第8話

 でも、ボクには特にどうこうという拘りはなかった。

 欲求不満が解消されればいい。

 痛いのとか乱暴なのがイヤなだけで、お互いが気持ち良くなれるなら、何でも。



 ボクは、周りが思うほど真面目でも優しくもないんだよ。



 たろちゃんにとっての冴ちゃん。冴ちゃんにとってのたろちゃん。

 そんな相手じゃないなら、誰でも同じ。誰に何をされても、ボクの心は揺れ動かない。



 だから、名前を聞かれれば答えたし、連絡先が知りたいと言われれば、よっぽどじゃない限り普通に教えた。



 でも、コウさんは違った。コウさんは拘りの人だった。



 コウさんは、絡みの人間には絶対に名前も連絡先も教えず、絶対に唇へのキスをしなかった。もちろん、ボクにも。

 最初からそう言ってたし、コウさんはその拘りを貫いていた。



 それなのにボクはコウさんの名前を、『コウ』とだけは教えてもらった。連絡先も教えてもらった。

 しかも外で会わない?って言ったのは、ボクではなく、拘りを持つコウさんの方だった。



 それは、でコウさんとと、後が大変だったから。ボクも、コウさんも。

 コウさんとは、何度も言うけど身体の相性が良い。っていうか、



 コウさんとするとボクは他の人とするより何倍も乱れる。乱れまくる。良すぎて。



 それを見聞きする周りの人が、ボクとコウさんが終わるのを待って、終わった瞬間手を伸ばして来るようになった。



 ボクには、そんなに具合のいい身体なのか。

 コウさんには、そんなにすごいテクニックを持ってるのか。と。



 どんなに単に身体の相性の問題だと言っても、でマックスに興奮する欲求不満を抱えた男連中に通じるわけもなく、ボクとコウさんがお互いの身体を簡単に切り捨てられるわけもなく、コウさん的に、イレギュラーに。



 ボクが教えてもらったのは、コウという呼び名と、スマホのナンバーだけ。

 ボクが教えたのも同じ。みのという呼び名と、スマホナンバーだけ。

 年も知らない。どこに住んでいて、どんな仕事をしているか。そういうことは、何も。いっさい。



 したくなったら連絡する。



 ボクたちはしばらく、そんな関係だった。




 コウさんの唇が離れない。キスが深い。

 ずっと、会わなくなるまでそんな関係だったのに。



「次に会ったら口説くって、言ったよな?」



 長く長い、深く深いキスの後、コウさんは言った。

 艶やかに妖しい鋭い眼光を目に浮かべて。



 どきん。



 たろちゃんにとっての冴ちゃん。冴ちゃんにとってのたろちゃんじゃないなら動かないはずのボクの心が、珍しく動揺でぐらりと揺れた。

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