第15話

 政さんはどうやらボクに気づかなかったらしく、そのまま店内に入って行った。



 こんなところで会うなんて。



 心臓がどきんってなったのは、うち以外のところで、しかも偶然なんて形で会っちゃったから。



 政さんを目で追う。



 どうしようか。

 もしかしたら、今からうちに夕飯を取りに来る?



 そう思って連絡が来ているかスマホを見ようとして、スマホがないことに気づいた。



「コウさん、変な心配をさせてしまってすみませんでした。ボクもう行きますね」

「え?」



 コウさんとの話はもう終わったし、政さんを抜きにしてももう帰るつもりだった。

 ボクはコウさんに頭を下げた。



 政さん、こんなところで何を買うんだろう。



 くるりと向きを変えて、ボクは政さんを追いかけるように店内に入った。

 みのってボクを呼ぶ声が背中に聞こえた気がしたけど、聞こえなかったフリをした。




「こんばんは、政さん。こんなところで何を買うおつもりですか?」

「ぬぅおっ………」



 政さんが居たのはお酒コーナーだった。

 冷えた缶のお酒がズラズラ並ぶガラスの扉の前で、どれにしようか悩んでるように見えた。



 ボクはそっと、足音を忍ばせて背後から近づいて、政さんの耳元で小さく聞いた。

 政さんは変な悲鳴を上げて、文字通り飛び上がった。

 あまりの驚きように、ボクは笑った。



「こんなところで会うなんて、奇遇ですね」

「キっ…キミっ………びびびっ…びっくりするじゃないかっ………」

「すみません。でも、ちゃんと入り口のとこで声掛けたんですよ?」



 政さんは、政さんのお父さんである辰さんと同じ小児科の先生で、総合病院に勤務してる。

 仕事帰りのスーツ姿。

 政さんのスーツは、少し前に秋冬物のスーツに変わった。

 お腹がぽっこり出てるものの、背が高く、厚みがあってわりとちゃんと筋肉もついている政さんの身体は、じつは結構ボク好みだったりする。………お腹以外は。

 コウさんの身体も鍛えられててイイと思うけど、ボク的には政さんの勝ち。



 まあそれは単純に、背の高さが大いに含まれているんだけどね。



 ボクより高いか、ボクより低いか。

 政さんはボクより少し高くて、コウさんはボクより少し低い。



「そうだったか。まったく気づかなかった。すまぬ」

「それはいいんですけど………。政さんもしかしてお酒を買おうとしてます?」

「えっ…と、だな。これはその………」



 図星。



 政さんの視線が忙しい。

 右上を見たり左上を見たり、上を見たり下を見たり。



「政さん」

「………酒、だな」



 最近、飲む量を減らしていると聞いた。

 ボクが作る料理を気に入ってくれて、身体の調子が整ってきたとも。



 それなのに、お酒って。



「水筒にほうじ茶を入れてあげますから、お酒はやめましょう?」

「………」



 政さんは、少しの間ボクとお酒を交互に見て悩んでから、静かに小さく息を吐いた。



「キミには敵わん」



 どきん。



 政さんがボクに向けた優しい目に、心臓が大きく鼓動した。

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