第二十四話-3
街が燃え落ちていく。方舟が
黒い炎に
「……切れ味、わるくなってきた……」
刀を見遣る。刃に映る燕の瞳は淡々と冷やかだった。凪いだ心がそのままあらわれたように、表情の一切は削ぎ落とされていた。
黒い煙が方舟を覆う。夜空のように。その中を、きらきらと火の粉が瞬く。星のように。
炎に包まれた屋根が、がらがらと崩れ落ちていく。まるで、いつかの夜のように。
亡骸のつづく細い路地を、ひとり、燕は歩いていく。
男は女を助けようとした、女は男を逃がそうとした、そのままのかたちで、ともに焼かれていた。とけた皮ふが
淡々と、歩いていく。燕の歩みのあとには、点々と血の花が咲いていく。
遠く、近く、鳴り響く悲鳴と怒号の中で、ふと、色の異なるざわめきが耳を叩いた。社の方からだった。
(……歓声……?)
ふわり。風をまとう。地面を蹴って、もういちど空へ。
*
立ち上る黒煙をくぐり抜け、鴎は社を目指して飛んでいた。かみさまは、前方から後方へと押し寄せているのか。前側には、もう一柱もいないようだった。ただ、撃滅された街の亡骸が、社のほうへと
「燕……?」
煙の向こう、茫然と空に佇む、小さく華奢な背中を見つけた。瞠目した瞳が社をみつめている。煙が立ち込めて視界は悪かった。けれど、燕の視線の先だけは、
「鴎……」
燕の声に温度は無かった。けれど、ゆれる心をそのまま映したように、それは低く
社から飛び立ってゆく、白い、しろい、光。人々の歓呼の声。
「どういう、ことなの……?」
どうして、あいつが、社から出てくるの。
「たたかったことはないよって、いつか、言ったよね、鴎」
「言ったよ」
「それは、こういう意味だったの……?」
人々の歓声が、燕の問いかけを掻き消していく。社の中から、流星のように、白い光が放たれる。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……いつつ。胸に、青い光を宿して。
どうして、あいつが、《かみさま》と、たたかっているの。
「鴎……あなたは、知っていたの……?」
こどもの姿をした、いつかの白いばけもの。忘れもしない、あの炎の夜に現れた姿のままで、それは風を
「かみさまだと言った……あのひとの言葉は嘘だったの……? あれは……《かみさま》じゃなかったの……? わたし、ずっと、今まで、ずっと……」
たたかってきたのは、なんだったの。
白い閃光が、黒く煙る空に走る。一柱、二柱、三柱、一斉に、どろどろと融けて、一部は灰になって、人々の上にひらひらと舞い落ちる。紙吹雪のように。湧き上がる歓声。
「いいぞ!」
「滅ぼせ!」
「かみさまを殺せ!」
「殺しつくせ!」
「燕」
ふわり。鴎は、燕の前へと回った。社に、あの白いこどもに注がれる視線を遮って、鴎は燕をみつめる。
「落ちついて、よくきいて」
はやく、とめなければ。
「あれは、人工の戦闘機。社のつくりだした、羽人だ」
「羽人……」
「そう。でも、今かみさまとたたかっているのは、《親》の放つ命令を実行するだけの《子》にすぎないんだ。《親》を
「組?」
「ぼくが《子》の
「破壊……?」
どうして、と燕の唇が問いかけを編む前に、人々の歓声が、悲鳴に変わった。白い光が、方舟に走る。
破裂したように溢れる悲鳴、悲鳴、悲鳴。
かみさまを葬った白いこどもは、今度は人々を襲いはじめた。
かみさまも、ひとも、
暴走だ、と誰かが叫んだ。狼狽を孕んだ、怒声と叫喚。
「どうして……ひとがつくったものだというなら、ひとの手で制御できるのではないの……?」
燕の言葉に、鴎は静かに首を横に振った。
「心なんて、制御できると思う?」
鴎は微かに笑った。かなしそうに、わらった。青い左の瞳と、黒い右の瞳。まっすぐに受けとめて、燕は言った。
「あなたが、それを、知っているのは……」
それは、問いかけではなく確かめのかたちをしていた。鴎の銀の
「あれは、ぼくをもとにつくられたものだから」
とん、と鴎は空を蹴った。ひとりで、白いこどもたちの中へ飛び込んでいく。燕は唇を引き結んだ。ぎゅっと刀を握りしめ、燕は社へと飛んだ。
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