第55話 狂騒曲第十八番 ①【後】


 最早、逃げ場は無いのかと絶望を浮かべる者は意図的に無視され、格納庫から離れようとする者達が優先されて次々と副砲の餌食となる。


 それを第1班と第2班の異形達はただ眺めていた。



 ”想定サイズに適した制圧能力を有している事を確認”


 ”副砲、主砲共に射撃に若干のタイムラグが発生する事を確認。改善の余地有り”


 ”把握。第3~第5班の回収した鹵獲兵器を踏まえてより精密な検証を提案”


 ”受理”



 地獄絵図を背景に行われた、機械的なやり取りに一区切りを付けると、暴走させた『マジェスティ』が引き起こした結果を異形達は目の当たりにする。


 綺麗な円形状の穴が多数開いた壁天井の格納庫の中で、瓦礫に押し潰された者や肉体の一部が欠損した死体、駆動域を越えた折れ曲がり方をした死体等が転がり、それらが点在する血溜まりを形成していた。

 異形の一体が認識阻害を解除し、そこへ降り立つ。



「ひっ!」



 その異形はそれと同時に上がった短い悲鳴を決して聞き逃さなかった。

 5m先、積み上がった瓦礫の奥へサーモグラフィーが捉えた人型の熱源へ近づき、瓦礫をその細長い腕で砕いて正体を露わにする。


 それは運良く生き残ったのであろう、つなぎ姿の青年であった。

 顔は酷く青ざめて――あの惨状を目の当たりにすれば当然だが――、呼吸も荒い。


 何が起こったのかを証明する者は必要だろう、と彼の姿を3つある眼球で捉えて異形は判断する。

 尤も、いかにも怪しい異形を目にしたところでそれの仕業であるのを証明するのは不可能だが。



「《アナライズ》!」



 青ざめていても、一矢報いるつもりであったらしい。

 青年の突発的な行動に異形は驚きを見せるも、それが主人も受けた魔法と知ると落ち着きを取り戻す。



「――何だ、何なんだよこれっ!!?」



 ステータスを開示する魔法のようだが、その結果があまりにも信じられないものだったらしく、青年は愕然とする。

 そんな彼を前にする異形に一つのメッセージが届く。”第3~第5班の作業が完了。速やかに撤収”と。


 未だ結果に釘付けになっている青年を、放っておいたところで大した脅威に成りはしない、と判断し、三つ目の異形はわざと物音を立てつつ立ち去った。

 そんな異形の近くには、不可視状態を維持したまま、また一部は剥ぎ取った『マジェスティ』の格納武装を抱える仲間の異形達が居るのだが、青年が気付けるよしも無い。



 此度のように敵地での工作、略奪に長けた異形にして、ベルディレッセの忠実なるしもべ

 《ダークスチール:プランダラー》と分類される、グレードA+、Mサイズで統一された彼らは格納庫内での任務を終え、戦利品を主人の元へ持ち帰るのだった。




 ◇◆◇




 略奪者達が任務を成功させた一方、朝を迎えた医療施設は慌ただしくなっていた。

 主にハーピー達から検出された有害成分を中和、無力化する薬品の調合の為。


 パートラーニが座っている――そもそも彼に足腰は無いが――椅子と向かい合うように、ベルディレッセが丸椅子に腰を掛けて話し合っていた。

 さながら医者と患者のようだが、実態は大きく異なっている。



「有効成分の特定は済んだので、臨床試験に移りたいところですが、可能ならばその前に、ハーピーの方々に用いられた薬品のサンプルが欲しいところです。それがあれば治療薬の効能をより確実なものに出来ます」


「別働隊と、誂え向きの仕事をしてるグリム達に探らせてはいるのだけど、手がかりは少ないわ。かといって、彼女達に無理に聞き出すわけにもいかない」



 保護した当時から何時起爆してもおかしくないを抱えているハーピー達の管理は厳重かつ慎重なものとなっていた。

 尤も、可能な限り与えてしまうストレスを減らす為、ハーピー達にはそう思わせないように取り計らってもいた。


 その処置の一つとして、連れ去られた経緯と人間達に何をされたのかの詳細に関しては、自分達から話す意思を示さない限りはなるべく聞き出さない事を徹底している。

 まず確実に、心の傷を抉る事になるからだ。



「ドクター。現状での臨床試験の成功確率は如何程?」


「90%を下回る事は無いと考えられます。故に最後の一ピースが欲しい」


「アクシデントが起こる可能性を捨てきれないのね」


「その通りです」



 そこまでの数値を叩き出せるならGOサインを今すぐ出しても良いぐらいだ。

 だが、処置の一つ取っても命に関わる場合もある世界で、数値だけで物事を判断するのは難しい。

 上司としても、迂闊な判断は下せないまま時間は刻一刻と過ぎていく。


 そんな時、純白のカーテン越しから小さく叫び声が聞こえてくる。



「…何事?」


「――大変です、患者が暴走を―――」



 パートラーニが言い終えるより速く、ベルディレッセはカーテンを掴み払って飛び出した。

 瞬間、彼女の視界が捉えたのは、羽ばたいてはその強靭な足の爪でメディック達に襲いかかるハーピー達の姿だった。


 メディック達は自分達のダメージを抑えつつ、彼女達へ静止を求める。

 が、彼女達が止まる気配は見られず、矢継ぎ早にメディック達に襲いかかった。


 白目を剥いており、肉体からは血管が酷く浮き出ているその様は誰がどう見ても異常だ。



「うあ゛ぁ゛っ!! うああ゛あ゛ぁっ!!」


「メディックは下がって! 此処はわたしが――」



 視界のセンサーが危険信号を発する。が、ベルディレッセは何も出来なかった。いや、しなかった。

 迎撃に転ずれば彼女達の命に関わると理解していたから。



「ぎいい゛ぃ゛っ!!」



 空中より突進を仕掛けてきたハーピーが、ベルディレッセの体を上から押さえつけてタイルの床を大きく滑る。

 激しく歯ぎしりをする口からは、赤く濁った体液が垂れており、それが顔にかかるも少女は気にも留めない。


 それより注視すべきは、ベルディレッセを押さえつけたハーピーの次の行動だ。

 今にもその刃物のような爪の足を振り下ろさんとしている。

 此処から抜け出す手段を、彼女の思考プログラムが幾つも提示する。

 が、その中にハーピーが無事で居られる手段など一つとして無い。


 そもそも、γ-ベルディレッセに限らず殆どのメカが戦闘用だ。

 自分さえ無事であればそれで良いし、副次効果で味方を守れ、尚且つ敵の行動を制限できる程傷付けられるのなら寧ろ好都合。

 そして、彼女の思考プログラムは無慈悲にも、今彼女を押さえつけているハーピーを敵と認識している。


 自分自身の油断が招いた事態だが、それでも彼女達を物理的に傷付けてしまう手段は限界寸前まで待っておきたい。

 この程度で彼女達が助かる手段を投げ捨ててしまうようでは、あまりにも不義理が過ぎる。



「い゛ぃ゛っ!」



 思考プログラムの提案の数々は振り下ろされる足が遅く見える程に加速するが、最終決定権を持つ彼女自身はそれを渋る。


 やむを得ないか、と思ってしまう程爪が顔に近づいた矢先、奇跡は起きた。


 突き刺さる物音が聞こえたかと思うと、ベルディレッセの顔を狙っていた足は大きく逸れて、タイルの床に刺さっていた。

 足から顔へと視線を移すと、そこには片目だけが彼女の顔に焦点を合わせている、苦悶するハーピーの姿があった。

 零す涙は表情一つ変わっていないベルディレッセの顔に滴り落ちる。



「…殺して…殺して、ください……」



 体共々震える口で、直後に絞り出した言葉が無理矢理暴走を抑えているのだと示している。

 だが、その言葉が本心からでは無い、とベルディレッセは見抜いた。



「それは駄目。それではあなた達が自由になれない」


「もう無理です……こんな事をしておいて、のうのうと、生きてる訳…には…」



 暴走していたからとは言え、実の恩人を攻撃してしまったという事実に、ハーピーは嘆いている。

 見ると、暴走していた他のハーピー達も自身がこれ以上危害を加えないように、無理に暴走を抑えて苦しみ喘ぐ姿があった。


 それが押し潰されそうな程の罪悪感から来るものだと把握すると、ベルディレッセは自分の頬を撫でて、そこに傷が無い事を強調する。



「見ての通り、わたしは傷一つ付いてない。これは、あなた達のおかげよ」



 それに戸惑いを浮かべるも、時間が経つと共に少女の真意を理解して。



「うっ…ううううぅっ……」



 少女の慈愛を前にして、滝のような涙を流すハーピー。

 ひとしきり泣いたところで、零した嘆願を、ベルディレッセは聞き逃さなかった。



「…助け、て」


「そのつもり。あの時からずっと」



 その後、大人しくなったハーピー達に、パートラーニとメディック達が持ってきた無痛針の注射器によって麻酔が打ち込まれ、ハーピー達は再整備の済んだベッドにて皆寝静まった。

 その表情は眠る前のそれと違い、罪悪感の拭い去られた、穏やかなものであった。


 それを見届けた後、ベルディレッセは近付いたパートラーニへと問う。



「薬漬けにされてしまった事は、彼女達の罪かしら?」


「医学に精通している者として申し上げますと、これは生命への冒涜です。ですが、その罪を清算すべきは実行者であるべきです」


「そう。…それを聞いて安心した」



 今回の暴走を、それも他でもない当人達の協力で鎮める事が出来たのは紛うこと無き奇跡である。

 二度目は無いと考えるべきで、これが最終的に招く事態は既に把握済みだ。


 彼女の中で勢いを強めていた感情が、再び強くなる。



「今日は一日中、留守にするわ。やるべき事が少し増えた」



 以前、興味深いとの事でプランダラーが持ち帰った情報が役立つ時が来た、とコンソールを開く。

 その画面に映し出された情報の数々こそが、少ない手がかりで。彼女は激情を露わにしつつもそれに賭ける事にした。




 ある一人の少女が引き起こす事件に立ち会わず、また、当時にメンバー全員の誰もが知る事は無かったのは見方によっては奇跡とすら言える。


『刻十蛮頭』アジトへの突入の第一段階は誰一人として欠ける事無く、予定通りに開始された。

 暗く蒸し暑い下水道をぞろぞろと突き進む王国の兵士達は、口元に布を巻いて、目立たない姿で微かな光を灯しつつ進んだ。


 各々が浮浪者に見えるその姿は魔法による認識改竄で、実際は戦いやすく、また動きやすい姿にしている。

 口元に布を巻いているのは、一応の防護魔法は掛けてあるが、その上で下水道の悪臭から喉と鼻と気分を守る為。

 微かな光は下水道に棲息しうる魔獣達への牽制の為であった。


 可能性は極めて低いが、『刻十蛮頭』もしくはその外部関係者が見張りに来ている事も考えられる。

 何時も通りではあるが、彼らは緊張感を露わにただただ前へ突き進んでいた。


 そして、下水道へ入る前に告げた、入り口から進んで5番目に配置された鉄梯子の元へやって来る。

 一番先頭に立つ騎士の一人――今は髭面の目元のたるんだ男の姿をしている――が確認を取ると、リーダー格の男から首肯を得られた。


 一番先頭の兵士が梯子に手を掛けようとしたその矢先――。



「待て」



 リーダーの短い言葉がそれを止めさせる。

 交代とばかりに兵士より前に彼が出ると、一同が進む道の更に奥から人が姿を現した。



「はは…見ない顔だな……」



 暗闇の中から姿を表したのは、異常なまでに痩せこけた小柄な男。

 飛び出そうな程見開かれた大きな眼が忙しなく動き、並びの悪い歯を剥き出しにする。

 ゴブリンと見紛う程醜悪な体付きに加え、包帯を巻いただけで上半身に何も着ていないその姿は明らかに外行きのそれでは無い。


 同じ認識改竄を掛けた上での姿かどうかは、兵士一人一人が身に付けているアーティファクト『見破りの真珠』が自動的に判別してくれる。

 そうではないという答えがすぐさま返ってくると共に、リーダーは一芝居を打ち始める。



「済まないな、道に迷っちまって。ここは不慣れなもんで、出口を探してたんだ。…だろ、皆?」



 あくまで他所から来た浮浪者の一行、この下水道に来たのは迷っただけというカバーストーリーを組み立てるリーダーの調子に合わせ、奥の兵士達もごく自然に頷く。

 気持ち悪さを感じる程の沈黙の後、醜悪な見た目の男もそれに納得したらしく、それでも眉一つすら動かさずに兵士達が来た道を指差す。



「それなら、引き返せ。戻って一番最初に見えた梯子を登っていきゃ地上に出られる」


「この梯子じゃ駄目なのか?」


「駄目だ。何故かは聞くな」



 リーダーも、醜悪な男の言い分に納得した様子で「ありがとう、じゃあな」と踵を返し引き返す素振りを見せる。

 すると、それを好機と見たか。静かに、密かに握っていた得物を引き抜くと、醜悪な男は跳び上がって兵士達の背後に奇襲を仕掛けた。


 兵士達は気付く素振りを見せない。これは取った、と醜悪な男は下品に笑みつつ確信する。



 ……それが自惚れに過ぎなかったとはその時まで思わずに。


 鮮血が下水道の中に飛び散る。しかし、その血は兵士達の物では無く、飛び込んだ醜悪な男の物だった。

 見ると、構えられた槍が三本、男の体を串刺しにして空中で留めている。

 男の顔には自分の意図が気付かれた事への驚愕よりも、先程までは無かった筈の長物を何故持っているのか、という疑問の方が強く浮かんだ。



「がぁ! …な、何故……」


「そういう不意打ちが大好きだろうと思ったから、な」



 力尽きたか、男は吐血し苦悶を浮かべながらだらりと体を垂らす。

 身の安全を確認した上で、槍を構えた兵士達は男の体を下ろしてから槍を引き抜き、それから槍に滴る血を払った。



「それにしても、便利ですね。この携帯槍」


「元々長い武器というのはこういう狭い場所だと不利だが、かといって距離のある敵の対処を弓兵や銃兵任せにする訳にもいかない。耐久性は改良の余地ありだが、それでもあれば便利だろ?」



 兵士達が構えたのは、従来の槍を伸縮可能にして持ち運びしやすくした携帯槍だった。

 これもまた異世界の技術を吸収した事により生まれた副産物の一つで、槍を持ち歩く負担の軽減と、替えの槍をどうやって確保するかという二つの問題に一つの正答例を示す事に成功した。


 尤も、魔法に優れた魔導国は別の正答例に既にたどり着いて居るのだが。



「さて、お喋りは此処までにしよう。見張りはもう居ないな?」


「はい、反応もありません」


「では行こう。レミネス様達が待っている」

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