第25話

「なっ…何言ってるんですか⁉︎ボクは男ですよ⁉︎」



 一瞬の空白の後、ボクはかなり焦って反論した。



 やめて欲しい。

 政さん、冗談なら本気でやめて。本当に。

 ならともかく、じゃ、それは冗談にならない。



「関係ない」

「なくないでしょ⁉︎男は奥さんにはなれません‼︎」

「じゃあ『奥さん』という言い方を変えればいいのか?」

「そういうことじゃなくて‼︎」

「そういうことじゃなくて?」

「………っ」



 その続きが言えなくて、言葉にできなくて、ボクは黙った。

 政さんも黙ったままで、バナナ臭の車中に車が走る音だけが静かにうるさく流れた。



『男同士で結婚なんかできないんだから‼︎』



 ボクが言えなかったのはこの言葉。



 明くんと宗くんが、ボクの弟と政さんの弟が結婚しているも同然なのに、兄であり同性愛者であるボクがそれを言うのは、ダメだと思った。ダメだし………自分で自分の未来を否定するみたいで、それは悲しい。



 政さんは一体、何を考えているのか。何を思ってそれをプレゼントと言うのか。



 最初出会った頃、政さんにはがいた。

 後にその人がじつは別の男と結託して、政さんから金品をしぼるとる詐欺まがいのことをやっていると分かって、警察沙汰になった。

 しかもそんなことをされたのがその人でまさかの3人目。



 ………とはいえ、政さんは生粋の同性愛者であるボクとは違って、3人もの女性に騙されて今は女性不信であっても、女性と付き合える人だ。



 女性不信。加えて身近に、身内に宗くんと明くんという同性カップルができたことと、宗くんに変なことを吹き込まれていること、ボクの家事スキルが政さんのどストライクなことによって、時々今みたいにおかしな言動をするようになってしまってるだけ。



 ………でしょ?

 



「これは、きっと俺にもプレゼントをと考えてくれるだろうキミへの、真剣なおねだりだ」



 ぶっ………。



 沈黙の中発せられた政さんの言葉に、ボクはアレコレ考えていたのを吹き飛ばして、吹き出した。



 高級外車に乗り、そこそこなマンションに住む、容姿レベル中の上かもう少し上、バリトンイケボな結構大きめ病院の小児科医が、『真剣なおねだりだ』って。



「何故笑う」



 さっきコンビニでチラッと見たけど、車の鍵にはにゃん様のキーホルダーがついていた。



 それも思い出して笑った。さらに今は片手に高級外車のエンブレム付きハンドル、片手に食べかけのバナナ。



 笑うボクが不服なのか、ムッとした声。チラッとボクを睨んでいる。



 何なの、この人。



 最初は自分の経験から冴ちゃんを詐欺師呼ばわりして、最低最悪な印象だった。

 喋り方は変に時代劇風だし、人を見る目ゼロだし、ご飯を食べるときや飲み物を飲むときは必ずこぼすし、変に単純で変に素直で。



 政さん。



 結婚を夢見る、ボクと同じ、結婚できない人。



 笑いながら思った。1日限定の奥さん、か。それもいいのかって。

 結婚を夢見て、なのにできないボクたちの、1日限りの結婚ごっこ。



 良き経験として、思い出として、やってみるのもありなのかもしれない。



 多少むなしさはあるけど、政さんなら、お父さんである辰さんを見る限り、いい旦那さまになりそうだしね。



「………分かりましたよ。そのかわり、1日だけですからね」



 ため息と共に渋々感を前面に出して了承したボクに、それでも政さんはハイテンションでやってくれるか‼︎ありがとう‼︎って言うと思ったのに。



「………ありがとう」

「………っ」



 静かなバリトンイケボ。



 バナナを片手に、まっすぐ前を向いたまま言った政さんに、ボクの心はムラっと………じゃない、どきっとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る