第148話

 夜。



 明くんと宗くんは明くんの部屋で、冴ちゃんと辰さんは冴ちゃんの部屋で、ボクは政さんと台所で、それぞれが来た時間がちょっとずつ違って、だからちょっとずつの時間差で夕飯を食べた。



 明くんは別メニューだけど、今日はハンバーグ。



 あおちゃん用にビッグサイズのハンバーグも作った。

 ただ、あおちゃんはまだ来ていなくて、来られるかどうかもまだ分からないらしい。撮影の仕事が今日は随分押しているって、さっきメールが来ていた。食べたいから残しといてよ、とも。



 ボクのご飯を食べたいって言ってくれているうちは大丈夫。………と、思いたい。



 多感な時期。

 だからこそ、ちゃんと食べてちゃんと寝て欲しい。

 それって生きる上で本当に大事なことだから。



 政さんとはちゃんと仲直りをした。

 仲直りというか………政さんが謝ってくれた。うちに来てすぐ、玄関のところで、今にも土下座しそうな勢いで。



 軽率な行動をしてすまなかった………って。



 政さんは、ボクが黙っている間、ずっと頭を下げ続けていた。

 そんな政さんに、下がった耳と尻尾が見えた気がした。



 ボクは、政さんとケンカをしたいんじゃない。

 ボクは、ボクのことを想ってくれているなら、政さんに、政さんを大切にして欲しいんだ。

 それはボクが、誰よりも政さんを大切に思っているから。



 大切な人が、ボクの大切なものを一緒に大切にしてくれたら嬉しいよね。

 ボクは、ボクの大切なものを政さんが一緒に大切にしてくれたらすごく嬉しいよ。



 そしてボクの一番大切なものは、他でもない、政さんなんだよ。



「ボクも言い過ぎました。ごめんなさい」



 ボクに頭を下げる政さんに、ボクも謝った。頭を下げた。

 すぐに政さんがやめてくれって慌ててボクの方に来て、ボクの背中に手を添えた。



「キミは俺を心配してくれただけだ」



 目の前の政さんが、すまなさそうにボクを見て、すまなさそうに視線を落とす。



 台所に続くドアは閉めてある。

 中に居るそれぞれは、それぞれのパートナーとそれぞれの部屋に居る。



 なら、大丈夫か。



 誰もこっちに来ないことを気配で確認して、ボクはまだ靴も脱いでいない政さんに、不意打ちの、一瞬だけのキスをした。



 政さんは一瞬のことに目を見開いて言葉を失っていた。

 呆然、とでも言うのか。

 その隙にもう一回、ボクはした。政さんに、ボクからの軽いキスを。



「………まっ」

「ま?」

「………参りました」



 参りました?

 参りましたって、何に参ったというのか。



 政さんは撃沈したみたいにガクッと項垂れて、小さく呟いた。



「もう絶対、あそこへは行っちゃダメですよ?」



 参りましたって、もしボクに参ったってことなら。



 ボクはわざと政さんの耳に囁いて、顔を上げた政さんに3回目のキスをした。




 その後政さんは、ご機嫌にご飯を三杯食べて、今は食後のコーヒーを飲んでいる。



 幻の犬耳はピンと伸びて、大きな尻尾はずっと左右に揺れたままだ。



「もし、このまま明くんの熱が下がらなかったら、政さんの1日奥さんは延期にして欲しいです」



 明くんの部屋は台所の隣。



 だからなるべく明くんには聞こえないよう、ボクはいつもより声をひそめて政さんに切り出した。



 ピタリと止まる、わんこ尻尾。



 政さんはじっと、じっとじっとボクを見て、そして。



「承知した。キミの思うようにしよう」



 政さんは静かに穏やかに、優しい笑みを浮かべてそう言ってくれた。

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