第4話

 明くんは昔からよく泣く子だった。

 ………まあ、今もよく泣くけど。



 今とは違う意味でよく泣いてたのは昔。まだ赤ちゃんの頃。泣くというか、ぐずぐずするというか。

 多分明くんは、すごく手のかかる子だったんだと思う。

 めぐとつむが生まれてから、そうだったのかもって思うようになった。



 まず明くんは哺乳瓶をイヤがった。断固拒否だった。

 つまり母乳オンリー。冴ちゃんはあまり母乳の出が良くなかったらしく、苦労していたような記憶がある。

 ちなみにめぐとつむは明くんとは真逆の完全ミルク。哺乳瓶だって何のそので、冴ちゃん以外の誰でも飲ませることができる。



 哺乳瓶がダメな他に、明くんはおむつに少しでも違和感があればぐずぐず泣いた。服の肌触りが悪いとぐずぐず泣いて、眠くてぐずぐず。時間をかけて寝かしつけても、布団に下ろすとすぐに起きてぐずぐず。抱っこやおんぶで寝て、起きたらぐずぐず。他にも色々。とにかくぐずぐずぐずぐずぐずぐずぐずぐず、よく泣いてた。



 袖を捲って細すぎる腕を出して、嬉しそうにおにぎりを作り始める明くんを見て、大きくなったなあって目を細めた。



 とにかく、1日の中でぐずぐずしてない時間の方が短いんじゃない?ってぐらいにぐずっていた明くんで、そこまでぐずぐずしていたら、家族の誰かしらイライラしてもおかしくないかもなんだけど、その辺は、我が家はちょっと違った。



『お?明、どうした?何がイヤだ?ほら、たろちゃんに教えてみ?』



 明くんが泣くとたろちゃんは嬉しそうに明くんを抱っこして聞いた。

 赤ちゃんだからしゃべれるはずないのに聞いて、泣く原因が必ずどこかにあるって、あれこれ探してあれこれ試した。



 当時は毎日、たろちゃん冴ちゃんボクで明くんの報告会もしてた。



 こうしたら泣き止んだ。こうしたら笑った。

 じゃあこうしよう。今度それやってみる。



 明くんを抱っこしながら、毎日毎日、明くんが何に泣いていて、どうしたら笑ってくれるかをみんなで考えて、ボクはそれが楽しかった。



『いいか、実。明がご機嫌になるのに一番大事なのは、家族みんなのご機嫌だからな。実もイヤなことや我慢してることがあったら、ちゃんと言うんだぞ』

『うん。たろちゃんも、冴ちゃんもね』

『そうだな。たろちゃんも、冴ちゃんもだ』



 そうやって毎日明くんのことをみんなで報告しあって、たろちゃんが明くんご機嫌ノートなるものを作って、今の生活の元みたいなのができあがった。



 あれがなかったら、あの頃がなかったら、明くんもボクたちも、もっと色んなことに苦労していたかもしれない。



 たろちゃんの愛は偉大だ。



 たろちゃんが突然空に旅立ってかれこれもう………13年。

 一時はどうなるかと思った。

 冴ちゃんは毎日泣いて、明くんの体調は悪化の一途で最悪で、ボクは………。



 今日のおにぎりの具はツナマヨと梅らしい。

 にこにこしながら、ネットで買ってる明くんもお腹を壊さず食べられる無添加缶詰をぱこんと開けている。



 ツナマヨは、明くんの大好きな大好きな宗くんの大好物だもんね。



 ボクは明くんもよくやっているように、ずっとつけているたろちゃんの遺髪でできた緑色のダイヤが入ったネックレスに触れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る