第29話

 政さんとのギャラリー暁訪問は、ものすごく楽しくて、あっという間の1日だった。



 行きたかった場所だから。



 っていうのが一番の理由。

 でも、っていうのもあった。それも、結構大きめの割合で。

 これがコウさんだったら、ボクはコウさんに気をつかって遠慮して、ここまで楽しめなかったんじゃないかって。

 コウさんとの方が一緒に居た時間も長く、身体の関係もあるのに。



 政さんは、適度にボクを放置してくれて、適度にボクに構って、適度に政さん自身も楽しんでた。



 一緒に居るのに自由。そう思った。

 政さんのペースが、心地よかった。



 そう思う自分に、戸惑った。



 多田器もたくさん買った。

 さすがに全部出してもらうのは気がひけたから、プレゼントとして三分の二、あとの三分の一は自分で出した。



 買ったのはショップ限定のお皿をと、めぐとつむそれぞれの小さめのお皿。

 これに何を乗せようかと考えるだけで、楽しかった。



 帰り際、ガラス工芸コーナーで、絵本とガラスの小さなうさぎと男の子を見つけて驚いた。



「ぴょんとまる⁉︎」



 非売品と書かれたそれは、明くんが小さい頃大好きだった絵本とそれに出てくるキャラクターだった。



 月から落っこちて、左耳が折れてしまった月のうさぎぴょんと、ぴょんが落っこちた先、地球の男の子まるのお話。



「懐かしい〜」

「本当だ。これは懐かしいな」

「え?政さんも知ってるの?」

「ああ。よく宗にせがまれて読んでいた」

「うちも‼︎」



 って言っても、明くんが字を覚えたのが結構早かったから、読んでって言われたのはそんなに多くない。

 だから、ボクが読んだっていうより、よく見た。その絵本を読む明くんの姿を。



 でも何故ここに、そのキャラを模したものが。



「時々来るよ。その人」

「え?来るって………」

さん」

「………え?」

「なんと」



 人間ってびっくりすると大した反応ができないんだね。



 多田さんが教えてくれた意外な事実に、ボクはほぼフリーズで答えた。




「どうだ?楽しんでもらえたか?」



 帰り道。



 コンビニに寄ろうって言われて、コンビニまでの道中。



 楽しかった〜って言おうとしてたら、ボクより先に政さんに聞かれた。



「めちゃくちゃ………めっっっっっちゃくちゃ楽しかったです」

「それは良かった。俺も楽しかった」



 赤信号。



 とまったところで言った政さんの声に、今まで聞いた政さんの声のどんな声よりドキッとした。



 ボクへの愛しさを含んだ声。



 それは、たろちゃんの、冴ちゃんへの声。

 宗くんの、明くんへの声。

 辰さんの、冴ちゃんへの声。



 ボクには縁がないと思っていた声。



 

 たろちゃん、どうしよう。出会ってしまった。ボクも出会ってしまった。



 に。



 ボクは思わず、いつもつけているネックレスをぎゅっと握った。

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