第26話

 ふわっと、優しい何かに触れられたと思った。

 すごく心地いいと思った。気持ちいいと思った。



 どんなに凹んでいても、疲れていても、浮上できるような。大丈夫って思えるような………。



 似ているとしたら、たろちゃんが生きている頃の感覚かもしれない。

 たろちゃんが居るから大丈夫。たろちゃんが笑ってるから大丈夫。たろちゃんが大丈夫って言うから大丈夫。たろちゃんが………。



 そういう安心感。ボクがしっかりしなきゃって張り詰めてたものがゆるむような。肩の荷を下ろさせてくれるような。それがふわっと………。



「よく寝てるところ悪いが、着いたぞ」

「………?」



 耳に心地いいバリトンイケボ。ふわふわと満たされてる感に、意識が上がったり下がったり。



 ………って、え、何?



 そんな感覚なんて、ボクはたろちゃんと一緒に無くしたよって、急に現実を思い出して目を開けた。頭を起こした。



 車の中。隣に政さん。



 ………何だっけ。



 辺りを見渡したら、見たことのない場所だった。

 駐車場だ。車が何台かとまってる。



 そうだ、今日ボクは明くんに嵌められて、政さんと。



「………え」



 政さんと車で、どこかに向かっていた。

 途中から眠くなって、ダメダメって思いつつうとうとしてたら、寝ろって言われて本当に思いっきり寝ちゃったんだ。



 どれぐらい寝てたのか。



 見たことはない。確かにない。でも見たことある。ネットで。パソコンで。スマホで。

 ボクの記憶が正しければ、は。



あかつき⁉︎ウソでしょ⁉︎何で⁉︎」



 



 駐車場にとまってる車の中で、ボクは窓にへばりついて思わず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 寝起きでちょっとぼんやりする頭。

 寝起きだけど間違いない。ボクの目にうつってる。看板に間違いなく書かれている。



 と。



 待って。ボクの記憶が正しければ、ここはうちから車で3時間近くかかるところだ。

 1時間ぐらいなら行けるのにって、何度も思った。

 でも何度調べたところで3時間弱。往復6時間弱。

 さすがに無理だった。明くんがいつ体調を崩すか分からないから、来たくても来られなかった。そして思ってた。いつか………って。



 ギャラリー暁。



 ここは、若い作家さんが何人かで共同経営しているお店。

 シルバーアクセサリー、木工細工、ガラス工芸、そして。



 陶芸。



 ボクがずっと、集めに集めているお皿たち、器たちがここで作られて売られている。



 全然普通に、ネットから買える。

 だからボクはずっとネットで買っていた。実店舗と同じものが買えるし、ネット限定品だってあるから、それで満足してた。

 ただ、同じようにショップ限定品もあって、それがまたすごくいい器だったりマグカップだったりだから、だからいつか………って。



「明くんがな、是非ここに連れて行ってあげて下さいって」

「………うそ。ボク、行きたいなんて言ったことないのに」



 明くんには、この作家さんが好きなんだって、注文したものが届いたときに、そんな話をしただけで詳しいことは何ひとつ言っていない。



 店の名前も、作家さんの名前も、実店舗があることも、明くんが変に気にしたらイヤだなって思って。



「キミが留守のときに荷物を受け取って、店の名前を覚えていたそうだ。いつか行かせてあげられたらいいなと思っていたと言っていた」

「………明くん」

「調べたら店限定のものがあるらしいな。欲しければいくらでも買ってやるから、ゆっくりと、満足できるまで見ていけばいい」



 ずっと憧れだったお店。

 ネットで見過ぎてすっかり覚えてしまったお店が、目の前に。すぐそこに。



 政さんの穏やかな声が、明くんの気遣いとともに胸に沁みた。



「ありがとう、政さん」

「それと、これは俺の独断なのだが、じつは陶芸体験も申し込んである」

「えっ………⁉︎」

「キミの好きな作家さん直々に教えてもらえるんだ。やらない手はないだろう」

「政さん‼︎」

「ぬぅおっ…」



 政さんの変な雄叫びに我にかえってさすがに焦ったけど、時すでに遅し。



 寝起きだから許して欲しい。許してよ。



 ボクは思いっきり、政さんに抱きついていた。

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