第31話

「え?」

「だから、政がぶっ倒れたらしい」

「………え?」



 ムラムラし過ぎてし過ぎてどうにも我慢できなくなって、政さんの枕とベッドを拝借。それらをオカズにイケナイひとり遊びをして、完璧な証拠隠滅をして帰ってきたその日の夜。



 部活帰りの宗くんが台所でご飯を食べてて、その横に編み物をする明くん、その向かいにつむにミルクをあげるボク。ボクの横にめぐにミルクをあげる冴ちゃんが居た。



 宗くんのスマホがメッセージの着信を告げて、それを見た宗くんの一言に、ボクの心臓はあり得ないぐらい大きく跳ねた。



 政さんが、倒れた?



「宗くん、倒れたって何?政さんどうしたの?」

「疲れがたまってるっぽい。アイツ最近忙しいから」

「政さん、忙しそうよね、ずっと。大丈夫なの?」

「政から親父に連絡が行って、親父が見に行ったらしい。ちょっと熱があるけど大丈夫って」

「………そう。でも心配ね」

「親父が大丈夫って言うなら大丈夫だろ」

「そうだけど………。辰さん泊まるの?政さんのところに」

「いや、もう帰るって」

「え?政さんひとりで大丈夫?」

「大丈夫だろ。いい大人だし」



 宗くんと冴ちゃんの会話を聞きながら、ボクはあまりの動悸に少し息苦しくなっていた。



 今日も政さんのところにご飯を置いて来た。今日のメインは豚肉のこってり炒めだ。

 忙しい政さんだからって、しっかりとガッツリ系。でも熱があるなら、アレを食べるのは無理かも。

 調子が悪いなら、ボクに言ってくれれば色々準備できたのに。



 辰さんが大丈夫って言うなら大丈夫。



 それは宗くんの言う通り。………でも。



 冷蔵庫にはいつもペットボトルの水がある。

 政さんは500ml のペットボトル入りの水をケース買いしてるから、冷蔵庫になくてもダイニングの収納に入ってる。だから水分補給はそれで問題ない。



 問題は、食べものとその他。

 その他には、メンタル事情も含まれる。

 体調を崩すと、それに引っ張られてメンタルも落ちやすいから。



「………ボク、行ってくるよ。政さんのところ」



 つむがちょうど、そこでミルクを飲み終えてくれた。

 ボクはすぐ哺乳瓶をテーブルに置いて、つむを縦抱きにした。



 政さんの………お兄ちゃんのピンチを察したのか。………なんてことはないか。

 つむはすぐに豪快にゲップをしてくれた。

 思わずありがとって、ふわふわの髪の毛の小さな頭を撫でてハグをした。

 それを見てた明くんがサッと立ち上がってボクの方に来て、つむを受け取ってくれた。



 さっきから、動悸が全然、治らない。

 辰さんが大丈夫って言ってるって、ちゃんと分かってるのに。



「泊まるか?」

「………え」

「泊まって来ていいよ。政んとこ。実が居てくれたら安心だし。そのかわり、俺がこっち泊まってやるから」



 泊まるって………ボクが、政さんのマンションに?



 そこまで深く考えてなくて、宗くんの言葉に思考が止まった。



 泊まるって………泊まる⁉︎



 いやいや、ボクが泊まるって、それはダメじゃない?

 ボクは今めちゃくちゃ欲求不満男で、あろうことか今日は政さんの部屋の寝室で政さんをオカズにしてイケナイひとり遊びをして、その証拠隠滅に必死になったような輩だよ⁉︎



 ………なんてことは、もちろん言えない。態度にもあらわせない。



「うん。ありがと、宗くん。辰さんにちゃんと連絡してね」



 さっきまでの動悸が、今度は焦りの動悸に変わった。



 ニヤリ。



 宗くんがボクを見て………ものすごく笑った。



「え、ウソなの?」

「ウソじゃねぇよ」



 ウソじゃねぇよ、って言った宗くんの顔は真剣。………に見えた。



 宗くんはやたらと政さんとボクをくっつけたがる。やたらと政さんを焚きつける。

 今までの宗くんの発言を思い出して、本当に行ってもいいのか逡巡した。



 気持ちだけなら、正直、今すぐ行きたい。



 さすがに倒れたって聞くと、いくら大丈夫って聞いても、いくら頑丈そうな政さんでも心配だ。

 大丈夫なら大丈夫で、自分の目で大丈夫なことを確認したい。



 ボクがこんなにも心配性なのは、小さい頃から虚弱体質の明くんを見てたからだ。プラス………たろちゃんのせいだ。



「ほら」



 ボクが疑いの眼差しで宗くんを見ていたら、宗くんは辰さんから来たメッセージをボクに見せてくれた。



『政が過労にてダウン。熱少々。まあ大丈夫そうなので帰ります』



 ウソではないという証拠を見せられて、ボクは今日二度目の政さんの部屋に行く準備をした。

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