第24話

『僕の大好きな自慢のお兄ちゃん、実くん。少し早いけど、お誕生日おめでとう。いつも僕たち家族のためにありがとう。今日1日が僕たち家族全員からのプレゼントです。今日はうちのことを忘れて、いっぱい楽しんで来てね』



 政さんが運転する車の助手席で、鞄からスマホを出したら、明くんからそんなメッセージが届いてた。



 明くん。



 しょっちゅう熱を出して寝込んだり倒れたりして、しょっちゅうメソメソしてた、ボクの弟。



 大変じゃなかった。なんて、言わない。やっぱり大変ではあったよ。

 イヤではなかったし、何でボクがとか、そういう思いはなかったけど、普通ならできることができなかった毎日。普通以上に注意が必要だった毎日。



 率先して色んなことを一手に引き受けてくれてたたろちゃんが死んじゃって、正直冴ちゃんとふたり途方に暮れた。不安だった。ボクたちだけで、一歩間違えたら死んじゃいそうな明くんの面倒が見れるの?って。



 大きくなった。



 ここ最近は寝込むことも減って、顔色もいい。体重も増えた。家事も双子のお世話も、ある程度安心して任せられる。



 スマホの画面が涙で歪んだ。



 ぐすって鳴らした鼻に、明くんか?って穏やかなバリトンイケボ。



「キミにどうしてもお礼がしたくてな。宗経由で明くんに相談した。そしたらもうすぐ誕生日だと。利害の一致で、今日に至る」



 なるほど。そういうことだったのか。



 今日あけておいてって言ったときの明くんのもじもじは、もしかしたらこのサプライズのせいかもしれない。



「ということで、今日1日、キミをおもてなしするから、キミはとにかく目一杯楽しんでくれ」

「………分かりました。ありがとうございます」



 到着したコンビニの駐車場で言われて、政さんの優しい表情にどきっとしつつ、ボクは観念して頷いた。




 コンビニでふたり分の缶コーヒーと、政さんが何か食べたいって言って何故かバナナを買った。



 一応最近は食生活に気をつけているらしい。

 バナナは幸せホルモンのセロトニン分泌にもいいんだぞってドヤ顔にちょっとイラッとしたから、知ってますって答えておいた。

 そうか………って肩を落とす背中に笑った。



 今日のお会計は全部俺がするって、ボクは鞄から財布を出すことも禁じられた。

 何でも今日の費用は家族全員からの出資らしい。



 ………そこには冴ちゃん、明くんの他、辰さん、宗くんも含まれていた。もちろん政さんも。



 からのプレゼント。



 家族は3人から6人に増えた。そしてさらに8人に。



 



 そう思ったら、何とも言えない気持ちになって、ボクはたろちゃんのネックレスをいつの間にか握っていた。




 漂うバナナ臭がすごい政さんが運転する車は、高速道路に乗った。

 ちょっと遠いと言ってたけど、目的地はまだ聞いてない。



「どこに向かってるんですか?」

「それを言ったら楽しみが減るだろう?」



 ボクが皮をむいて渡したバナナを齧る政さんは、ちょっとゴリラみたい見えた。

 どこかの動物園に居るイケメンのゴリラって、こんな感じかも。



 自分で思って自分で笑いそうになって、ボクはコーヒーを飲んで誤魔化した。



「こんなことならお弁当作って来れば良かった」

「そりゃ俺としてもキミのお弁当は食べたいが、それだとおもてなしにならないから今日に限っては却下だ」

「まあ、そうなんですけど」



 そうなんだけどね。



 1日使って遠くに出かけるって、ボクはあんまりやったことがないから、ちょっとやってみたいっていうのがあったりする。



 もちろん家族と、よりもデートで、が、理想。



 それが無理だから、気分だけでも味わってみたかったとでも言うか。



「随分と不服そうだな。じゃあ次は是非そうしよう」

「次って、来年ですか?」

「いや」

「………?」

「来月頭。12月1日は俺の誕生日だ。キミからのプレゼントに、弁当を持っての遠出をリクエストする」

「何でもうボクが政さんにプレゼントするって決まってるんですか?」

「キミは真面目で優しいからな。明くんと宗の誕生日を祝って、自分の誕生日が祝われれば、俺の誕生日は絶対に無視しないだろう」

「………」



 確かにそうだけど。

 宗くんにいつか政さんの誕生日を聞こうと思ってたけど。



 ………真面目で優しい、か。

 何でそう思うんだろう。全然、実際はそんなことないのに。



 ふと、昨日も連絡があったコウさんの顔が脳裏を過った。



「あ」

「………?」

「弁当を持っての遠出はまたにして、プレゼントのリクエストはこっちでもいいだろうか?………うん、そうだな、こっちがいい。こっちにしよう」

「こっちって?」



 政さんのことだから、また変なことを言い出すのかと、ボクはちょっと身構えた。



「当日じゃなくていい。キミが暇で俺が休みの日、朝からうちに来て、うちで朝昼晩料理をして欲しい。できればケーキも」

「つまり1日政さんの家政婦ってこと?」

「家政婦などではない」

「え?どう聞いたって家政婦でしょ?」

「違う」

「どこが」



 政さんは車の運転をしながら、チラチラとこっちを見た。

 そして言った。



「………だ。俺への誕生日プレゼントは奥さん。1日俺の、奥さんになってくれ」



 あまりの衝撃に、ボクの思考は一気に止まって、政さんの言葉を理解することを拒んだ。




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