第5話
結婚するならたろちゃんみたいな人がいいなあ。
ふと思ってびっくりした。
何でもない日だったと思う。
いつも通りの、夜か休日か。
ボクが居て、たろちゃんと冴ちゃんが居て、冴ちゃんは明くんを抱っこしてて、たろちゃんは鼻歌を歌いながら家事をしていた。
そんな普通の、ある瞬間。まだ中学生の頃。
どきっとした。
どきっというより、ギョッとしたっていう表現の方が合ってるかも。
自分で思って自分でギョッ。何それ。
結婚するならたろちゃんみたいな人がいい?
冴ちゃんじゃなくて?たろちゃんみたいなお父さんになりたいじゃなくて?
少し思っていた。
ボクはおかしいかもしれない。
ほんの少しだけ。
考えないようにしていた。
考えたらいけない。警告音がビービー鳴る。危険だよって言っている。
だからずっと、興味がないふりをしていた。女の子に。………恋愛ゴトに。
その日、その琴線に偶然、無意識に触れてしまうまで。
そう、ボクは。
女の子にまったく興味がない。ないどころか、自分と同じ男の子、男の人が恋愛対象の人間だった。
まあ悩むよね。焦るよね。
ちょうど多感なときに気づいちゃったし、自分で言うのも何だけど、顔立ちやスタイルはたろちゃん冴ちゃん譲りで悪くないから、それなりに女の子にきゃーきゃー言われてたし。
運動もできた。勉強もそこそこ。愛情たっぷりに育てられてきたおかげで性格も多分悪くない。
だから、少しおかしいなと思いつつ、時期が来れば好きな女の子ができて、告白して付き合って………ってなるんだと、少し疑いつつも、信じていた。
それが思春期になって判明。
………ボクは、同性愛者だ。
変な話、人生初の挫折、的な。それぐらいショックだった。
バレたら終わる。人生終わる。クラスで孤立して、学校中の噂になって、ボクは終わるんだ。
いつか自分にもたろちゃんと冴ちゃんのような未来が来るんだと思っていただけに、マイナスな思いと思い込みは激しかった。
後悔があるとすれば、それをたろちゃんに相談というか、報告できなかったこと、だな。
ボクがひとりではどうにも耐えきれず、そうだとカミングアウトしたのは、たろちゃんが死んじゃってから。
死ぬ気でカミングアウトしたのに、冴ちゃんは言った。
『私は実くんが幸せならそれだけでいい』
絶対嫌われる。気持ち悪いって言われる。そう思ってたのに、明くんは言った。
『実くんは僕の、大好きな自慢のお兄ちゃんだよ』
そうだ。
ボクはこの家に生まれたんだった。
ここで、たっぷりの愛情をたっぷりと注がれてきたんだ。
それを疑ってどうするの。
たったそれぐらいの、ただ、同じ性別の人が恋愛対象ってだけのことで、どうしてその愛情がなくなるなんて思ったりしたの。
そう思ったら泣けて、ボクは次の日、別人になるぐらい泣きに泣いた。
大袈裟ではなく、ボクにはふたりが天使や神さま、仏さまに見えた。
真っ暗だった未来への道に、一筋の光が見えた。
たろちゃんが生きていたら、何て言ったんだろう。
後悔があるとすれば、それ。
たろちゃん。
ボクはいつか、たろちゃんみたいな人と出会いたいよ。
空のような、海のような心でボクをまるっと愛してくれる、そんな人。
………それにしても、ちょっと大きくない?
明くんが握っているおにぎり。
明くんが一番最初に作るのは、宗くんのおにぎりと決まっている。
明くんは、明くんの手にいっぱいの巨大ツナマヨおにぎりを、嬉しそうに完成させた。
日に日にどんどん大きくなってるよね。は、食べるのが成長期で運動部の宗くんだからいいのかと、言わなかった。
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