第117話

 次の日、寝不足につぐ寝不足で、ボクはちょっと寝るねって、家事がひと段落した10時過ぎに布団に潜った。



 仕事もしたいし色々考えたい。明くんの昨夜の言葉とか。



 明くんも最初から宗くんに色々言えたわけじゃないよって言ってた。最初は全然。言おうとして涙が出たこともあるって。

 喉に何かつっかかった感じはあった?って聞いたら、実くんも?なんて。



『でも大丈夫だよ。絶対大丈夫。いつだって僕たちにはたろちゃんがついてるから』



 明くんはそう言って、たろちゃんのネックレスを大切そうに握ってふふって笑った。



 そんなことを思い出しているうちに、ボクは眠りに落ちて………。




「………え、ウソでしょ」



 起きたら部屋が薄暗かった。



 いやいやいや。うそうそうそ。ちょっと待って、ボクは一体どれだけ寝てたの⁉︎いくら何でも寝すぎじゃない⁉︎アラームセットしたよね⁉︎



 慌てて枕元のスマホを見たけど、いつ誰がやったのか、何故かしっかり電源が落ちてた。



 隣の部屋からはまさかの明くんの声が聞こえる。

 いやいやいやいや。ちょっとちょっとちょっとちょっと。

 ボクさっき行ってらっしゃいしたよ⁉︎何で⁉︎

 明くんが学校から帰ってる時間って、そんなわけ。



「ねぇ、今何時⁉︎」



 冴ちゃんたちがいる隣の部屋との間の襖をめちゃくちゃ焦りながらバッて開けた。

 そしたらやっぱりしっかり明くんが居て、しかも制服じゃない。私服。



 え、帰って来て着替えまですんでるの⁉︎



「あ、実くん。おはよ。えっとね、4時半」

「よっ…4時半⁉︎ウソでしょ⁉︎」

「ウソじゃないよ〜?ほら、4時半。今日はほんっとよく寝てたわねぇ、実くん。大丈夫?体調悪い?」

「ううん、全然平気。寝不足だっただけ。っていうか本当に4時半なんだけど………」



 冴ちゃんがほらって見せてくれた置き時計に、心の底からガックリってなった。1日をものすごく無駄にした気がする。



 うわぁっ、やっちゃったよ………って落ち込んでいたら、くすくすと冴ちゃんと明くんに笑われた。プラス、その笑い声につられたのか、双子もきゃっきゃ笑ってる。



「珍しいね。いつもしっかりきっちりの実くんが」

「ね〜。こんな寝癖のすごい実くんって私久しぶりに見た」

「僕も」



 その声がどこか嬉しそうなのは気のせいか。



 っていうか4時半。

 今日は買い物にも行く予定だったのに。

 夕飯を作ろうにも、冷蔵庫の中身だけでは無理がある。

 今から行って帰って来てから作ってってなると、いつもより確実に遅くなる。



 ………政さんのマンションに行くのも。



 ………政さんのマンション、か。



「………買い物行ってくるよ。ごめんね、今日夕飯遅くなるけど」



 ふうって大きく息を吐いて、気持ちを切り替えた。

 とりあえず寝癖は直そうって立ちあがろうとしたときだった。



「あ、実くん‼︎僕来週光くんのうち泊まって来ていい?」

「へ?」



 明くんが、すごくキラキラした顔で、弾んだ声でそう言った。



「土曜日実くんに会ったって光くん言ってた。僕を光くんの家のご飯に誘っていいか実くんに聞いたって」

「えっ………?あ、うん。会ったよ。駅のとこで」



 光くん。



 急に話題に出されて、心臓がどきりと鳴った。

 偶然知ってしまった、光くんの過去に。



 多分明くんは………知らない、よね?



 ボクから明くんに言うつもりはないし、その過去があるから付き合いをやめろなんてことでもない。



 ただ………痛ましい。光くんの笑顔が眩しければ眩しいほどに。



「えー、何で言ってくれなかったの?」

「ああ、ごめんね。光くんから直接誘われた方が明くん嬉しいかなって思って」

「そっか。そうだね‼︎すっごく嬉しい」

「でしょ?でもご飯だけじゃないんだ?」

「良かったらどう?って言ってくれたんだって、光一さんが。あ、あおちゃんも一緒だよ。冴ちゃんは僕の体調が大丈夫ならいいって。ね?」

「ね♡」

「実くんは?僕泊まって来てもいい?」



 わくわく、どきどき。



 そんな文字が明くんの上に書かれているようだった。

 これを見て反対できる人が居るとしたら、その人はもはや人ではないと思う。悪魔。それぐらい、期待に胸を膨らませる顔。



「うん、ボクも冴ちゃんと一緒。明くんの体調が大丈夫なら行っといで」

「いいの⁉︎ありがとうっ。やったっ」



 友だちの家にお泊まりなんて初めて〜って喜びはしゃぐ明くんに、風邪ひかないようにしないとねって言ったけど、聞こえているかどうか、謎だった。




「おや?もしかしてもしかするとそこにいらっしゃるのは明くんのお兄さん?」

「え?あ」



 遅くなりになったいつも来るスーパー。

 急いで終わらせなきゃってカートにカゴをセットしていたら。



 そこには、ものすごくスーパーが似合わない、天ちゃんさん………鴉山天さんが、居た。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る