第二章 機鬼怪壊

第10話 救援準備

「『呪われた島』全域に原因不明の霧が発生、か……」



 エルタ帝国の中心である帝都アパディア。

 その更に中央にある集中して盛り上がった高台の上に、四隅に丸い塔を持つ巨大で、歪な城が存在する。

 バ・モランタン。それがこの施設の名称である。

 帝国の象徴で政治の中心人物となる皇帝が住まうその城に帝政の全てが集約されるのは必然であった。


 その一角にある豪奢な執務室。

 大窓から差し込む陽の光が、その部屋を明るく、輝いて見えるほどに照らしている。


 部屋の中には彩り豊かな大きな旗や、意匠の施された記念品の皿の数々を並べた棚、この帝国の建国から現在までの歴史や、西大陸の思想家の主義主張などを記した本を数多く収める本棚などが配置されている。

 手に持つ書類の内容である衝撃的なニュースに動揺を隠しきれない男が一人。


 彼はパレーズと言い、帝国貴族の侯爵位を授かる青年である。

 磨かれた銅と近しい髪色を持つ彼へ、驚愕を齎すニュースはそれだけでは無かった。



「ジャバナ海賊船団が消息を絶って五日。未だ進展は無い、だと?」



 彼が彼以外に居ない部屋で独り言を呟くのは、内容で受ける衝撃を声に出す事で紛らわせるという意図がある。

 実際、それは少ないながらも効果を発揮した。


 ジャバナ海賊船団とは帝国領遠海を縄張りとする海賊により結成された武装船団の事。

 軍艦だろうと民間船だろうと見境無しに襲い掛かる為、迷惑且つ危険な船団だと帝国中で認識されており、注意が払われていた。


 だが、注意が払われていただけである。

 今はそれどころでは無い状況下にあるのもそうする理由の一つだが。


 注意を払うだけに留めていた理由には、彼らに強力なアーティファクトの所持の疑いがあったからというのも含まれる。

 何でも王国から流れてきた、この世界にける強さの指標たるレベルを吸収し、使用者のものにしてしまうアイテムらしい。


 そんなものを使われてしまえば、幾ら帝国の精鋭をぶつけた所で為す術も無く返り討ちに合うだけだ。

 遠海より離れようとしない事もあり、彼らへの対応は注意を払うだけに留めていた。



 その船団が、一夜にして姿を消した。



 消息を絶ち、五日経てど誰一人としてジャバナ海賊船団の所属の者は帰ってこず。

 アジトらしき島はその中に溜め込まれていた金銀財宝が放置されたまま無人となった。


 五日も帰ってこなければずっと帰ってこないと、それを狙った他の海賊達が財宝の争奪戦を繰り広げるようになる。

 ジャバナ海賊船団が幅を利かせていた事で溜まっていた鬱憤を晴らすのも兼ねて。


 血で血を争う海上での狂騒の末に、帝都に留まる帝国貴族の耳にも届く事態になった。



「一体、この世界で何が起きているんだ…」



 パレーズは次から次に舞い込む異常事態に頭を抱える。

 他の帝国貴族がこのニュースを見ても全く同じ感想を呟く事だろう。

 既にそうしているかも知れないが。



(一体、我らは何を呼び込んだんだ……?)



 心当たりは、ある。


 何故なら、こうした事件の数々は召喚魔法を使った翌日以降に発生しており、彼もこの国も先日に使用した召喚魔法の当事者なのだから。


 は『呪われた島』に流れ着いた。


 その事実以外は不明、と調査の結果が出て以来進展の無い出来事がずっと引っ掛かっていた。

 今はそれよりも優先すべき問題がある為に頭の片隅に入れておく程度だったものが、今になって主張を激しくしてきた。


『呪われた島』が霧に覆われたのは、その召喚対象の仕業だろう。

 ジャバナ海賊船団の件も、本格的に絡んでなくとも一枚は嚙んでいる筈だ。

 調査の当時は気にならなかったものが、気になって仕方が無い。

 どうにか知る切っ掛けだけでも得られないものか、と彼は天に祈る。



 それが聞き届けられたのかどうかは定かでは無いが、事態は彼の望み通りに進みつつあった。





 青年侯爵が祈りを捧げる一方、時は海賊船団の失踪の翌日に巻き戻る。

 帝国より島送りにされた難民50人を受け入れ、追手の海賊達も仕留めた渦中の国、《マギア:メタリズム》よりこちらの世界へ流れ着いた機皇国ジェネレイザ。

 国の中心に聳え立つメインタワーの近くに、北の寒冷地が届ける微かな冷風を一身に浴びる、一体の亜人形が現在立っている。


 体を構成する紫色のパーツの全てが異様なまでに細く、足先に至っては角のような先端が2つずつ、接地しているのみ。

 頭部に至っては、黒い液晶が貼り付けられているだけで顔と呼べる部位そのものが無く、代わりとばかりに液晶の中には黄色い5つの点が表示されている。


 彼――マディスは平べったい装甲の腕の片方を折り曲げ、右手を頭部の黒い液晶の真横に付けていた。


 彼の目的は唯一つ。

 国ぐるみで与えられた無茶に似た任務の詳細を依頼者の本人に問い質す為である。

 少しノイズらしき耳障りな音が走った後、その本人である少女の、無機質且つ能天気な声が聞こえてきて、それが異形の彼をますます苛立たせた。



『あー。あーー。聞こえる?』


「こちらマディスです、どうぞ」



 しかし、怒りを露わにしてばかりでは話にならない。


 通話相手の一応上司である、ジェネレイザが誇る生きた至宝の一つたる《コード:カプリチョーソ》α-ジナリアに機械的に応答した。

 彼らは現在物理的に距離が遠く、通信先のジナリアに至ってはジェネレイザではなく南西に向かった先にある西大陸に居るのだが、こうして通信が繋がるのは彼の居るメインタワーと、その地下深くに鎮座する《ジェネシスコア》シアペル・ハートのおかげである。



『やあ、マディス君。久しぶりだね〜。元気にしてたかい?』


「オレの事は良いですから、説明、し て も ら え ま せ ん か ね ?」



 彼女はマディスが必死に押し隠していた怒りを気にかけないとばかりに、こちらの機嫌を伺ってくる始末。

 そんな彼女に彼はこれに乗っかってしまえばこんな調子が続くだろうと思い、顔の無い頭部から怒りを露わにしてさっさと本題に入る事にした。



『ああ、君にとってはまずかったかい?』


「まずいも何も無茶を言ってくれるな、と思いましたよ最初に聞いた時は。幾ら何でも買い被りが過ぎますって」



 紫の異形、《ダークスチール:サーバント》にしてメカの一体である彼が何故此処まで怒っているのか。


 それは彼が受ける事になった依頼にある。


 現在ジナリアと彼女の妹である《コード:アパッショナート》β-コルナフェルは西大陸に存在する一国家、エルタ帝国の帝都から遠く離れた領内に居る。


 そんな彼女達より増援要請があったのだ。

 これは即ち、受理し実行しなければジェネレイザに多大な損害を齎すことになる、その数歩、最悪の場合は一歩手前の事態を意味する。彼には元より拒否権など無いのだ。


 《マギア:メタリズム》に於ける強さの指標たるグレード、その最高段階の一つ前のグレードSを誇るジナリア達だが、そんな彼女達は今潜入中の身。

 不用意に暴れて見えない敵に情報を与えてしまうような、事を荒立たせる訳にはいかなかった。



『そう言わずに。君に頼んだのは他でもなく、君が適任だと思ったからさ。もちろん、シアペル様にも了承を得ているよ』



 当然、潜入中の彼女達に加勢するのだから、送る増援も最小限且つ、救援の成功率の高い者を抜擢しなければならない。

 数体ならまだしも数十、百を超える戦力を送ろうものなら、幾ら隠蔽の数々を施しても彼女達の敵に気付かれてしまう。


 そんな中で白羽の矢が立ったのが、隠密能力に長けた上で、制圧力、戦闘能力共に合格点となる水準のマディスただ一体だけだった。

 ジナリアの注文が、そのまま通った形となる。



「シアペル様もよくこんな要請を通しましたね。受理したジェネル陛下も何考えてんだか……」



 各種権限を担う、ジェネレイザが誇る三機神と、ジェネレイザの統治者たる機皇帝に向かって小さく愚痴をこぼすが、今の彼なら例え対面した状況で、大声で叫んだとしても許されるだろう。


 何せ、増援要請で向かうのは彼一体だけなのだ。

 他のメカが同行するのはあり得ない。

 もし、彼が失敗し、増援の更に増援を送るなどと本来想定されていない事態になれば、本末転倒もいいところだ。



『でも生真面目な君なら受けてくれる、だろ?』


「上司のあんたの頼みを断った試しが無いですからね」



 拒否権の無い理由には、ジナリアが彼の直属の上司であるのも含まれる。

 正確には彼女の直轄である9体のメカで構成される特殊工作部隊『トワイライト』の一員である為、彼女の命は断れない。


 しかも『トワイライト』の他の面々からは。

 ある者は愉快げに、またある者は面倒事を押し付けられなくて済んだと言わんばかりに「お仕事頑張って〜」と見送られる始末。



『嬉しいよ。実に私好みの人材、いや、メカ材だ』


「そう思うんならタダ働きさせられるオレの身にもなって下さいよ……」


『頼むよマディスくぅ〜ん。後生のお願いだからさぁ〜、哀れな姫君を助けに来てくれよぉ〜』


「あんたは人を怒らせる天才だよ! オレらは人ですら無いけどな!」



 通話中にうざったさが増していく彼女にツッコミを入れて、脱線仕掛けた話を戻させる。

 その最中、珍しい顔を見つけたとばかりに、シャチをモチーフとした空中を泳ぐメカ、《バーニアン:スカイハンター》の二体が根本から枝分かれした胸鰭を揺らし彼に近づいてきた。



「…それで、作戦の詳細を教えてくれるんですよね?」


『ああ。作戦を教えるにはまず私達が遭遇した組織について説明しないといけないんだけど、良いよね?』


「必要な情報なんで、構いませんよ」


『ありがとね。優等生の君に、お姉さんが情報を授けてあげよう』


「前置きは良いんで、早くして下さいよ」



 現在の彼は、スキンシップを求めている、全長3mにもなる二匹の巨体の頭部を撫でつつ、背後から視線を感じていた。

 どうやってジナリアの元へ向かうかを考えるべくマップを開いているので、青い点が後方に複数表示されれば誰だって気付くというもの。


 誰が見ているのかは、彼には見当がついている。

 しかし、目の前の巨体二匹と違い今は対処が出来ないので先にジナリアとの会話を終えるべく彼女を急かしたのだった。



『分かった分かった。まず、私達が既に西大陸に居るのは知っているね?』


「はい。ヴィゴロントに乗って、それから飛んで向かったと聞き及んでいます」



 まずは、おさらい。

 彼女達潜入部隊は2日前、東西に分かれて2つの大陸に上陸した。

 目的としては、ジェネレイザ所属である事を隠した上で、大陸に生きる知的生命体の文明レベルと、国際的協力を得られそうな、あるいは二国間での同盟を結べそうな国を調べる為だ。


 その国家が真に信頼出来る国であると判断した上で、潜入部隊が所属を明かす算段となっている。

 ヴィゴロントとガーフルード、潜入前の部隊移送に用いられた白銀の巨大戦艦たる《エクリプスアーク》の2隻に乗組員記録が残っている為、それを辿るとどのようなメカが向かったのかが分かる。


 東の大陸側、ガーフルードに乗り込んだ部隊には一部色物メカが含まれているが。



『よろしい。その西大陸何だけど、今大変な事になってるみたいだよ。私達が居るエルタ帝国なる国の地方だけでも、東大陸のマゼン・ロナ王国から来た戦力と西側から攻め込んでくる魔王軍の板挟みになっているとか』


「それ、限りなく不味い状況下じゃ無いですか」


『マゼン・ロナ王国の戦力こと『懲罰部隊』は表向きは南下してくる魔物なる同族意識と攻撃性の高い動植物達と、西で固まってる魔王軍への対抗戦力何だけど、現状は手頃な魔物のみを倒すばかりか、待機してるだけで支援物資を食い散らかしたり、現地の女性に手を出したりする木偶の坊部隊でね。それを指摘してやろうものなら、現地の人々に当たり散らすからたまったものでは無いそうだよ?』



 聞く限りで得られた情報を纏めると、その地方の状況は将棋で例えるならば詰みに近い王手だろう。


 まだ必至の段階では無いだけで。

 マディスは帝国に対し少し憐憫の意を抱いた。



「…よくその状況下で隠密を維持出来ますね」


『でしょう? もっとお姉さんを褒めてくれて良いんだよ?』



 そんな荒れに荒れているだろう地方の中で頑張る彼女の事を少し褒めたらすぐ脱線してしまうので、マディスは苛立ちを抑えつつ彼女のペースに乗らないようにする。

 実際は、背後の集団が何やらひそひそと話し合っていて、通信への集中が削がれてそれどころでは無いというのもあるが。



「…続きを」


『ああ、分かったよ。で、君に頼みたいのはその木偶の坊部隊の排除だ。色々策を練ってる最中でね、それまでに雑務を少々頼むけど、やってくれるよね?』


「あんたの程信用ならないものは無いけど、良いでしょう。少しだけでも付き合います」


『良いね、そうこなくっちゃ』



 背後の集団から一つ、青い点が示す仲間が向かって来るのを確認しつつ、彼は付き合いが長い故に慣れた返しをする。

 《マギア︰メタリズム》のストーリーに於いても中盤から、ジナリアから『トワイライト』の面々へ無茶振りを要求される事が多々あり、その都度「少々」というフレーズを彼女は愛用していた。

 このやり取りはその名残のようなものでもある。



『じゃ、期日は特に設けないけど、待ってるよ。お姉さんが恋しいと思うなら急いで来てくれても良いんだよ?』


「恋しい訳無いけど急いで行きますね」


『ああん、いけずぅ。…それじゃあまた』



 通信を終え、満足し遠のく《バーニアン:スカイハンター》を見送り、どのように向かうかも纏まりマップを閉じた、その直後。


 マディスと同じような質量の持ち主が彼の背後より強くぶつかる。

 衝突音と、直後の何かが倒れる音が鳴ったが彼は微動だにしなかった。



「きゃっ!?」


「ああ、悪い。邪魔になったか」



 背後を振り返ると、尻餅をついた、純白の神聖な雰囲気を持つ外套の少女が居た。彼女の周りには持ち物だったらしき分厚い本の数々が散乱している。

 人に近しい外見を持ち、と同様に喜怒哀楽を表情に出す機能や発汗、涙を流す機能を備えているが、彼女もまたれっきとしたメカの仲間である。


 彼がやはりか、と思う一方で、彼女は散らかしてしまった事に悲鳴を上げた。



「あ、あわわわ……お姉様に叱られます……」


「すまん、大事ないか?」



 予想通りの展開とは言え、こんな往来の激しい広間で、それも通路の真ん中で棒立ちしていたのが悪いのだと、彼はその細い指の手を差し伸べる。

 すると、少女の鼻から下が隠れた顔がみるみる赤くなって、口も小刻みに震え出して。



「…ッ」



 バツが悪いように差し伸べられた手を無視して、少女はせっせと本をすべて回収すると、本を抱えたまま走り去って行ってしまった。

 小さくなっていくが、何処か嬉しそうな彼女の後ろ姿を見送って、マディスは困惑する。



「何なんだ…」



「ああっ!?」とか「ずるーい!」とか、当たった少女に、彼女と同じ姿のメカの乙女たちが可愛らしく抗議する声には聞こえないふりをする。


 アクシデントは起きたがそれでも誤差の範疇だ。

 自身に託された権限を持ってすれば。改めて彼は向き直る。

 α、βの名を冠する少女が居る方角へ。



「まあ、良い。それじゃあ行くか。お姫様の救援に」

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