第27話

 抱きついた瞬間我にかえって、でももう抱きついちゃった後だったから、内心焦りつつもボクはありがとうって言って離れようとした。

 気まずさプラス、早く行きたかった。お店の中に。気まずさを誤魔化すためにも、も、あるけど。見たいし、早く。



 思いっきり首に絡めちゃった腕をゆるめたところで。



 ぶわって。

 ぶわわわわって、鳥肌が立つのが分かった。

 身体に鳥肌。

 そして、電撃。言葉にならない衝撃。

 うわって。うっっっっっわって。



 それは、政さんがくすって笑って、離れようとしたボクの頭をぎゅって抱き寄せたから。



 その瞬間、だよ。鳥肌。電撃。衝撃。



って、って今もすごく思うよ』



 つい最近も、明くんは言った。言ってた。宗くんのことを。

 それをこんなときに思い出したのは、その感覚がこれだって、考えるより先に分かってしまったから。多分本能ってやつ。



 色んな意味ですごく心臓がうるさいのに、同時に感じる安心。落ち着かないのに落ち着くっていう矛盾。

 政さんのにおいも。

 こんなに間近で、ダイレクトに嗅いでいるのに、だからこそだよね。もう好きなにおいと勝手に認定されちゃってる。政さんの体温も、大きな手も、その手のぬくもりも。



 コウさんとこんな風にしたって、こんな風に思わないのに。



「ここまで素直に喜ばれると、嬉しいものだな」

「………っ」



 どうしてもムラっとするバリトンイケボが、ボクの耳元で囁く。



 ちょっと政さん、その声はボクにはもはや凶器かも。



 体温が一瞬にして上がった気がした。



「………行こうよ、お店」



 自分から離れればいいのに、政さんの身体を押せばいいのに、ボクにはそれができなかった。

 シートとシートの間の肘掛けが邪魔とさえ思った。



 もぞもぞ動いて、離してアピールをしてみたけれど、政さんは政さんで離してくれなかった。

 逆に何故か、抱えてるボクの頭への力が増した。



「………キミは、何だろうか」

「え?」

「俺は、自分から女性に触れたいと思ったことがない。女性から触れられても、時に振り解いていた」

「………」

「なのにキミは、至極心地良い」



 そこまで言って、政さんは大きく息を吸い込んだ。そして吐く。長く。



「こんな抱擁は初めてだ」



 どうしよう。



 この人だって、ボクの頭以外が全部で言ってる。

 明くんのお告げは本当だった。当たった。

 ずっと、たろちゃんと冴ちゃんのようになりたかった。

 冴ちゃんと辰さんが、明くんと宗くんが羨ましかった。



 なのに、政さんがそうだって思った瞬間、ボクが思ったのはだ。



 何で政さんなの?

 政さんじゃなかったら、もしかしたら。

 政さんじゃなくてコウさんがその人だったら、ボクだって素直にこの腕を背中にまわしたかもしれないのに。



 政さんは、冴ちゃんの………ボクのお母さんの再婚相手の長男。

 政さんは、明くん………ボクの弟の運命の人のお兄さん。

 現役バリバリの小児科医。ノーマル。男相手は一度もない。



 ダメでしょ。

 辰さんの病院だって建て替えるのに、跡継ぎが跡継ぎを持てない選択なんかしちゃ。



「政さん、行こう?」



 ぐいっと、ボクは政さんの身体を押して、政さんの、信じられないぐらい心地いい抱擁から抜け出した。



 離れたボクを、政さんがものすごく残念そうに見ている。



「めぐとつむのお皿が欲しい」

「………使うのはまだ先だろう?」

「まだ先だけど、欲しいんです」



 行きましょって、ボクは無理矢理口角を上げて笑った。



 運命は残酷だね。



 そして何もなかったように、何もなかったことにして、ボクは車の外に出た。

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