第34話
政さんのリクエストは塩おにぎりとぬか漬けとうさぎのりんごだった。
できあがるまで寝てて下さいって、いつもより小さく見える政さんを、ボクは寝室に連れて行った。
「ドアは開けておいてくれるか?」
心細いのか、不安なのか。
ベッドからボクを見上げる政さんの額に、熱を確認するフリをして触れてから、分かりましたって答えた。
それから用意しておいた今日の夕飯のご飯と、予備として冷凍庫に置いてあるご飯を温めておにぎりを作った。
本当は持ってきたお米を、同じく持ってきた小さい土鍋で炊いて、炊き立てのご飯で作りたい。でもそれだと時間がかかる。
何か食べたいって起きてた体調不良の政さんを、そこまで待たせるのはイヤだった。
そのかわり、お味噌汁を作ろう。
ボクは持ってきた大根を、早く火が通るよう細く千切りにして、ペットボトルに入れてきた我が家の常備お出汁と一緒に土鍋に入れた。
早く良くなりますように。
そう祈りながら、本日二度目の政さんの夕飯を作った。
「キミは本当にキレイな人なんだな」
「………バっ………バカなことを言ってないで、早く寝て下さい」
「バカなことではない」
「じゃあ寝言ですか?」
「見ての通りばっちり起きている」
ごく真面目に答える政さんに、ボクはそれ以上つっこむのをやめて、濡れた髪の毛を拭いた。
緊張した。緊張している。心臓がうるさい。
遅い時間の軽めの夕飯を、政さんが大絶賛しながら食べ終わった後、ボクは15分ほど、政さんのマンションのお風呂を使わせてもらった。
政さんはボクが来たときには既に入っていた。だから使用済み。
………だからすごく、変に緊張した。
湯船を使った形跡はなかった。具合は悪いけど汚れは落としたかったらしい政さんはシャワーで、なのにボクが湯船を使うなんてことは憚れて、ボクもシャワーのみ。
浴びて洗って出てきたら、また起きてリビングダイニングに来ていた政さんに言われたんだ。
バカな寝言を。
『キミは本当にキレイな人なんだな』
本当にやめて欲しい。
冗談でもやめて欲しいのに、本気のやつ。
顔にブワッと、熱が集まるのが分かった。
つっこみの誤魔化しも、あまり効果がなかった。
「とにかく政さんは、1秒でも早く寝て1秒でも早く治して下さい」
「分かった。努力しよう。ところでキミはどうするんだ?どこで寝るつもりだ?」
「ボクはここで」
ここには政さんが寝るベッドの他、敷くものは何もなかった。
なら、ここで寝るしか術はない。ソファーで。というか、泊まる前提で来ているのだから、ちゃんと毛布を持ってきている。
「ダメだ」
「は?」
「そんなことをしたらキミが風邪をひく」
「大丈夫ですよ。そんなやわにできてないです」
「いや、ダメだ。絶対ダメだ」
「そんなことを言われても」
他に寝るところがないのだから、仕方ないのに。
今日の政さんは、小さい子のようでかわいい。でも、少々面倒くさい。
どうしようか。どう説得しようか。
ガンって衝撃の言葉が聞こえたのは、そう考えを巡らせたときだった。
「俺のベッドで寝ればいい」
「………っ⁉︎」
政さんの発言にびっくりし過ぎて、ボクは完全にフリーズした。
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