第19話
「………」
呆然。唖然。
危うくボクは、持って来た政さんの夕飯をがっちゃんって落とすところだった。
いや、聞いてた。聞いてはいた。政さん本人から、昨夜の電話で。覚悟して入ってくれ、と。
『覚悟?』
『俺はコレクター気質なのに飽きっぽくて物が捨てられない』
『………コレクターなのに飽きっぽくて捨てられないってことは』
『玄関を開けたら、きっとキミの顎は外れる』
………政さん。本当に外れそうですけど、顎。
いくら何でも大袈裟でしょ、なんて、笑った昨夜の自分に言いたい。
マジだ。これはマジなやつだ。
玄関スペースはゆうにうちの倍はある。シューズボックスは3倍ぐらいだろうか。
にも関わらず、玄関には靴が溢れていた。廊下にも靴の箱が積まれていた。
え、政さんってムカデなの?足いっぱいあったっけ?
とりあえず、真ん中にほんの僅かだけあいているスペースに入って、玄関を閉めた。
そして失礼を承知でシューズボックスの扉を少しだけ開けた。覗かせてもらった。
しまってないだけかもしれないっていう期待を込めて。
「………あり得ない」
シューズボックスの中には、中にも、みっちりと靴が、靴の箱が入っていた。
政さんのお給料って絶対右から左だと思う。
しみじみそう思った。
廊下は靴と本だらけだった。
リビングダイニングは今までハマって飽きていっただろう物が一応きちんと種類別?ハマった別?に飾られて?いた。またの名を放置。
色んなハイブランド品に紛れてところどころに子ども向けのキャラクターものがあるのは、政さんが小児科の先生だからか、単なる趣味か。
………趣味とは思いたくない、お腹がすいた子に自分の顔をお裾分けする某有名幼児向けアニメのDVDやぬいぐるみがあるナゾ。
これは勉強のためと思いたい。こういうのは知らないより知ってる方が子どもにはいいから。
ちょっと笑ったのは、にゃん様コーナーが他より確実にキレイにしてあったこと。
これは現在進行形でハマっている証拠なのか。
さすが、スタンプを全買いして仕事のボールペンにまでするだけのことはあるよね。
いっぱい持ってるなあって近づいて、そこにボクと同じキーホルダーを見つけてまた笑った。
人のことは言えないけどさ。
政さん、ガチャポンやったでしょ。
大きい身体を屈めてガチャポンの前にしゃがむ政さんを想像して、最初は最悪な印象だったのになあって、また笑った。
うちの台所とボクと冴ちゃんの部屋を合わせたより広いと思われるリビングダイニングは、とにかく物で溢れに溢れていた。
『キッチンは使ってないからキレイだと思う』
という言葉通り、流しやコンロ区域は埃を被っている程度で物もなく、キレイだった。
とりあえずそこに持って来たものを置いた。
『調理器具は一応あるから、使うのであれば自由に使ってくれて構わない』
『料理しないのに道具はあるんですか?』
『………俺が使わなくても、使ってくれる誰かがいつか来ると思って用意したんだが』
『………ああ』
『この部屋に来たことがあるのは、父上と宗だけだ』
さすがにそれはウソでしょ。
確かに政さんの女運の悪さは驚愕ものだけど、それでも、彼女っていう存在が居たんだから。
『呼びたいと思える人が居なくてな』
珍しく自嘲気味な声の政さんに、ボクは何て言っていいのか分からなかった。
『キミが初めてだ。呼ぶのも、呼びたいと思ったのも』
『そんなにボクのご飯が好きですか?』
自嘲気味からの真剣な声に、ボクは笑って冗談っぽく聞いた。
ちょっと政さん、政さんって何気にバリトンイケボなんだから、その声でそんなこと言って変にどきどきさせないでよって、心の中で文句を言いながら。
『好きだ』
思い出しても顔が熱くなる。
多分10人中8人か9人はイケボって言うよって声での『好きだ』。しかも耳元に。
ボクは昨夜、その声に正直ムラムラして悶々してなかなか眠れなかった。
穿たれ、頭をホールドされ、耳元で何度も囁かれる想像までした。いっそオカズにしてやろうかと思った。
………してないし、双子と冴ちゃんと同じ部屋で寝てるから絶対できないけど。
って、そんなのを思い出している場合じゃない。
とりあえず………。
ボクはバッグに入っている手帳とペンを取り出して、政さんに伝言を書いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます