第33話
「すまない。他の誰でもない、キミが来てくれたのが嬉しくて」
少しして政さんは、そう言いながらボクを離した。照れ臭そうに。
あ。離れちゃう。
って、反射的に思ったことは、誰にも言わない。ボクだけの秘密。
離れたぬくもり………通り越して熱なんだけど、政さんの体温に残念な気持ちでいることも。
「今日はずっと居ますよ。だから何か食べて横になりましょ?」
うわ。
そう言いたくなるぐらい、ボクは驚いた。
ボクは何て声を出してるんだろう。
おかしいよね。発した自分の声に自分で驚くなんて。
でも驚いた。うわ、だよ。
患者さんが相手でも、体調を崩して寝込む明くんが相手でも、めぐやつむにだって、こんな声じゃない。
これはきっと、ヤバいやつ。
ここで線を引かないと、ここまでにしておかないと、ボクの中に積もり積もった、運命の人、愛しい旦那さまにやりたかったことすべてを、今この瞬間から全力で政さんにやってしまう。
ボクが持ってる、ボクがたろちゃんと冴ちゃんからたっぷりと注がれに注がれてきた愛情を、形を変えて政さんに注いでしまう。
声の変化はその証。
「何が食べたいですか?」
「………そうだな」
ボクの気持ちの変化を政さんに悟られたくなくて、持ったままだったりんごをテーブルに置いた。
そして、お粥やうどん、煮物なんかが作れるよううちから少しずつ持って来た材料を、鞄の中の、さらに袋の中から出してテーブルに並べた。
「りんごはうさぎにしてもらえるだろうか」
「え?」
「………あ、いや。はは。何を言ってるんだ俺は。まったくもって恥ずかしい」
一番最初に出したりんごを手に取って、政さんが目を伏せて笑った。すまないって。
謝らなくても、いいのに。
辰さんは優しいお父さんだと思う。
宗くんは口が悪くて痛いところを突く子だけど、お兄ちゃん思いのいい弟だと思う。
ただ、男なんだよね。
でもって政さんはもうしっかり大人で自立していて、宗くんと20才も違う。
男ってさ、意外と気が回らないっていうか。
言わなきゃ分からないっていうか。
つまり何って………。
この人。政さん。寂しいんじゃない?ずっと寂しかったんじゃない?
政さんを見てボクはそう思った。そう感じた。
いい大人がそんなこと思うのか?寂しいなんて。
聞かれたらボクは答える。うん、思うよ。思うでしょ。人間なんだから。
辰さんや宗くんが冷たいわけじゃない。
ただ、普通に普通の男なんだよ。それだけ。
明くんみたいに人の気持ちを繊細に察するとか、ボクみたいにちょっと性別が微妙とかじゃなく、男だから、分かんないんだよね。
「恥ずかしくないですよ。ちゃんとうさぎに切ってあげますから、他にも何か食べたいものがあれば遠慮なくどうぞ」
政さんの、弾かれたように顔を上げてボクを見る目が、熱のせいか潤んで見えた。
………思わず、抱き締めてしまいそうだった。
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