第9話 レポート:流れ着いたこの島について
「此度はご苦労だったな。どうだ、羽は十分伸ばせたか?」
日を跨いだ、朝の『ギア・ホール』。
玉座に座って十分な活力を持つジェネルに対し、彼と対面するパンドレネクは表情こそ変わらないものの、帰ってきたばかりだからか疲労を持たないメカにも関わらず、疲れたような様子をしていた。
親玉である茶髪の海賊――ジャバナを含め身柄を拘束した海賊達を貴重な情報源、あるいは素材と見て大切に保管していた白衣のメカ達を北の崖地帯に送り届け、わざわざ転移して来たジャモラクからは過剰なまでに感謝をされ――そうした上でジェネルの元へ来たのだ。
ただでさえ方針が違う為に反りが合わない相手にそう何度も接触しては誰だって疲れてしまうものだろう。
一先ずは彼の苦労を労い、海賊達の手応えはどうだったか機皇帝は尋ねてみる事にした。
「それが全然駄目でしたね。期待外れと言いますか。低いグレードで挑んでくるあのメカ達の方が手応えがありました」
彼の発言からは海賊達への確かな失望が読み取れた。
特殊な状況下で戦いを挑むプレイヤーの配下をわざわざ比較に持ち出す程に。
平均的に低いグレードのメカ編成で挑んでくる
一つは経験値の低い、マップや敵ユニットをあまり把握していないプレイヤー。
もう一つは知識量も経験値も申し分無いが、敢えてグレードを低く調整している、変態とも呼ばれる玄人プレイヤー。
実を言うと、ジェネレイザ陣営が敵として出現するマップは低グレードでも勝つことが出来た。
高難易度マップを選んだり、ストーリー終盤のマップを選んだりし無ければ。
プレイヤー側のメカの中にはメカ特効スキルを持つ者も居る為、バフ、デバフ効果を持つスキル、武装と組み合わせれば低グレードであってもそれなりに威力を叩き出す事が出来る。
故に、それを実践し低グレード縛りでパンドレネク等を撃破した猛者指揮官も居たりするのだ。
どうやら彼にはそのようなプレイヤーが印象に残っているらしい。
「まあ、彼らは特殊な訓練を積んでいるからな。彼らはメカと異種族の融和を成し遂げた高潔な者であるし、それに私やシアペル達が手解きしてやったんだ、手強くない訳が無いだろう?」
もし彼に顔があったなら、ドヤ顔をしていた事だろう。
そう思うまでに機皇帝はこれ見よがしの大威張りをしていた。
結果的に指揮官達には敗れはしたが、その結果にも、結果に辿り着くまでの過程にも満足している。
何故なら彼らはソーシャルゲーム版のジェネレイザ。
これから嫌と言う程の戦果に埋もれるコンシューマー版ジェネレイザ達と違い、彼らは既に数多の戦場で幾度となく戦いを繰り広げてきたのだ。
低グレード編成で来た指揮官の粗を突いて、清々しいまでの大負けにしてやる事もあった。
グレードは互角、一手一手が戦局を変える一進一退の戦いに持ち込む事もあった。
ジェネレイザでも希少なグレードS-以上のメカで固められ、手も足も出ず負ける事もあった。
それら全てがかけがえの無い思い出であり、楽しい経験であったのだ。
表情は無いジェネルとパンドレネクの二人だったが、様子からその満足感を読み取る事は出来た。
だが、当のジェネルはそれと同等の満足感を得る事をこちらの世界に強要するのは酷というものだろう、とも思っていた。
「…そうですね。陛下と三機神の皆様には頭が上がりませんよ」
「強敵を求める気持ちは分からんでもない。だが、今はそれに固執している場合では無いのだ。国の安定も図らねばならないし、お前たちに新たな仕事も振り分けねばならない。頭が上がらないと言うならば、それを理解してくれ」
「承知しました」
「だが、お前が満足出来るだけの戦場は何れ与えよう。お前の働きぶりに見合う褒美として、な」
それを聞いて、パンドレネクの様子が明るくなった。
此処までの疲れなど何のその、と言わんばかりに彼は跪く。
「必ずや、御身と機皇国に栄光を」
パンドレネクが踵を返して『ギア・ホール』を去った後、ジェネルは天を仰ぐように顔を上げてシアペルへと問い掛けた。
「シアペル、起きているか?」
『――はい。私は此処に』
数秒遅れたが、ちゃんとシアペルから返事が返ってきた。
ジェネルはその当たり前に深く安堵する。
日に日に、ジェネレイザという国家そのものの存在が薄れてきているような、そんな気がして。
「帝国から来た難民達の受け入れ地の開発も進んでいるな?」
『はい。海上に設立する居住区を一つ追加し建造していますが、何か問題でも?』
「いや、特には無いんだ。…済まないな、ユニリィとメルケカルプも呼んで少し話に付き合ってくれないか」
『畏まりました。私達で良ければ幾らでも。では呼んできます』
本当は、彼女達が居る事を受け答えで確かめておきたい。
そんな弱気な事は言えず、心の底に押し留めた。
聞き慣れた二人の声も聞こえてきて、ジェネルは何とも形容し難い安心感に包まれた。
『どうしたんすか? 改まって話だなんて。お褒めの言葉なら毎日投げかけられても良いぐらいっすけどね』
『私も丁度陛下のお声を聞きたく思いまして。今はあの子達が代わりを引き受けてくれているので、まとまった時間が取れますよ』
『ではどんな話でも宜しいので、お話下さい。下らないと切り捨てる者はこの国にはおりませんので』
「ありがとう。実は、パンドレネクから報告が上がってな。レベルなるものがこの世界に存在するそうだ」
強さとなる指標は別にある《マギア:メタリズム》には存在しない概念。
それがこの世界にあるとは当初は信じられなかった。
しかし、そのレベルを吸収するであろう能力の存在――恐らくは魔法――も合わせて報告されれば嫌でも信じるというものだ。
『レベル、ですか。私達には無縁なもののようですね』
『それがこの世界に在ると? 私達に影響はあるんすか?』
『特にこれといった変化はありませんでしたね。それがいかがしましたか?』
「ああ。私達はそもそもレベルなんてものは持たないし、この世界に飛ばされた今もレベルは無い。此処で疑問が湧いてくるんだ」
ジェネルは少し間を置き、それから続ける。
「何故、我々だけにレベルが適用されていないのか」
ジェネルの言う通り、この話には不自然な部分が残る。
元からレベルが無い存在がこちらの世界に来たとして、それをそのまま、この世界に於いて不都合な存在を放逐するなんて事があり得るのか。
《レベル・ドレイン》を二回以上発動出来たなら確証が持てただろう。
しかし、一回目でそれを封じ込めていた機器が砕け散ってしまったので敢えて仮定のまま進める。
現在、ハーミット・クリフの面々もそれを再現しようと躍起になっているが、上手く軌道に載っていない。
『確かに。そのレベルに依存するであろうスキルが効かない状態を放置するなんて生易しいが過ぎます。まるで、私達が別世界から来た外者だと分かりやすく示すかのように』
『先のパンドレネクの報告と合わせると戦闘時にマス目が展開されるように、我々のルールが優先されているようですね。そして、その優先順位は……接触した敵が指標にならないのもありますが、揺るぎないものとなっているようです』
『確証が持てないなら経験を重ねるまで。レベル依存のスキルが効かないとか、ルールが優先されるとかは有り難いっちゃ有り難いっすけど、この世界に引きずり込んだせめてもの情けというもの、って奴っすか? 何でしょう、少しだけ腹が立つっす』
流石は三機神と言ったところか。
彼は次々自身の意見、それも納得のいく発言を各々が出している。
謎を自分達から増やしてしまっているが、この世界に広く関わろうとしている以上、避けては通れない道だ。道を均し整えるぐらいの腹積もりで行かなくては。
「どうやら、世界は我々に何かをさせたいらしいな」
此処まで優遇されているならば、嫌でもその可能性が過ぎる。
そして、それは自身の存在を賭けてでも成し遂げられねばならない事のようだ。
存在が薄れていくのは、きっと今やっている事が不正解か、それに近いからだろう。
だが、難民を受け入れてからになる。
微妙に、ほんの些細な変化でしかないが、存在が薄れていく、その速さが少しだけ遅くなった。
これはどういう事なのか。
難民を受け入れたのが幸いしたか、それとも、帝国出身である事が響いたのか。
何にせよ答えは
自問自答に集中するジェネルを、シアペルの声が引き戻す。
『ジェネル陛下。少し宜しいですか?』
「ああ。どうした?」
『ジナリアよりマディスへ増援要請が。敵はこの規模のようです』
シアペルよりコンソールのマップ画面が展開され、ジナリアの潜伏先となる場所が表示される。
其処には、建物を示す複数の図形が不規則に並べられており、その一つの中にジナリアとコルナフェルを示す2つの青い点があった。そして、その2つを包囲するとも、いつも通り営んでいるとも思える第三勢力を示す黄色い点も法則性も無く多数表示されている。
だが、問題は其処では無いのだろう。
建物の数々を囲う外壁であろう色塗りされた図形、その先に敵を示す赤い点が大量に表示されていた。これでは本当に多勢に無勢だ。
「確かに、潜入したままのジナリアらでは骨が折れるな。受理しろ。しかし、マディスだけで十分なのか?」
『制圧能力、制限下に於ける戦力を鑑みるに、適切且つ適任かと。連絡役はアプレンティスに任せては如何でしょう?』
「その組み合わせだと不安要素が些か増えるが……まあ、良いだろう。東大陸に潜入中の者達からの要請は?」
『今のところ無いっすね。まあ、ベルディちゃんも彼らも居るし、当分は大丈夫っすよ』
「そうか。現状の戦力で解決出来ない問題に遭遇したなら、遠慮無く要請を送ってほしいと伝えておいてくれ」
『分かりましたっす』
難民達の寝静まるVIPスペースに、S、Mサイズのメカ達が利用する『可能性満ちる者達の修練場』、そして真ん中の通路の先に存在する、ジェネルの鎮座する『ギア・ホール』を収めた、最高峰の技術の結晶たる機皇城。
その中で、
◇◆◇
日がある程度昇り、パンドレネクも十分疲れを癒やした頃。
憧れを抱く少年は、その憧れの存在であるパンドレネクの居る場所へとやって来ていた。
ある時は、入り組んだ地形の荒野だったり、ある時は、アンバランスな氷塊の数々が展開される氷山地帯だったり、ある時は、見渡す限りの一面に広がる平原地帯だったりする、奇妙な空間。
それこそが、S、Mサイズメカ限定の実践経験を身につける場所、『可能性満ちる者の修練場』だ。
現在彼らはその中に居て、パンドレネクのみがハードモードの火山地帯マップを選択し、少年がそれを範囲外となる隅に座って観戦している。
手にする愛用の武器である禍々しい形状をした
船の上で少年が見た、華々しくも余裕を持った戦い方と程遠く、今のその姿に余裕は無く、鎧の禍々しさに相応しく肉を斬らせて骨を断つ戦い方を取っていた。
鎧の表面に次々と傷を負うが、その度に受けた傷の数倍にもなる痛手を異形の敵の肉体に次々と刻んでいく。
体が倒されても、撃破判定が出ていない為に戦闘を続行する敵に何度も斧を叩きつける。
その敵が消失したのは、仰向けの体の胸に深くえぐられた傷が無数に刻まれた後だった。
青い異形が黒き鎧を取り囲み、それぞれが持つ棍棒や剣、銃のような形状の武器によって袋叩きにされた所で、彼の発動した魔法系のスキル《ブレイキングスマッシュ》が彼を中心に拡散する漆黒の奔流を生み出し、青い異形を吹き飛ばして凸凹の激しい地面や流れる溶岩に乱暴に叩きつける。
スキルダメージと地形ダメージを受けた異形の内、その一部が撃破され消失する。
それでも尚、物理系のスキルを用いて突撃を仕掛ける青い異形の頭を掴み上げ、他の異形が繰り出す、飛んできた魔法系スキルの光弾を防ぐべく盾にする。
彼の持つ物理系のスキル《カウンター:身代わり防御》が発動した証拠だ。
全て受け止めた上で掴み上げた頭を離すとその異形は粒子となって消失した。
自分も少なからず痛みを負っている筈が、漆黒の体は張り合いがある相手に対し、楽しそうに身構えていた。そして、最後に残った青い異形との鍔迫り合いに打ち勝ち、最後の一人を真っ二つにしてみせた。
結果は、少年が当初明るく予想した通り、彼の勝利だった。
背景の火山が激しく噴火し、赤熱した溶岩の流れる道すらマップの一部となっている火山地帯は消滅し、元の床と壁天井しか無い空間に戻る。
彼が鎧に負った傷も最初から無かったかのように消失した。
振り向いてみれば、隅っこの少年は固まったように目を見開いている。
憧れの彼が見せた一連の光景に、体は小刻みに震え、呼吸も荒くなり、小さい胸が早鐘を打っていた。
見せたいものがある、と告げたので期待に胸を膨らませていたらしい。
実際に見せたのは恐ろしいまでの戦いっぷり。
受けた衝撃は、決して小さくないものだろう。
「…軽蔑したか?」
彼の冷ややかな言葉が、少年を現実離れした光景から現実に引き戻す。
少年は未だ恐怖心が拭えないらしく恐る恐る、目の前の大男の赤い双眸を見た。
禍々しい鎧と鈍く光る2つの赤い光が、一層際立って見えているらしい。
「俺が理想とかけ離れた存在である事に、失望したか?」
元より、パンドレネクには抱かれた理想像を利用する腹積もりは無かった。
華々しく、表の舞台で一線級の活躍をする英雄だと思われているなら、そのまま放置でも良かったかも知れない。
だが、
このままジェネレイザで暮らす以上、不本意ながら隠し続けても何れは破綻が来る。
少年や彼の父――要は難民達が墓に入るまで、隠し通す事は理論上で無くとも不可能である。
ならば傷の浅い内に本性を、正体を明かしてしまった方が良い。
そう思って彼だけに見せたのだ。
彼に淡い恋心を抱く少女も、近い内に招いて見せる予定だが。
凄惨たる光景にこそ恐怖したが、少年は目の前の脅すような態度の大男に恐怖は抱いていない。
寧ろ、パンドレネクが寂しがっている、とすら感じていたようだ。
実際、それは間違っていない。
戦闘狂であり、始末屋でもある故に、彼に尊敬する上司や同士は数あれど、親友と呼べる存在はこのジェネレイザに於いても少ない。
彼に近しい性格のメカは友を作る事に消極的であり、良心的なメカ程彼の仕事振りは評価しているものの、意図して距離を置いていた。
折角、思わずして得た縁があるにも関わらず、自ら手放す事を彼は躊躇いつつあった。
しかし、それでこの関係を放置していては少年少女の為にならないと心を鬼にしているのだ。
返答を黙って待っていると、少年は大きく首を横に振った。
その返答にパンドレネクは一瞬動きを止める。
「軽蔑しない。…失望なんて、しない! どんなに怖い戦い方をしたって、おっちゃんは僕の、僕たちのヒーローなんだ!」
逃げ場なんて無い以上、受け入れる他無い。……そんな事を考えるのはナンセンスだ。
少年に恐れは無かった。
ただ、それだけが答えだろう。
彼が納得している以上、続けて凄惨な光景を見せた所で悪趣味でしか無い。
…それこそ苦手とする、研究者達と何も変わりはしない。
「…そうか」
パンドレネクは負けを認めるように、潔く『可能性満ちる者の修練場』を後にする。
少女にこうした説得をしたところで、少年と似たような答えが返ってくるだけだと思い、断念する。
一方の少年は、遠くなっていく寂しさの消えたその背中に満足感を覚えた。
憧れが、理解に変わり、少年は一歩大人になった。
パンドレネクと少年が親友となるのは、そう遠くない未来の話だ。
こうして、世界を越え、種族を越えた友情が芽生えた事で、物語は一旦幕を閉じる。
しかし、これは複数に小分けされた一幕に過ぎない。
島に流れ着いた異質な国を中心に起きた、事件の数々。
それらは全て、世界中を巻き込む大波乱の始まりに過ぎなかった。
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