あとから。方舟という獲物に、群がってくる。

 黒い火を吐くかみさまに、ちいさな戦闘機が一機、目の前で黒焦げにされて墜ちていった。悲鳴をあげる間もなかっただろうな、と頭の端を思考がぎる前に、燕は正面からかみさまの核を砕いていた。『かみさまを方舟に降り立たせるな。何としてでも空で食い止めろ』それが、社の命令だった。首筋の産毛がざわりとさざめく。咄嗟とっさに身を翻した脇のすぐ傍を、背後から突き出された槍のような触手が掠めていく。舌打ちして斬りおとし、ひらりと宙返りして後ろに回り核を貫く。どこかで泣き叫ぶ声がした。幼い戦闘機の声だった。嫌だよ、もう嫌だよ、こんな数、勝てるはずないよ――狼狽した声は途中で途切れた。刺されたのか焼かれたのか、墜ちていく戦闘機の数が多すぎて、どれがその子だったのかはわからない。目を遣る余裕も、無い。黒い雨だ。雲の下、かみさまと、こどもの、影が、黒く、黒く、雨の滴のように、ばらばらと、次々に、地上へと散っていく。

「あっ……」

 防衛線が、とうとう崩された。食い止める羽人を失った綻びから、かみさまが怒涛のように下っていく。方舟という本丸を前に、かみさまは、散り散りになった戦闘機には目もくれず、一斉に方舟へと襲いかかっていく。

「ねえ、もう、逃げちゃおうよ」

 知らない戦闘機が、燕に声をかけた。燕よりも五つほど年上だろうか、脇腹と胸から血を流していた。疲れきった顔には、誰かの血が跳ねている。

「あんただって、そうでしょう? あの方舟に、家族なんか、いない……わたしたちのこと、消耗品としてしかみてくれなかった大人なんか……今までわたしたち羽人の犠牲の上でのうのうと暮らしてきた赤の他人の子供なんか……見棄てても、ばちは当たらないよ」

 あの方舟は、もう助からないよ。

「……そうね」

 燕は静かに数秒、方舟を見下ろして、それから振り向いて、その年上の戦闘機をみつめた。

「わたしも、方舟を守りたいわけじゃない」

 けれど。

「誘ってくれて、ありがとう。でも――」

 わたしは、罰を受けたいから。この体を、使い果たしていきたいから。

「さよなら」

 空を蹴る。かみさまのあとを追いかけて、燕は方舟へと降りていく。

 終われるのかな……。

 刀を握りしめながら、燕は唇を引き結ぶ。

 これで、やっと、終われるのかな……。



*



 燃える街路をくぐりぬけて甲板へと走るくぐいの姿を、鴎は見つけた。弟だろうか、背中に小さなこどもを背負っていた。後ろから、黒い、飛蝗ばったのような姿をしたかみさまが近づいていく。触手や牙は見当たらない。毒か、炎を吐く型か。何にしても、殺させはしない。鴎の刀が、かみさまの頭の核をとらえる。息を切らしながら振り向いた鵠が、鴎を見て表情を和らげた。

「ありがとう。やっぱり頼りになるな、鴎は」

偶々たまたまです。でも、助けられてよかった」

 かみさまの巨体から、ひらりと飛び降りて、鴎は、鵠の前に立った。目の高さが変わらない。いつのまにか鴎の背は、年上の鵠に追いついていた。鵠に背負われた幼い少年が、黒い瞳で、じっと鴎をみつめている。一瞥いちべつして、鴎は言った。

「この方舟を、出るんですね」

「ああ。親父に頼まれた。おれ、輸送機すら引退した羽人だけど、かろうじて、まだ、少しなら飛べるから」

 弟を背負って、どこかの方舟に辿りつけることを祈って。

 生き残れたとしても家族でおれたち兄弟だけだ畜生……と鵠は悔しそうに俯いた。

「戦闘機が防衛に駆り出されているあいだ、輸送機は何を命じられていたと思う?」

 甲板へとつづく階段を上がりながら、鵠が抑えた声で言った。鴎は沈黙で、その言葉の先を促す。

「他の方舟を探し社の重鎮たちを避難させろ、だってさ。一機でなんか抱えられないから、一人を二機でかついで」

 ばかげてるよな、と鵠が怒りを込めた声でつづけた。

「がきならともかく、大のおとなを背負って飛べなんて無茶だ」

「……そうですね」

 遠く、悲鳴が聞こえる。他の人々は方舟の後方へ逃げているのだろうか。前方の甲板に、人気ひとけは無かった。

「お前も逃げろよ、鴎」

 鵠の言葉に、鴎は首を横に振った。

「ぼくは、まだ、ここで、しなきゃいけないことがありますから」

「かみさまをたおすことか? 社の命令なんか、もう、きくことねえじゃねえか」

「いいえ、命令じゃなく、ぼくの意志です」

「意志?」

 しなきゃいけないことって、何だよ?

「……言えません」

 目を伏せた鴎に、鵠は苦く笑った。

「いいよ。おれはもう、この方舟を捨てる身だ」

 じゃあな、と鵠は甲板を蹴った。ふわり、すこしよろめいたものの、すぐに体勢をたてなおし、鵠は空へと上がった。心の中で、鴎は手を振った。彼らが、かみさまに見つからなければ良いと思う。

(そういえば……)

 見送りながら、鴎は頭の隅でふと思った。鵠という名前は、もう社に返上されている。どこかの方舟に辿りつけたら、彼は新しい名前で、新しい日々を紡いでいくのだろう。おとなに、なっていくのだろう。

「さよなら」

 踵を返して、鴎も飛び立つ。鵠の去った静寂の空とは逆の、悲鳴のこだます社のほうへ。

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