第17話

 それから1週間ほどしてからだった。



『しばらくキミのご飯を食べることができなくなった』



 政さんからそんなメッセージと一緒に、涙で水たまりのようになったところに立つ、少し前に結構流行ったぶさかわネコ•にゃん様のスタンプが送られてきたのは。



 しばらく、ご飯が。



 そのメッセージも気になったけど、にゃん様‼︎って、ボクはまずそっちの方に思いっきり食いついた。



 政さんとにゃん様。



 ものすごく似合わないような、にゃん様がちょっと武士っぽいから似合っているような。

 元は小さい子向けのアニメらしいから、仕事絡みで知ったのかも。



『何かあったんですか?』



 メッセージと一緒に送ったのは、刀と思いきや、大きなクエスチョンマークを抜く、動くにゃん様スタンプ。

 流行りに乗って、ボクはじつはにゃん様が好きだった。



 メッセージはすぐに既読になり、すぐにそのまま電話が鳴った。わざわざ電話なんて。



「もしもし」

『何故キミがにゃん様スタンプを⁉︎』

「え?」



 そこ?



 もしもしも、政ですもないまま、興奮気味な政さんにボクはびっくりして、そして笑った。




 時計は夜の10時を示していた。

 今日、政さんのご飯は辰さんに渡してあるから、今電話はしてるけど、政さんは来ない。



「にゃん様、かわいいですよね。ボク好きなんですよ」



 隣の部屋をチラッと覗いて、双子が起きてないのを確認してから、冴ちゃんにジェスチャーで外に行くねって伝えた。

 ここであんまり喋ってて、双子が起きても。



 ボクは車の鍵を持って外に出た。

 車の中なら多少大きい声を出しても大丈夫だろうと。



『何と⁉︎キミも⁉︎』

「え?ってことは………」

『年甲斐もなくハマってしまい、にゃん様スタンプはすべて買った………』



 政さんとにゃん様。



 聞いたのが車に乗ってからで良かった。

 ボクはしばらく、ハンドルに突っ伏して爆笑した。




『キミ、笑い過ぎだ』

「ごめんなさい。ツボっちゃいました」



 耳元に聞こえる政さんの拗ねたような声。

 いつも連絡はメール。内容はご飯が要るかどうか。いつもそれだけ。それ以上もそれ以外も何もない。

 電話は、政さんが自分でご飯を取りに来るとき、インターホンがわりに鳴らすだけ。鳴るだけ。それ以上もそれ以外も何もない。

 そしてボクからメールはほとんどしないし、電話もしない。



『しかし、キミもにゃん様が好きとは。奇遇だな』

「そうですね」

『ちなみに俺は、にゃん様ボールペンを白衣の胸ポケットにさしている』



 自慢げに、ドヤっぽく言う政さんに、ボクはまた笑いの沼に落ちた。



「で、ご飯食べれないって、何かあったんですか?」



 本題はこっちだよね?って、指で笑い涙を拭って聞いたボクの声は、まだ笑いでプルプルと震えた。



『ああ、急に同僚が辞めたり休職したりでな』

「………そうなんですね。でも、忙しくなるなら余計ちゃんと食べないと」



 自分でも、分かった。

 声。さっきまでとの違い。

 いくら何でもってぐらい、一気にトーンダウンした。ボリュームも下がった。

 政さんがしばらく来ない。食べない。それだけで。



 ぽかって開いた気がした。野球ボールぐらいの穴が、ボクの中に。



『まあ、しばらくはまたコンビニ弁当の世話になるよ。キミのご飯に慣れてしまったから、胃もたれがこわいが、仕方ない』

「しばらくって………どれぐらい?」

『さあ、どれぐらいだろうか。キミなしでは俺が持たないから、すぐに代理医師でも来て欲しいところだが………』



 どきん。



 今度は心臓が大きく跳ねた。

 さっきぽっかりと開いた穴から飛び出しそうな勢いで。



『キミなしでは俺が持たない』って、何てセリフなの。



 政さんは昔からモテたと聞いた。

 外見だけでもそうだと思う。



 背が高い。頭が小さく肩幅が広い。剣道をやっていたからか、上腕二頭筋がしっかりあって、大きな手は指が長くてキレイだと思う。

 顔のパーツはとにかくバランスがいい。髪も眉も髭も手入れがちゃんとされてる。目が少しキツめと言えばキツめだけど、そのキツめの目が笑むと妙にどきっとする。白い歯の歯並びもいい。



 まあ、お腹は出てるけれども。



 その上で、ああいったセリフを無自覚に言っているのであれば、それはモテるだろう。



「政さんさえ良ければ、ご飯作って置いておきますよ?」



 気づいたときには口がそう、勝手に動いてた。

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