第35話

 何でこうなった。



 電気を消した寝室。

 政さんのベッド。



 結局ボクは政さんに押し切られて、ソファーで持参の毛布を被って、ではなく、政さんとふたりでベッドで寝ることになった。



 何を目的にしたのか一目瞭然のダブルベッド。

 何ってこれは、キッチンにある高級調理器具たちと同じく、政さんが結婚するとき、したときのためのベッド。政さんの結婚願望の品。



 政さんが、愛する奥さんと寝るためのベッド。



 相手ができてから買えばいいのに何故か相手ができる前から買って、政さんの言葉を信じるならば、ここにこうして政さんと寝るのは、ボクが初めてだ。



 ………っていうかいいの?政さん。それで。彼女でも奥さんでもない、ボクが一番。

 普通に考えたらダメだと思うのに、熱でうるうるの目で一緒に寝て欲しいなんて言われたら、断るに断れない。



「改めて………今日はありがとう」

「いえ。ボクが病人をほっとけないだけですから」

「それでもありがとう。今後毎回こんな風に看病してもらえるなら、体調を崩すのも悪くない」

「それはやめて下さい。人間健康がイチバンですよ」

「そうなんだがな。………つまり、体調不良なのに今日はそれだけ嬉しかったということだ」



 暗い部屋。政さんと同じベッド。同じ布団。

 体温とにおいをすぐ隣に感じる。息遣いも。



 病人相手に………政さんに手を出そうとは思わないけど、ただでさえムラムラするバリトンイケボがすぐそこじゃ、いくら一回抜いてたってムラムラする。



 ………だからイヤだったのに。



 政さんだってイヤでしょ?男が男に欲情なんて。経験ないでしょ?気持ち悪いでしょ?ノーマルなんだから。



「政さん、明日仕事は?」

「さすがに休みをもらった」

「そうですか。良かったです。ボクは明日起きたらすぐ帰りますけど、休みならゆっくり寝てて下さいね」

「………え?」

「明くんと宗くんは明日も学校。お弁当の準備があります。辰さんも仕事だから、双子の面倒も見ないと」

「………それは………そうなんだが」

「大丈夫ですよ。政さんの朝ご飯も用意して行きますから」

「………それはありがたいが」

「お昼あたりにまた来ます。お昼ご飯と夕飯を作りに。あと掃除洗濯」

「………か、かたじけない」

「じゃあ、ほら、寝ましょ?おやすみなさい」

「え?あ………ああ。………おやすみ」



 一方的にしゃべるだけしゃべって、ボクは政さんに背を向けた。

 政さんが何か言いた気なのに気づいていたけど、気づかないふりをした。



 線を引こう。引かなきゃ。ここまでだよって。



 もしまた、政さんがこんな風に体調を崩したら、また今日みたいにお世話をしに来てあげる。心配だし。



 でも。



 ………それだけだよ。



 ここで寝るのも今日だけ。

 やっぱりダメでしょ。ボクがこんなところで寝たら。



 ここは本来、の場所だ。



 政さんを意識しないよう、ボクは目を閉じた。

 高そうな、すごく寝心地のいいベッドだ。

 双子が生まれてから細切れにしか寝てないから、無になって目を閉じていれば絶対に寝れるはず。



 自分に言い聞かせているうちに、ボクは本当に、すぐに眠りの世界に落ちて行った。



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