第36話

 ………だから何でこうなった。



 まだ真っ暗な部屋。

 スマホのアラームが鳴るより早く、今日は目が覚めた。



 身動きが取れなくて。身体が重くて。そして暑くて。



 何で?って目を開けたら、背中に人。

 しっかりとボクは、後ろから抱き締められていた。

 このベッドの持ち主………政さんに。



 政さんが起きてるのか寝てるのか分からなくて、もぞもぞと動いてみた。



 起きてたらそれこそ何で?だし、寝てるならただボクを抱き枕にしてるだけだと思って。



 動いてみた結果、ボクが動いても、政さんはピクリとも動かなかった。

 スースーという規則正しい呼吸が、ボクの耳元で繰り返されてる。



 ………何だ。ただの抱き枕か。



 って、残念に思った自分にびっくりした。



 何を思ってるんだ。ボクは。



 とりあえず、畳んで枕がわりにした毛布の下からスマホを取り出して、あと10分ぐらいで鳴るアラームを解除した。



 目が覚めたついでに起きよう。

 起きて政さんの朝ご飯を作ったら、家に帰って明くんと宗くんのお弁当を作ろう。



 なんて思いつつ、未読のメールを開いたら、明くんからのメッセージだった。



『明日のお弁当は僕が作るから、お弁当のことは気にしないでね』



 メッセージを読んで、ボクはちょっと明くんをうらんだ。



 お弁当は作るからって、じゃあボクにどうしろって言うんだよ。朝一で逃げようと思ったのに。ここから。政さんのところから。


 家事スキルが高い弟を持つと、助かるけど困る。



 ………困るよ、明くん。

 早く起きる理由がなくなっちゃったじゃん。



 うーんって政さんがボクの耳元で唸るから、もしかして起きるのか?と思いきや、何故かボクはさらに抱き込まれた。



 暑いんだけど。

 動けないんだけど。



 そのまま顔をすりすりされて、背中がぞくっとしてびくんとした。



 どうしろって言うの?本当に。これ。



 はあって息を吐いて、知らず力が入っていた身体を緩めた。



 ………こんな風に朝を迎えるなんて、初めてなんだけど、ボク。



 そう思ったら、これはこれでいい経験かな、いい思い出かな、なんて、思っちゃったんだよね。

 政さんへの誕生日プレゼントと同じで、結婚できないボクの、それっぽい経験。思い出。



 なら、政さんはまだぐっすり寝てるみたいだから、味わわせてもらおう。



 ボクは、動かない身体を何とか頑張って動かして、政さんの方を向いた。

 政さんのにおいは、政さんのぬくもりは、やっぱり変に落ち着いて、変にどきどきした。



 ここだ。この人だ。



 ボクの中の何かが囁く。



 ボクの中の、何をしても満たされずにいたところが、政さんによってキレイに埋められていく。



 ………なんて、思っちゃダメだよ。バカだな、ボクは。



 もう一度はあって息を吐いて、やっぱり起きて帰ろうと思った、そのときだった。



 何故か政さんの手が急に、ボクの頭をするりと撫でた。

 起きてるの?ってボクはまた身体を強張らせて警戒した。



 暗くて見えない。分からない。起きてるのかどうか。



 一回呼んでみる?

 起きてるのかもしれないよ?。政さんは政さんで。



 っていうか。



 考えてるヒマがあるなら呼べばよかったんだよ、最初から。

 他の何でもない、自分の感覚を信じたら良かったんだ。



 何故ならそれは。

 何故かってそれは。



「………っ」



 政さんの唇が、ボクの唇に乗った。

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