第22話
『電話をしてもいいだろうか』
政さんからそんなメッセージが届いたのは、夜の23時近くだった。
我が家はもうボク以外就寝中。
ボクは音を立てないようそっと、秋の虫たちが大合唱する外に出た。
そしてそっと鍵をして、駐車場の車に乗り込んだ。
何だろう。
今日は『お疲れさまでした』以外メモには書いて来てないはずだけど。
何かあった?
メッセージ画面を呼び出してから、ボクはそこから政さんに電話をかけた。
『もっ…もしもしっ………⁉︎』
ワンコールで出た政さんは何故か焦ったような声だった。
やっぱり何かあった?
って言っても、冴ちゃんも明くんももちろん双子も寝てるし、辰さんや宗くんからの連絡はない。
だから家関係のことではないはず。
ここでつられてボクも焦ると政さんも余計に焦るかなと、ボクは敢えてゆっくり言った。
「こんばんは、政さん。おかえりなさい。今日もお疲れさまでした」
『あっ…ああ、うん。………ただいま。というか、ごちそうさまというか………きょっ…今日もありがとう。今日のご飯も最高にうまかった。何度叫んだか分からないぐらいだ』
「え?叫んだんですか?」
『叫んだ。叫ばずにいられなかった。あまりのうまさに』
特に何かあったわけではなさそうで、ホッとする自分が居た。
どうやら電話をしてもいいかってメッセージに、ボクが返信ではなく電話をしたから焦ったっぽい。
それにしたって、叫んだって。
「大袈裟ですよ」
『なっ…大袈裟なものか‼︎しかも今日は俺の好きな和食‼︎秋刀魚‼︎肉じゃが‼︎」
「政さん、落ち着いて」
『………っ。し、すまない。だがしかし、大袈裟ではないんだ。俺はキミに、どんどん骨抜きにされていっている』
「してませんよ、骨抜きになんて」
『している‼︎十分すぎるぐらいされている‼︎しかも部屋はキレイ、ワイシャツにはアイロン、布団はふかふか、シーツもピシッと‼︎』
政さんはそこまで声を大きくして言って、今度は自分で我にかえったらしく、ああ、すまないってボソッと言った。
スマホ越しとはいえ、バリトンイケボの破壊力は凄まじい。
ボクの背中が、政さんの声にゾクゾクと反応する。
政さんの声は、ボクには凶器だ。
『いやだからだな………お礼がしたいんだ。キミに』
「それは………今度一緒に政さんの部屋を片付けさせてくれればいいですって」
『そんなのは俺のお得であって俺からのお礼ではない。俺がキミに何かしたいんだ。何でもいい。頼むからキミに何かさせてくれたまえ』
「そんな急に何かって言われても………」
『しかもキミ、もうすぐ誕生日なんだろう?』
「………そうだけど」
確かに、政さんの言う通り。
政さんの部屋を片付けたって、ボクの利益にはさほどならない。
毎日政さんの部屋に通ってるのは今だけ。期間限定。政さんの仕事が落ち着けば行くことはなくなる。
それでも、今は毎日行っていて、行くたびにあまりの物の多さにテンションが下がる。だから片付けたい。片付けてもらえたら、下がるテンションは少し減る。
………利益といえばそれだけ。
しかもそこに誕生日を持ち出されると。
『キミに何かさせて欲しい。キミを喜ばせたい』
ボクをダメにする、政さんのバリトンイケボ。
ボクはものすごく仕方なく、考えておきますって答えた。返事をした。
とは言ってもなあ。
政さんには聞こえないよう、ボクはそっと、息を吐き出した。
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