第51話
「こんばんは」
驚きからの立ち直りは、コウさんよりりょうすけ先生と呼ばれたその男の子の方が早かった。
彼はコウさんに、そしてボクににっこりと笑って挨拶をすると、ボクたちの後ろを通って、さっきまでコウさんが座っていたところに座った。
コウさんはまだフリーズしてて見ていなかったけど、ボクは彼がバーテンダーに向かって頷くのをはっきりと見た。
………あの子もなんだ。
男の子とかあの子とか、コウさんと同じ保育園で働いている成人男性に向かって言うのはちょっと失礼かもしれない。でも、若い。若く見える。下手したら大学1、2年生でも通ると思う。………保育士スタイルの彼は。
今日の彼は、前に見たときと違った。髪型から違った。
保育士の彼は前髪をおろしてたけど、今日は真ん中あたりで分けられ、きちんとセットされていた。リングのピアスも見えた気がした。
ロングコート。その下はVネックのニットで、細身のパンツに先の尖った靴を履いていた。
冴ちゃんと双子と散歩をしているときに見た彼は『かわいい』という印象だった。
男の子数人からなるアイドルグループのセンターに居る子に似てるなって。
そう思ったことをごめんなさいって謝りたくなるぐらい、今日の彼はしっかり艶と色気のある大人だった。
コウさんが、まだ動かない。
保育士の彼をずっと見ているだけに、衝撃が大きかったのかもしれない。
ねぇ、コウさん。これは神さまがくれたチャンスなんじゃない?
って、ボクは思った。
だってコウさん、彼のこと、好きだよね?
この前コウさんは、ボクを抱きながら違う誰かを見てた。
その誰かが彼でしょ?
相手がノーマルならば、ボクらにできることは何もない。ただただ何もできず終わるだけ。
でも彼はバーテンダーに頷いた。ここも裏のルールも知っている。
ってことはもうチャンスでしかないじゃん。
「コウさん、彼にシェリーを」
「………え?」
「え、じゃなくて、今すぐ彼にシェリーを。早くしないとあんな好物件、すぐ売れちゃうよ」
幸いにも今店内に居るのはボクとコウさんと彼、そして2組のカップルだけだ。
つまり、今彼にシェリーを出せるのは、ボクかコウさんのみ。
そしてボクはそのつもりゼロで、コウさんは彼が好き。
これがチャンスでなくて何と言う?
でも、新たに誰かが来たら。
誰かが来て彼を見たら。
「コウさん」
大きな声で言うと彼に聞こえちゃうから、ボクは限りなく小さな声でコウさんを急かした。
「りょうすけ先生は同じ職場の後輩だ。しかも今年入ってきたばかりで俺が指導してる新人。だから手は出さない」
「関係ないよ、そんなの」
「あるだろ。手なんか出したら大問題だ」
「何でですか⁉︎」
「パワハラかセクハラで訴えられる」
そんなの。
そうかもしれないけど、でも、そうじゃないかもしれない。
アルコールで頭がぐるぐるまわって、すぐにすぐ返す言葉が見つからない。
でもやっぱりこれはチャンス。
絶対に、チャンスだよ。
「仕事中ならそうかもだけど、今はプライベートだよ?」
「………」
コウさんの、伏せてた目がぴくんって上がったように見えた。
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