第56話 狂騒曲第十八番 ②【前】





「そろそろ、彼らも上手く行った次第かな?」



 一方、地上ではグリムとベントネティ、それからブルームーンのメンバー達が物陰に隠れてそれぞれアジトの正門を見張っていた。


 先んじて突入したレミネスの部下達の安否を知るには、これが手っ取り早い為である。

 長時間張り込んで尚扉が開かないようならば、作戦を中止して他のメンバーは撤退する。

 先行部隊が進入に成功したならば扉を開け、残りのメンバーも突入しやすくする、そうした手筈となっている。


 まだ扉は開いていないものの、予想を立てるグリムに対し、近くに潜んでいたマットが小さく声を掛けた。



「分かるのか?」


「ま、勘というものかな。これが中々馬鹿に出来ないんだよ」



 その勘に散々煮え湯を飲まされて来たのもあって、グリムの表情は至って真剣だった。

 それがストーリー上の都合とは考えすらせず、彼はただただ扉を見やる。

 今は静寂を貫いていても、すぐにそれは破られるという確信を抱いて。


 そして、数秒が経ち、彼の予想通り扉は開け放たれた。



「良し、じゃあ手筈通り行こうか」



 作戦の次段階はグリム達とブルームーンの突入である。

『刻十蛮頭』に気付かれる前にと、彼らは入り口に急いで入り込んだ。



「状況は?」


「まだこちらに侵入されたとは周知されてないみたいだ。ま、気付いた連中全員のめして来たからな」


「ははっ、やるね」



 入り口の少し手前で待っていたリーダー格の、フルプレートの大男がグリムの問いに答える。

 それに笑顔で返すも、フードの裏には現在地の俯瞰マップが表示されており、こちらに近づこうとする反応が無い事を彼は把握した。


 ブルームーンのフルメンバーが通り抜けた後、2m程まで縮んだベントネティが少し窮屈そうに入り口を潜り抜け、第2突入組の全員がアジト内部へと到着した。


 それから兵士の一人が入り口の上に奇妙な装置を投げ込む。

 壁に接着したその小型装置より、開け放たれた入り口に網目状の光体が張り巡らされ、それから光体共々姿を消す。



「ステルスネットって奴だ。許可された奴以外を通さない。こういう時に便利なのさ」


「へぇ、王国軍ってこういうの持ってるんだ」


「ま、この後マッドブラザーズが来る以上、無用の長物かも知れんがな。あいつらは豪快だぜ。見惚れるなよ?」


「うん、気を付けるね」


「さて、次はこの部屋の数々だが」



 グリムと王国の兵士達の会話が終わり、次に一同はアジト内部に向き直る。

 地図の通り小部屋が全てのフロアに大量に配置されているので、連絡路以外が見えない殺風景が広がっており、すぐに見つかる心配は無い。

 ただ、事前情報通り罠が張り巡らされて居る為、それを感知する道具、解除する道具を持ちつつどうしても慎重に動かざるを得なかった。


 ――地図に従い動くならばの話だが。


 幸い、侵入者を知らせる警報をまだ踏んでおらず、気付いた人間も既に先発隊が黙らせた事もあり、グリムのマップが示す反応に動きは見られない。


 兵士の一人がかけた、罠を全体の形状もろとも看破する眼鏡のおかげで、小部屋越しにどんな罠が置かれているのか、ある程度の目星は付いた。


 意外にも、真っ直ぐ進めばどの罠にも引っかかることなく階段に辿り着く事が分かり。

 それと共にリーダー格の男はスクロールと呼ばれる、魔法を封じ込めた書物を取り出し、広げた。



「連中も窮屈してそうだしな、使ってやるか。こいつは滅多に使用許可が降りないが、今回は別だ」


「それってそんなに凄いんだね」


「まあよく見とけ。何故かは分かる」



 書物の文章の一部が発光すると、小部屋を形成していた一階の壁が、瞬く間に崩れ去った。

 それで崩れなかった、遠方に見える壁は一階そのものを構成するものだと考えられる。


 突然の出来事に、小部屋内で待機していたのであろう『刻十蛮頭』の構成員と思しき面々が愕然を浮かべた。



「…わぁお」


「よし、このまま一気に進むぞ」



 リーダー格の男の号令の後、集団がぞろぞろと、姿も隠さず階段へと真っ直ぐ進むが、『刻十蛮頭』の面々は動こうとしない。

 まだ、脳の処理が追いついていないのだろう。グリムはにやけ面を露わに、先んじて2階に向かう者達に続いた。


 その様子からようやく状況を理解したらしく。



「〜〜待ちやがれぇッ!!!」



 突入組の視界の外より男衆の怒号が飛んでくる。

 それを聞いた王国の兵士達は駆け足となり、グリムもそれに合わせる。



「ははっ、こんだけ広くなったんだ。迂闊に動いて追い付けるかよ!」



 リーダー格の男は確信めいた事を呟く。

 その後、彼の言う通りと言うべきか。迂闊に動いたそのツケを追っ手の面々は支払うことになったらしく。


 あちこちから、爆発音や風切り音などが聞こえると共に小さく悲鳴が上がった。



「なるほど、罠はそのままなんだねぇ」


「普通は罠も取っ払われると思うだろ。そうじゃねぇんだな〜」



 こんなに広くなっては、小部屋を頼りに配置を覚えていたとしても無意味になる。

 そして、『刻十蛮頭』がそのような者達ばかりだと言うのを未だ追い付いて来ない現状が物語っていた。


 階段を登り終えた者達は、地図にて既に把握はしていたが、またしても壁だらけの空間を前にしてマンネリ感を覚える。

 しかし、そんな殺風景は再び、フロア丸ごとを大部屋にするスクロールで消え去った。


 階段へは再び一本道になるだろうと予想した一同だが、分厚い金属が叩きつけられた音が聞こえ、壁が取り払われた事で見えた光景に驚きを露わにする。

 地図を事前に見ていたにも関わらず、そんな反応となるのは、あまりにも常識の埒外にある光景だったから。


 アジト2階は、まるで双六のような構造になっていた。

 巨大なマス目の数々が描く、途中で幾つも分岐をする道の上には巨大な振り子刃や左右を忙しなく動く大砲、如何にも何かが飛び出してきそうな穴等がある。

 マス目より下には、幾つもの鉄扉が転がっている。その下に剣山が張り巡らされており、高低差を含めマス目を通る他無いと暗に示されている。


 これが本来、小部屋から小部屋を進む構成であったと考えると、製作者の趣味が悪いという感想が浮かぶ。



「これって、マス目を無視して進めないかな?」


「止めた方が良いと思うぞ。小部屋を取っ払ったとは言えこんな大掛かりな仕掛けを用意するんだ、横着者への制裁なんてものもあるだろうよ」



『刻十蛮頭』の構成員達は此処を通る度に毎回、この罠の数々を潜り抜けているのだろうか、等と思いつつ。

 一同は腹を括ってこの危険極まりないマス目を通り抜ける事を選ぶ。

 しかし、この道の難易度は想像よりも遥かに低かった。


 他でもないグリムのおかげである。わざと起動させた大砲の砲弾を水色の塗料で好きな方向に反射し、次に用意された罠を事前に破壊する事で無力化に成功、してしまった。


 更に、そうする事へのペナルティが何一つとして用意されていないと分かると、マス目を進むという基本的ルールに従いながら進行先の罠を次々破壊していったのである。

 そもそも、それだけの実力と手段があるのだから、わざわざ罠を逐一掻い潜るなどというローカルルールに従う必要は無い。


 思い込みというものが直に出る2階フロアを、一同は無傷で突破した。



「次の階層もこんな楽なものであれば良いがな…」


「ですね…」



 疲労こそは無いものの、王国の兵士達はそうした願望を零す。

 マット達ブルームーンもまた、剥き出しの罠の数々への対処をある程度引き受けたからか、このフロアだけで何度も命の危機に晒された心労を露わにしていた。

 唯一、一行の中でグリムだけが楽しそうに振る舞って見せている。



「お前は楽しそうだな、グリム…」


「ま、こういった光景自体が新鮮だったから、ね。僕としても二度も三度もこんな場所を訪れたくは無いけど」



 マットの問いに、素直な返答を述べる。

 そもそもメカである以上肉体的な疲労という概念は存在しないが、今は人間を装っている為に黙っておく。


 それから一同は目の前の階段に視線を移し、気持ちを切り替えた。



「次だ。この先に何が待っていようと、最上階まで突っ走るぞ」





 アジト3階はスクロールによる大部屋化を使って尚、薄暗かった。

 罠を看破する眼鏡を掛けた兵士によってこの部屋自体に設置された罠は少なく、また、構成員らしき人影も見当たらなかった。


 単純に視界の悪さから見えていない事も考慮し、兵士の一人が魔力感知を試みる。


 …それが組織の狙いだとは思わずに。



「どうだ、何か見つかったか?」


「…すみませんリーダー、しくじりました……」



 僅かに、一同の戦闘態勢への移行の方が早かった。



「―――――ッッ!!」



 遠方より、階段付近にすら軽い振動として伝わる程の咆哮が轟く。

 迫って来るのは、全身の筋肉が異常に膨張した人型の怪物の群れ。


 その姿に残る、の特徴を目にした、兵士の一人が叫ぶ。



「薬漬けの奴隷達か!」



 王国は人間至上主義を掲げる国家である。しかして、亜人奴隷にここまでして良い謂れは無い。

 グリムの視界には、冒険者となる前に戦った怪物の姿がフラッシュバックしていた。


 轟音響かせ異形の奴隷達が迫り来る中。

 当時は不明だったが故に手放した、その可能性を彼は尋ねる。



「彼らを助ける手段はある?」


「…あるにはある。が、今すぐ用意は出来ない」


「落ち着くまで時間を稼げれば良いんだね?」


「…ああ」



 亜人奴隷の救出は目的に含まれてはいない。

 しかし、かといってむざむざ見殺しにするのは忍びない。

 それ故に、一同は異形に変えられた亜人奴隷をなるべく傷付けずに拘束する方向で固めた。


 ベントネティが居て、マットが居て、拘束の魔法に長けた兵士が居る。

 が、40体は有に超える巨体の群れに対抗するには頭数が足りない。


 そんな時、一同が背を向けていた階段の下からも轟音が響き渡る。

 誰が来たのかを把握した者達は階段の側から離れるよう、他の者達に促した。



「うおおおおああぁッ!!」



 直後轟き渡るは、異形に負けず放たれた雄叫び。

 それに恥じぬ巨漢がとうとう姿を現した。



「待たせたな、お前達!」


「「「「マッドブラザーズ!!」」」」


「私も居る」


「「「レミネス様っ!」」」



 最後に突入してくる者達が追い付いてきたのだ。

 マッドブラザーズの人数が3人と少ないのを見るに、残りは下の階の構成員の処理や脱出口の封鎖に回っているのだろう。


 豪快な着地を決める、肉体美を際立たせる格好のマッドブラザーズと、軽やかに降り立つ鎧姿のレミネスは、より対照的に映った。



「…状況は」


「あれら全てが亜人奴隷です。グリムの進言で捕縛を試みるところでした」


「理解した。お前達は下がって休んでいろ」



 感じていないだけで、ここまで突き進むまでに疲労が溜まっているのも確かだ。

 一番前に、レミネスのきらびやかな細身が立ち、静かに剣を引き抜く。


 そんな彼女へとガララダが一応とばかりに声を掛ける。



「八傑様、援護は必要か?」


「無用だ。お前達の出番はこの後に譲る」


「へへっ、お気遣い感謝するぜ」


「――では行くぞ」



 大きく踏み込むと、彼女の姿は雷のような光を放ち、一瞬にして姿を消した。

 次に彼女の姿が見えたのは、追随した雷が消失した直後、押し迫る異形の群れの後方。



 技能:剣・《スタナードライブ》



 その姿が見えると共に、奴隷達は全員強く痙攣し出した。

 数秒後、倒れたその場に力無く倒れた奴隷達はまだ痙攣し続けている。



「この剣は救う力も宿している。お前達をこれ以上苦しめる事は無い。安心して眠っていろ」



 強制的に暴れる事を止めさせられた異形達から涙が零れ落ちたのは、きっと気のせいではない筈だ。


 剣を収め、部下達に無力化した奴隷の拘束を命じる。

 グリムの理想を汲み取った形に、彼は深い感謝を露わにした。



「ありがとう。ベントネティ達だけじゃ少しでも傷付けてしまっていたかも」


「これくらい、協力してもらった分に比べれば大した事は無い。…彼らへの、罪滅ぼしにしては軽過ぎるかも知れないが」



 微かに、レミネスの作った握り拳が震える。

 見方によっては八傑が不甲斐無い故に、彼らをあんな目に合わせてしまったかも知れない。


 しかし、それでは積もりに積もる重責に彼女のような、誠実な人間が潰されてしまうだけでは無いか。


 グリムは声を掛けようとする。が、それよりも彼女の切り替えのが早かった。



「先を急ぐぞ。此処で時間を使い過ぎる訳にはいかない」



 この判断能力と彼女自身の信念が、彼女を八傑たらしめているのだろう。

 彼女には不要と思い、グリムは何も言わず微笑んで彼女の指示に従った。



 4階。いよいよアジトの最上階だが、まだ地下の3つの階層が残っている。

 転移魔法の類いが阻害されている訳では無いものの、それならば最初から二手に分かれて進んだ方が効率が良いと思える。


 レミネス達が合流し、状況が落ち着いたのもあってグリムもそのような考えを浮かべていた。

 突入前、上から進むよう指示された当時は、時間を理由に後回しにされたのもあり。



「何か聞きたそうにしているな」



 それを背後から感じ取ったレミネスの言葉を聞き、一瞬グリムはたじろぐ。

 どんな芸当なのかと気になったが、一先ずは質問の方を優先した。



「そういえば、下は押さえなくて良いの?」


「上に行くにしろ下に行くにしろ1階が重要になる。ならば、1階だけを押さえて上から攻略した方が早いと考えてな。それに――」



 レミネスが階段を登りきった先をずかずかと進んでいった後、足を止める。

 一同も登り終え、目の当たりにしたのは如何にも手強そうな、重武装の集団。


 前の階と違い隠すつもりがまるで無いが故に、光を反射するその金属製と思しき武装防具はより際立って見えた。



「こいつらが最上階で待機しているからな」


「なるほど…」

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