第10話

「今日の実、気持ち悪いな」

「え?」

「はっ………⁉︎」

「いつもと違う。変」

「ちょっと宗くん‼︎何かすごく失礼なこと言ってない⁉︎」

「………そうだけど、すげぇ気持ち悪い」



 怠い身体と痛む良心にヘトヘトになりながら、それでもバレないようバレないよういつも通り家事をやってるのに、部活帰りの宗くんが来て、ボクを見るなりそう言った。



 で、気持ち悪いって、何。



 どきりとぎくりが混在して、焦るあまり声が大きくなった。

 これじゃあいつもと違いますって認めてるようなもの。落ち着かなきゃ。



 そう思うのに、ボクを見る宗くんの目がこわくて、ボクは変なこと言うとご飯なしだよって言いながら、宗くんのご飯の準備をするためにダイニングテーブルの椅子から立ち上がって逃げた。



 宗くん。



 冴ちゃんの再婚相手・辰さんの次男で明くんのコイビト。………っていうか、宗くんが明くん宗くん、ふたりの名前入りのペアリングを買ってお互い大事に持ってるから夫婦(夫夫?)というか。



 ふたりを表現するのに、一番しっくりくるのは、運命の人って言葉。



 運命の人だよね。明くんと宗くんは。



 ふたりは誕生日が1日違いの、同じ高校に通う同級生。

 保育園もじつは同じで、保育園時代にはもうお互いのことが、おそらく今と同じ気持ちで大好きだった。………らしい。

 とかって言葉がくっついてるのは、残念ながら明くんに、その頃の記憶がないから。

 だから、明くんの当時の気持ちは予想でしかない。まあ、ほぼ確信の予想。



 記憶の喪失は、たろちゃんの死と宗くんの転園が重なって、明くんの繊細な心がポキっと折れたから。

 その、明くんの折れた繊細な心を守るかのように、明くんからは宗くんの記憶が消えた。すべて。ごっそりと。



 さすが、繊細過ぎるぐらい繊細な明くんの相手だと宗くんを見て思うのは、宗くんは言外から何かを察する能力が異常に高いから。

 宗くんはそう。最初から、ボクが同性愛者だと気づいていた。分かっていた。察していた。ボクの何かから。



 それだけじゃない。

 毎日見てるから思う。



 ボクや冴ちゃんへの手伝い。双子の世話のタイミング。



 宗くんは微かな、僅かな、その人が発する空気的な、雰囲気的なものから何かを感じて適切に動ける子だ。



 ………だからこわい。



 気持ち悪いって何?

 ボクの何を見て言ってる?



「実」



 宗くん用のおかずを乗せたお皿を冷蔵庫から出して温めようとしていたボクの背中に、ものすごく低い声宗くんの声。



「ん?」



 装え。平静を。



 快楽に泣いた赤い目以外、バレる要素なんかゼロだ。



 肩越しに宗くんを見たら、睨むようにボクを見てる宗くんと思い切り視線がぶつかった。



 どきりとぎくり。



「………?」



 この子。宗くんは、超能力でもあるっていうの?



 ボクは、ボクの全部に何も反応するなって命令を出して、ご飯なしにする?って、その質問には答えず、別のことを答えた。



 宗くんはじっとボクを見て、そのあとはあってわざとらしく大きく、ため息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る