第7話
「久しぶり。何、まだこんなところに来てるの?」
最後に会ったのは、1年半とか2年ぐらい前?
コウさんは、ボクの記憶にある通り、片側の唇の端を上げて笑ってボクの方にゆっくり来た。
ウェーブがかかる黒髪。男らしい、少し太い眉。鋭い眼光の大きな目。
全体的に深い彫りの顔は、どの角度から見ても端正でカッコいい。
薄い唇のすぐ下にあるほくろが色っぽいって、よく思っていた。
「その言葉、そっくりそのままコウさんに返しますよ」
「俺は久しぶりだよ。みのにフラれてから初めて来た」
「ボクがいつフッたんですか?そしてボクも同じです。コウさんにフラれてから初です」
「よく言うな。俺がいつフッたんだよ」
言い合って、笑った。
コウさんが本当に久しぶりなのかは分からないけど、実際ボクは久しぶりだった。
コウさんとここ以外で会うようになったのを最後に、ここには来ていない。
そもそも三大欲求のうちのひとつを満たしに来てたんだから、コウさんっていう特定の相手ができたことによって、来る必要がなくなった。
そしてコウさんと会わなくなってから、コウさんとまたここで顔を合わせるのがイヤで、すっかり足は遠のいてた。
遠のいてた足を運んだら、しっかり会っちゃったけどね。
「入る?ホテル?」
ものすごく普通に、ものすごく当たり前に、コウさんはボクの腰に腕をまわして、ボクの耳元で囁くみたいに聞いた。
コウさんから、香水の甘いにおいがかすかにする。変わってない、懐かしいこのにおい。
香水は苦手。
でも、コウさんのこの香水はキライじゃなかった。今も決して、不快じゃない。
ここかホテルか。
お互いにここに居るってことは、目的は同じで、ボクたちには面識もあってお互いの好みも分かってる。
さらに一時は付き合うかどうかって本気で考えたぐらい、一緒に居て苦痛ではないし、身体の相性も最高にいい。
目的が同じなら、知らない相手よりコウさんの方がいい。
そして目的はひとつなんだから、場所はどこだって。
「………ホテル」
答えたボクに、コウさんはやっぱり、唇の端を上げて笑った。
「相変わらず、いい身体してるな」
「………っ」
色んな人の色んな目に見られてきたけど、コウさんの目はボクの中でもかなりイイ目で、久しぶりにその目に見られて、ボクの背中はゾクゾクした。
ケバケバしい、ソレのためのホテル。流行りの音楽が流れる部屋。
電気も消してない、明るいままのそこで服を脱がされ、鋭い眼光に愛でられる。
「本当に、久しぶりだから」
言って思った。
だから、優しくして欲しいのか。
だから、激しくして欲しいのか。
ボクはどっちを望んでいるんだろう。
「じゃあ、覚悟するんだな」
ニヤリ。
端正な顔が、艶やかに妖しく歪んだ。
『もう許してっ………』
あまりの気持ち良さに、どれだけ泣いたか分からない。本気で許しを乞うて、本気で泣いた。何度も。
覚悟しろってことは、つまり。
………政さんのご飯、作れるかな。
何も着ていない全身をイヤラしく見られて、ゴクリと喉が鳴ったのに、ボクの頭を過ったのは何故か政さん。
「………余裕だな」
「………え?」
コウさん⁉︎って、ボクが焦って顎を引くよりも先に、ボクの唇は、コウさんの薄い唇によって塞がれた。
それはボクとコウさんの、初めてのキスだった。
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