第65話

 けほけほと小さく咳をしてから、僕もだよって、それこそ小さく小さく明くんは言った。



 ダメだ。風邪をひいてる明くんに言うことじゃなかった。

 ここで長話をして悪化させてしまったら、冬休みが全部潰れてしまいかねない。

 ここ最近、確かに調子は良かったとはいえ、明くんの身体が丈夫になったという訳ではない。



 ごめんね、変なこと言ってって、ボクは話を終わらせようとした。



 ううん。風邪のことがなくても、ボクがもうここで終わらせたかったのかもしれない。



 コウさんも言った。こわいって。

 明くんも言った。こわいって。



 その『こわい』はボクの『こわい』とは違うだろう。明くんとは近くても、それでもまったく同じってことは多分ない。



 でも、みんながみんな持っているものだったら。

『好意』。『好き』。………だけじゃないのなら、単にボクがこわさに負けて踏み出せず、うだうだうじうじしてる男になってしまう。

 それが分かってしまったら、もう行動するしかなくなってしまう。



「僕は………宗くんにお守りを持って行ったときもこわかったし、今もこわいって思うことがあるよ」

「………今、も?」

「うん。僕の身体はびっくりするぐらい弱くて、何が原因でどうなるか分からないでしょ?もし、が起こったらって考えたら、眠れなくなる」

「………」

「逆に、もし宗くんが居なくなったらって。それもこわいよ。考えるだけで涙が出る」



 そこまで言って、明くんは一口、マグカップのお白湯を飲んだ。

 そしてまたけほけほと小さく咳をした。



「明くん、無理しないで」

「うん。もう戻るね」

「あったかくしてね」

「………うん。………あのね、実くん」

「ん?」

「僕、こわくて堪らないときは、たろちゃんに力を貸してもらってるよ」

「え?」

「たろちゃんは不屈のファイターでしょ?だから、こわくて前に進めないときは、たろちゃん力を貸してって、心の中でお願いして力を貸してもらってる」



 そうか。



 明くんの言葉に、ボクはすごく納得した。

 明くんはよくネックレスを握ってる。すごく力いっぱい握ってる。

 それは宗くんとの指輪が加わる前からで、ボクはずっと単なるクセみたいなものだと思っていた。



 でも、今ので分かった。そうしてるときが、力を借りてるときなんだって。



「実くんもやってみて。たろちゃんの力は絶大だよ?」

「そうだね。たろちゃんは不屈のファイターだもんね」

「うん。そのたろちゃんがに居て、僕は不屈のファイターたろちゃんの子ども。だからどんなにこわくても、頑張ることにしたんだ」



 すごいね、明くん。

 何かあると泣いてばかりだった明くんが。



 顔つきもだいぶ変わったもんね。力強い感じ。



「僕は、実くんも幸せなのがいい」

「………っ」



 不意打ち。

 油断してたところに、かわいいかわいい弟から天使な攻撃。



 明くんはへへって笑って、けほけほと小さく咳をして、お白湯をこくりと飲んで、部屋に戻って行った。



 不屈のファイター、たろちゃんの子ども、か。



 優しくて強くて、たくさんの愛をボクたちに注いでくれた、大好きだったたろちゃん。お父さん。



 たろちゃん。ボクはどうしたらいいんだろう。たろちゃんならどうする?



 手がタルトの生地だらけでネックレスが握れなかったから、そのままで聞いた。



 たろちゃんが生きてたら、何て答えてくれるんだろう。



 たろちゃん。

 やっぱり早すぎたよ。に行くの。

 もっと色んなことを教えてもらいたかった。

 もっと色んなことを相談して、そうだなあって。

 たろちゃんなら、きっとどんなことを聞いたって、真剣に考えて真剣に答えてくれる。



 そして。



 大丈夫だ、実。たろちゃんがついてる。



「………あ」



 たろちゃん。



 脳内に響いた懐かしい声。言葉。

 あって思ったときには、ぱたぱたって涙が落ちてた。



 明くん。本当だね。たろちゃんの力は絶大だね。



 ボクは腕と袖で涙を拭いて、タルト作りに集中した。



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