最終話
「にゃんとっ」
ストラップを見たから?政さんの口から、何故かまさかのにゃん語。
にゃんと………ってもう一度言ってから、政さんの大きい手が、それはそれは恭しく小さなにゃん様を持ち上げた。
かれこれ1年以上一緒に居るのに、こんな政さんは初めてで、思わず笑った。かわいいなあって。
笑ったボクを不思議そうに見つつ、これは?って。
「あおちゃんにもらったの忘れてて」
「おお、亜生くんにか。しかし何故亜生くんが?」
「SNSににゃん様を載せてたら、偶然販売元の会社の人の目にとまって、もらったそうです。ちなみに非売品ですって、それ」
「にゃんと‼︎」
そして三度のにゃん語。
笑うボクを尻目に、政さんは久しぶりだなあ、にゃん様………なんて話しかけている。
政さんが結構たくさん持っていたにゃん様グッズのあれこれ。
ストラップは落としたり千切れたりでいつの間にかもうないし、置物系や小さいグッズはこっちに引っ越すときに双子の誤飲とかがこわくて手放した。
仕事中白衣の胸ポケットに挿していたボールペンもにゃん様がぽっきりいっちゃって、今政さんの手元に残っているのはスマホで使うスタンプだけになっていた。
………頬擦りしそうな勢いなんだけど。
「非売品であるなら落とすわけにはいかないな。家宝にしよう」
「政さん………さすがに家宝がそれって、うち残念すぎじゃないですか?」
「ん?そうか?………うん、そうか。そうだな」
「どっちがいいですか?ボクは使わないとあおちゃんにぶつぶつ言われると思うから使います」
「むむ………どっちも捨て難いな」
政さんは悩みに悩んで、ボクの予想通り刀の方を選んだ。これを頂こうって。
「是非亜生くんにお礼をせねば。彼には何をあげたら喜ぶだろうか………って、まあ、彼なら食べ物か」
「そうですね。それなら間違いないです」
「やはりそうか。それにしても彼の食いっぷりは本当にすごいな。今日もびっくりした。あんな小さな身体で宗と互角の食欲とは」
「今日はちょっと遠慮していたと思いますよ?」
「………にゃ、にゃんと」
だから政さんにゃん語。
変にツボって笑うボクを、政さんが優しく穏やかに目を細めて見ていた。
笑いながら思う。思うよね。幸せだなあって。
こんなにも幸せな毎日を手に入れることができるなんて、ボクはこれっぽっちも思っていなかった。
見るだけ無駄な夢を見て、その日のために努力しているのに、同時に思っていたどうせ無駄だよ、なんて。
政さんが、持っていたストラップを恭しくテーブルに置いて、今度はその恭しさのまま、テーブルの上のボクの手を握った。
そしてはあって、息を吐いた。
それはため息とかではなく………そうだね、多分………幸せが過ぎて、溢れ出たもの。
政さん。
ボクの母親である冴ちゃんの再婚相手・辰さんの息子。
冴ちゃんを詐欺師呼ばわりした、初対面最悪だった………今ではボクの大好きな人。求めに求めていた運命の人。ボクの旦那さま。
握られた手に、ぎゅっと力が入る。ボクもその手を握り返した。
こわいよ。すごくこわい。
幸せを感じれば感じるほど、いつか来る『その日』が。別れが。
たろちゃんが目を覚まさなかったあの日の、冴ちゃんの悲鳴みたいな声は、まだボクの耳に残っている。
いつかボクたちにそれが来ると思うと………。
「そろそろ部屋に行こうか」
「………はい。ボクはグラスを洗っちゃいますね。政さんは先に歯磨きしてて下さい」
「ああ、分かった」
政さんは握っていたボクの手を持ち上げて、手の甲にそっとキスをしてから、洗面所に行った。
政さん。
声には出さず、愛しい愛しいその名前を呼ぶ。政さんって。
いつか来る『その日』を考えると、考えただけでボクは泣きそうになる。そんな日は永遠に来なければいいと思う。
でもそれは不可避で、いつか来る。いつかは来る。そしてそれは、絶対に来るのにいつ来るのか分からない。明日かもしれない。
ボクは胸元にぶら下がる、たろちゃんの遺髪から作ったダイヤのネックレスに触れた。握った。
たろちゃん。
負けても負けても立ち上がった、不屈のファイターのたろちゃん。
たくさんの愛情を、ボクたち家族に注いでくれたたろちゃん。
ボクにもできるかな。
これから、どんな困難にぶち当たっても立ち上がることが。政さんに、大切な家族に精一杯の愛情を注ぐことが。
『実なら絶対、大丈夫だ』
ネックレスから、たろちゃんの声が聞こえた気がした。
「おはよう。遅くなってごめんね。すぐ朝ご飯の用意するね」
「おはよう。まだ寝ていてもよかったのに」
「おはよう、実くん」
「うーっす」
翌日の朝。日曜日の朝。
目が覚めたら政さんは居なかった。
あれ?って思って時計を見てびっくりした。9時近かった。
昨夜ボクは政さんに愛された。愛されて愛されて、愛されまくった………からの、寝坊。いつもならとっくに起きている時間だ。
急いで脱ぎ散らかした服を着てリビングダイニングに行くと、双子を含む辰さんと冴ちゃん以外がすでに集合していた。
「みーにょっ」
「みにょっ」
「おはよう、めぐたん、つむたん」
ああ、今日も末の弟たちがかわいい。かわいすぎる。
政さんと宗くんによじ登って遊ぶ双子の満面の笑みに、ボクは朝からやられる。
やまないみーにょコールにふらふらと吸い寄せられるように双子のところに行き、おはようのハグをした。
みーにょ‼︎って双子のテンションが爆上がりで、どうしたって顔が緩むよね。
もっと戯れていたいけど、ボクは朝ご飯の準備をすべくキッチンに立った。
「まーたんっ」
「みーにょっ」
「むえっ」
「めーめーっ」
「まーたんっ」
「みーにょっ」
「むえっ」
「めーめーっ」
聞こえるのは、エンドレスな双子の声。
何が楽しいのか、双子はよく延々とボクたちの名前を繰り返して遊ぶ。それが始まった。
長男・政。
次男・実。
三男・宗。
四男・明。
びっくりするぐらいキレイに揃った、ま行兄弟。そして。
「めーうっ」
「ちゅむっ」
「めーうっ」
「ちゅむーっ」
かわいいかわいい五男、六男。
我が家は今日も、賑やかです。
おしまい
山田さんちと鍔田さんちのまみむめブラザーズ・プラスツインズ みやぎ @miyagi0521
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます