第105話

「どうしたも何も、付き合ってないです」

「好きなんだろ?」

「………それは、まあ」

「相手もそうなんだろ?」

「………そう、ですね」

「お互いにお互いの気持ちも知ってるんだろ?」

「………」



 コウさんからの質問に、よそった大根サラダを箸でつつきながら歯切れ悪く答えて、最後は黙った。



 ボクは政さんが好きだ。

 政さんはボクが好きだ。



 お互いの気持ちも伝え合っていて、最近は会うと必ずキスもする。あの、おそろしく気持ちいいキスを、延々と。

 そして今度………まだいつとは決めていないけれど、政さんへの遅い誕生日プレゼント、『1日奥さん』をする予定で………。



「こわい?」



 黙るボクをじっと見ていたコウさんが静かに聞いて、ボクはまた大根サラダをつついて、そうですねって答えた。



「俺もこわかったよ」

「………」



 そうだと思う。誰でもこわいと思う。

 未知の世界は未知故に予測不能でこわいものだ。



 でも、そうじゃない。未知だからこわいんじゃなくて、ボクは。



「………コウさん、ボクは」



 何がこわいのか、何故こわいのか。



 気づいたらボクは、コウさんにぽつぽつと、政さんにも話していないボクが感じている恐怖を、話していた。




 不思議だった。



 政さんにはろくに話すことができないのに、何故かコウさんにならいくらでも話せた。

 過呼吸にもならない。巨大な黒い塊の邪魔もない。

 それもコウさんに言った。そしたら。



「それだけみのにとって『政さん』が特別で、俺はどうでもいいってことだ」



 そしたらコウさんは、そう言って唇の片側を上げてニヤっと笑った。



「ど、どうでもよくは………」

「まあ、そういう重いことを、軽く話せる相手ってこと。他に話せる相手は?」

「………え」

「俺以外に誰か。友だちとか」



 友だち………か。



 学生時代、ボクはいつも人に囲まれていた。

 いつも誰かが側に居た。男女問わず、同級生、先輩後輩問わず。



 でも、卒業するとそれっきり。あっても卒業後数回。

 今も連絡を取っている学生時代の『友人』は、ゼロだ。



 そりゃそうだよね。



 ボクはいつだって上辺だけの付き合いしかしていなかった。して来なかった。

 貼り付けたみたいな笑顔で、当たり障りのないことを当たり障りないように言って、振る舞って。



 弟の明くんが、いつも羨ましかった。



 明くんにはあおちゃんが居る。

 何でもずけずけ言い合って、時々喧嘩みたいになってもすぐ仲直りして、ちゃんと分かり合ってて、頼りにして頼りにされて、10年先も20年先も、変わらずずけずけ言い合ってるよねって、確信の相手。



 明くんには深く少ない友だち。

 ボクには浅く多い友人。



 同性愛者ってことを隠しに隠すため、ボクは自分で頑丈すぎる鎧を着て、カチカチな殻に閉じこもっていたんだ。



「みのは器用に見せかけて、あほみたいに不器用だな」

「………」



 コウさんがまた、唇の片側で笑った。

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