機皇の国
Gno00
第一章 海より来たりて
第1話 ある世界の終わり
それは広く普及されているゲームジャンルの一つ。
レベルや物語を紡ぐ多岐に渡るキャラクター性を持つ登場人物に成りきる、あるいは没入する事で予め構築された世界観を楽しむゲームである。
ミニチュアゲームより派生したテーブルゲームの一種を源流とし、更に、本やコンピュータという人類の叡智の結晶を通じて大いに発展していった。
分類の一つ、コンピュータRPGだけでも、主観視点で入り組んだ迷宮を探索する3DダンジョンRPG。
視点を三人称に切り替え、迷宮探索にアクションゲームやアドベンチャーゲームの要素を加えたアクションRPG。
駒を動かすボードゲームのように四角形のマスを敷き詰めたマップ上で各種パラメータを設けた多種多様のユニットを操作する
RPGに限った話では無いが、ゲームごとに用意された世界観もまた、ジャンル分けの基準となる。
現実における封建時代や近世、近代をベースにしたハイファンタジーに現代を背景に上手く設定を組み込んだローファンタジー。
近未来や遥か遠い未来を時代背景と定め、空想科学を取り込んだ作品があれば、その空想科学を扱うSFよりジャンルが分裂したロボット物など、多岐に渡る。
RPGというゲームジャンルは、ゲームシステム、要は
設定と矛盾したストーリー、もしくは主要キャラクターの扱いが粗雑であるなど、問題点があればその大小によってはリリース後の評価を揺るがしかねない事態になる。
一方で己の役割を大きく逸脱せず、それでいて個性的な一面を見せるキャラクターやそんなキャラクター達が織り成す物語は、発売直後だけに留まらず長きに渡って愛される傾向にあった。
ゲームとしての成功、物語としての成功とRPGの成功の理由は数多くある。
そんな中でも珍しく、世界観や用意されたシステム、スタッフの熱意に時の運が複雑に絡んで成功を収めたある一つの例について紹介しよう。
その作品とは、ロボット達の物語を描く、SRPGにソーシャルゲームの要素を加えた作品である。
《マギア:メタリズム》と立派な名前を持つそのゲームは魔導工学、即ち高度に発展を遂げた魔法と機械とが混ぜ合わさった技術の普及する世界でメカと呼ばれる機械生命体で構成された国家を育成し、主義主張や方針の違いなど、様々な理由で対立する敵組織と戦うストーリーを持つ基本無料制のSRPGである。
メカの種類は多岐に渡り、人間に近づけた姿の人形メカ、骨格は人間に準ずるものの容姿が人間のそれとは程遠い亜人形メカ、イージス艦や大戦中に建造された戦艦などを模した船舶メカ、列車や装甲車など車輪を持つ車両メカなど豊富な形状、役割を担うメカを味方に引き入れる事が出来る。
また、メカのサイズも全7段階、ナノマシン等粒子サイズとなるXSサイズから一都市、一国家を担える規模となるXXLサイズまで種類、サイズ共に豊富な種類が用意されていた。
プレイヤーはその国家の主となる人形メカを分身とし、そのメカを通じて領地の施設強化や国家に属する使役可能なメカの育成をしたり、ストーリー、イベント、デイリーと大まかに3つに分けられたマップの上で予め用意されたNPCと、対人戦専用マップの上で他のプレイヤーが育成したメカ軍団と戦闘したりと様々なゲーム内コンテンツを楽しむ事が出来る。
サービス開始直後は既存のコンテンツをロボット物に挿げ替えたRPGの一つだと認識され、当初は然程注目されなかった。
だが、サービスを継続するにつれストーリー面での評価が成され、ダウンロード総数と
極めつけは、SNS上にてバズる事だった。
ロボット萌えを公言する絵師がこのゲームに魅入られ、大々的に宣伝をした事を切っ掛けにゲームの存在が媒体を問わず拡散され一気に注目を浴びた。
爆発的人気を齎した絵師が、魅入られた点は大まかに分けて3つある。
まず、レベルが存在しない事。
メカそのものの育成にしろ、メカが持つスキルの強化にしろレベルという概念が存在しないのである。
ある程度のゲーム内の資金と資源を必要とするが、強化値はレベルではなく代わりにアルファベットを用いたグレードで表記され、最低値をE、最大値をS+とし、全17段階の強化を可能とした。
これが返って雰囲気がよく出ていると高評価を得る事に。
次に、キャラクリエイトが充実していた事。
絵師にとってはこれがゲームを開始する決め手になったとか。
著名なイラスト、マンガ制作ソフトを参考に作られた使いやすいUI、ゲーム内に存在する種類のメカを素体とし、その上に自由に配置可能な1万点以上のパーツ、また登場時、攻撃時のモーション作成が容易であったりと《マギア:メタリズム》のもう一つの本編とも呼べるこのシステムのおかげで、有名なSF、ロボットアニメの出撃バンクや必殺技バンク、ラストバトルの再現など多岐に渡って盛り上がりを見せた。
最後にガチャが存在しない事。
ソーシャルゲームの代名詞とも呼べる有償無償を問わないガチャシステムの一切が排除されており、プレイヤーはゲーム内資金、資源を支払う事でリストに並ぶ欲しいパーツやメカの素体と交換が出来た。
また、資金、資源の調達は、時間経過で最大値になるまで対象の資源の増加を続ける国家内の施設からの入手だけでなく、ストーリーマップや日替わりで開放マップの変わるデイリーマップ、期間限定で開放されるイベントマップの初回を含めたクリア報酬、月間パスやまとまった量の資金、資源単品やセットなど有償アイテムの購入によって増やす事も可能だった。
先のキャラクリエイトを充実させるにあたって、開発スタッフはガチャ要素を取り払いこのシステムに変えたのだが、それが英断だと持て囃されるようになる。
敵組織のボスの繰り出す一部メカのスキルの威力が強すぎる、後半グレードになると必要な資金、資源の数が多すぎるといった多少の不平不満も寄せられた事があった。
それでも、メカ同士のシナジーを上手く組み込む事で行われる高難易度マップの無犠牲早解き、プレイヤーの所有する高ステータスメカ同士で行われるノーガードデスマッチ等、様々な楽しみ方が行われ、順調に隆盛を遂げた《マギア:メタリズム》だったが、やはりと言うべきか、どんなものにも終わりは訪れるのである。
サービス終了。
ソーシャルゲームとして生まれたばかりにいつかは突きつけられる終了の知らせは多くのファンを取り込んだが故に大きな反響を呼び起こした。
ただ終わらせるだけではいられないと思ったのか、開発スタッフは《マギア:メタリズム》のコンシューマー化を水面下で進めており、ソシャゲとしての《マギア:メタリズム》は終わりを迎えるが、同時にコンシューマー向けに戦闘バランス等を見直し、新たなシステムを追加する生まれ変わった《マギア:メタリズム》を発売すると明言した。
しかし、媒体の変化は大なり小なり弊害を生んでしまう。
技術面での問題によりコンシューマー版 《マギア:メタリズム》にソシャゲ版のデータを引き継ぐことが出来ないとも説明した為か、ソシャゲ版に熱狂していた一部のファンは思い出が返ってこない現実に失望し去る事を決めた。
それでも新しくなる《マギア:メタリズム》に期待を寄せ多くのファンが留まってくれたのは幸いと言うべきか。ゲーム内ストーリーにて感動のエンディングを用意し、ソーシャルゲーム《マギア:メタリズム》は6年の歴史に幕を閉じた。
客足も開発スタッフも新生 《マギア:メタリズム》に移行し、古い《マギア:メタリズム》はデータの海にひっそりと沈む、はずだった。
◇◆◇
静寂と薄暗闇が支配する、鋼と鉄で彩られた、ドーム状の広い空間。紫の絨毯が道を描くその奥、円錐台を描くように広がる段差の頂上に、玉座が置かれていた。
人間が使うものとは思えないほどに大きく、背もたれを高く伸ばした濃灰色のそれは、近未来的技術を搭載してはいるが、無骨なデザインをしていた。
そんな玉座に、黒紫の豪奢な鎧に身を包んだ人型が一人、深く腰掛け鎮座する。まるで役目を終え、破られる事の無い眠りについているように。
彼は《マギア:メタリズム》における敵組織の一つ、『機皇国ジェネレイザ』の主、《カオス・マシーナリー》というメカの一種にして機皇帝ジェネル・ダイヤモンドである。
『機皇国ジェネレイザ』は、その名の如くプレイヤーと同じメカのみで構成された国家であり、ストーリー序盤から中盤までは味方NPC国家として立ち振る舞うが、中盤以降は終盤までプレイヤー陣営と戦う、謂わばラスボス国家でもあり、主張の食い違いにより不本意ながら対立する事になる。
ゲーム開始から約3分後に行われる「チュートリアル」では友好的な協力者を称してゲームを始めたばかりのプレイヤーに戦闘システムの手解きをし、ストーリー序盤では対峙する敵組織「レイダーズ」の卑劣な罠にかかって追い詰められるプレイヤーの国家に救援を送ったり、時に助言をし、それが元となってプレイヤーの国家の方針を固めさせたり、とゲームを始めたばかりは頼れる味方になってくれる。
だが、ストーリー中盤から、ジェネレイザに叩きのめされた事で降伏した敵組織「アバランチ」の構成員を殲滅しにかかったり、プレイヤーの国家の手を煩わせるという理由で、報復行為に走り高層ビルに立てこもる「アバランチ」の残党を人質ごと消し飛ばしたり、と不穏な一面を見せ始めるようになる。
そうして、中盤の終わり際にジェネレイザはある結論に達する。「こんな連中に慈悲を見せる価値は無い」と。
「レイダーズ」も「アバランチ」もメカ以外、人間や亜人、異形等多種族で構成された敵組織であり、プレイヤーの国家や自分達に牙を剥き続ける彼らはおろか、彼らの人質になったばかりにプレイヤーの国家の足を引っ張る事になる異種族にも敵意を通り越して殺意を覚えていた。
それ故にメカと多種族の共存を望み、また多種族との絆を育むプレイヤーの国家とは主張が食い違う事になる。
ラスボス国家に相応しく高機動、高ステータスのメカを多数配備し、その数々が高威力ないし広範囲、あるいは両方を備える各種武装、スキルを備える。
メインストーリーにおいて出現するマップの全てが、設定された3つのいずれの難易度であっても、油断が一つでもあると全滅は必至、入念な準備、戦術を整える事でようやく無犠牲でのマップクリアが可能となる程に、《マギア:メタリズム》における高難易度の代名詞と呼べる国家の主は今、その凶暴さとは裏腹に静かに佇んでいた。
いや、国家全体が、と言うべきか。
先の大戦、メカとそれ以外の種族は共存すべきか否かという論争を発端に、プレイヤーの属する共存派、ジェネレイザの属する根絶派に分かれ起きた戦いに敗れ、ジェネレイザは国力を削がれ戦力を失い、プレイヤーの属する共存派に降伏する事となった。
――というのはストーリー上の設定、つまりは建前で、データ上では力を失っておらず、ストーリーマップや期間限定イベントマップで何度も戦う事が出来るようになっている。
マップをクリアした事でプレイヤーがマップ選択画面に戻った頃合いに撃破されたメカを復活し、プレイヤーがマップのやり直しを選択してはスタート直後の状態と同じになるよう失った戦力を回復するを繰り返し、そうしたプレイヤーの選択が無い場合はこうして全戦力を維持したまま待機していた。
故に敗戦国と言うには(データ上の)戦績があまりにも悪く、それでいて設備や施設、引いてはジェネレイザ軍所属のメカの数々が綺麗さを保っている。今ジェネルが眠っているこの機皇の大広間もその一つだ。
そんな手練れのプレイヤーからすればカモとすら呼べる役回りを続けていた彼らだが、突然、その終わりを告げられる。創造主である
サービスとは何を意味している? 《マギア:メタリズム》とは? ジェネルを含めジェネレイザの全国民が疑問に感じ、待機状態のまま長きに渡る討論が行われた。
それらの一連の行為そのものもまた、スタッフが遊び心として組み込んだプログラムの一つに過ぎないというのは、ジェネレイザの誰も知る由が無かった。
討論の末 《マギア:メタリズム》はこの世界を指し、サービスの終了はこの世界の終焉を指しているのだろう、と結論が出た。
そこに納得こそあれ、反発は無かった。元よりプレイヤーの隣人として立ち振舞い、時に助言を授け、時に障害を排除する事に務め、最後はプレイヤーに立ちはだかる大きな壁という役割と、そうプログラミングされたゲーム内のプログラムの集合体の一つに過ぎない彼らにとって主である安藤主任らの決定こそが絶対である。
だから、ジェネレイザも、その主たるジェネルもすんなりと受け入れた。
尤も、コンシューマー版の発売により、彼らと全く同じ存在の居る全く同じ世界が始まろうとしている事は彼らに知る由も無いのだが。
「――ならば、文句はあるまい。この世界であれ、我々であれ、いつかは終わりを迎えるものだ。後は彼らが我々から学び、次に繋げてくれる筈だからな」
ジェネルはエンディングにて自分達の役割は全うできたのだと解釈したセリフをプログラム通りに述べ、安藤主任達がサービス終了時刻を迎えたことで《マギア:メタリズム》の各種機能へのプレイヤー側からのアクセスを受け付けなくしている間、ジェネレイザは決して何者にも破られない眠りにつこうとしていた。
ジェネレイザの各種設備、施設が次々と『完全停止』していき、ジェネレイザが誇る三機神の内の二体である《ネスト:プロミネンス》メルケカルプ・クローバー、《カタストロフィ》ユニリィ・スペードも自己の機能を停止させる。
最後に、この国の要である《ジェネシスコア》シアペル・ハートも機能を停止したのを確認したジェネルもまた玉座にその身を収め、全身に走る紫の淡い光を消し、自己の機能の一切を遮断する。
そして、ジェネレイザの全ては確かに眠りについた。彼らはメカである以前にプログラムの集合体なのだから、眠りの中で夢を見る事も、思い出に耽る事も無い。
ただただ静寂の中で闇に葬られる。誰にもその眠りを破られはせずに。
…その筈だったのだが、彼らの眠りはその数十分後に妨げられる事になる。
深夜0時を回り、もうすぐ1時を迎える頃。突如としてジェネレイザ全域に大地震が発生したのだ。機能を停止しているが為に誰も観測出来ず、安藤主任達も表向きは予定通りに事が進んでいた為、気が付いていなかった。
その地震がジェネルの居る空間をも大きく揺さぶる。
それでも揺れで動く設備はこの広間には無く、玉座に座り込んだジェネルも微動だにしなかった。
その振動がだんだん小さくなって収まった直後、ジェネレイザの全機能が再起動した。
機皇の大広間の照明が全て点灯し、ジェネルの全身もまた紫の淡い光を再び灯らせる。
想定していない再起動によりジェネルは雷に打たれたような、全身が痺れる感覚を味わい、すぐには体を起こすことが出来ず、上半身だけが辛うじて動かせる状態であった。
(何だ)
安藤主任達がミスをしたのか? と思いつつ、震える手をおもむろに伸ばしプレイヤーが使うものと同じ紫色に縁取られたコンソールを空中に出現させる。
フリック操作で、コンソール左端に表示される幾つもの項目を上へスライドしていき、かつてプレイヤーがこうしていたな、とメモリー内の映像を参照し運営への報告機能を使おうと「報告」ボタンをダブルタップするも、「このシステムは現在使用できません」と直ぐにポップアップし、表示される。
その表示を一度閉じ、再度報告機能を使おうとするが、再度同じメッセージが表示された。
何度やったところで、結果は同じなのだろう。報告は諦め、他に手段を探そうと左端の項目を何度かスライドしてみるが、それらしきものは見つからない。
想定外の何かが起きたのは確かだが、それを伝える術は無い。今更身振り手振りをした所で、安藤主任達に届くのか。
(何が起きている)
誰も正解を告げられない状態のまま、ジェネルはシアペルを呼び出すべくコンソールの画面を慣れた手付きで切り替える。
すると、三角の中に感嘆符を入れた赤いマークが激しく点滅する、「警告」と黒い画面に赤い文字で大きく書かれたウィンドウがコンソールの上に被さるように表示される。
同時に不快なまでにけたたましいアラーム音が鳴り響いた。
聴覚を持つが然程音の煩さを気にしていないジェネルはそのウィンドウの下にある「内容を表示する」を押すと、
『警告:土壌汚染が発生しています。直ちに問題を解決して下さい』
『警告:海上に放り出されたメカが大量発生しています。直ちに問題を解決して下さい』
『警告:領地の5分の3が消失しました。直ちに問題を解決して下さい』
『警告――』
『警――』
次々と表示される見覚えの無い警告の嵐。
ジェネルの視界を赤く染め、静かな空間に鳴り響くアラーム音。ジェネルは人ならざるが故に冷静さを保ったまま、静かに呟いた。
「主よ、またしても我らに試練を課すのですか」
彼らの敗北という形で、6年に渡る長き戦いを終えた筈の物語は、彼らを切り離し、新たな戦いへと引きずり込んだ。
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