第57話 狂騒曲第十八番 ②【後】

 レミネスは一呼吸置いてから、目の前の武装集団の正体を言い当てる。



「『刻十蛮頭』の幹部連中だな。一応聞くが、投降する気は無いか?」


「あると思ってンなら、ゲロ甘だぜ。?」



 規模が大きくない組織の所属且つ、臨戦態勢ならば思わず軽口の一つや二つを飛ばしてきそうなものだが。武装集団は思いの外冷静で、レミネスの正面に立つ、手斧を両手に握る男だけが彼女へと答えた。


 しかし、表社会で名声と地位を得る実力者たる八傑の一角をお嬢ちゃん呼ばわりして、それを誰も咎めない辺りは裏社会の住人と言ったところか。

「ああいう言い回しが流行ってるの?」と能天気にも場違いな質問をするグリムだったが、マットから返ってきたのは「知らないよ…」という呆れ気味の答えだった。


 斧の男の発言の後、その後ろで控えていたフルアーマーの大男が一歩前に出る。



「下では好き放題してくれたそうだな?」


「ああ。お前達が此処に控えてでな」



 眉一つ動かさない表情を見るに、こんなものは序の口でしか無いのだろう。

 挑発と受け取られかねない――受け取られれば寧ろ好都合な――皮肉で返すレミネスの姿に、グリムだけが苦笑を浮かべる。



「まあ、お前達がどうしようがお前達の勝手だ。それに、お前達の相手は私では無い」



 彼女の言葉と共に、ガララダ率いるマッドブラザーズが進み出る。

 目の前の集団と比べるまでもなく、防具面が心許ないが、彼らの余裕に満ちた表情に揺らぎは無い。



「おお、そういう約束だったな。こいつら全員引き受けて良いんだな?」


「良い暴れぶりを期待している」



 ガララダの不敵な問いに、レミネスも確信めいた表情で答える。

 それを聞いて、ガララダは自らの拳を合わせながら大股で歩んでいく。



「おぅし、任せとけぇ!」



 ガララダもそれに付いていくパンク姿の男女達も、筋肉の付き方は申し分ない。

 だが、相手は甲冑姿を基本とする重武装の集団。任務内容が内容な為にレミネスの要請に応じた他の冒険者達の戦いを見る機会に恵まれなかったグリムは、ここからどう立ち回るのかに興味を示した。



 技能:体・《ハイパーボディ》



「うおおぉらああぁぁ!!」



 ガララダの雄叫びと共に、彼の肉体は一回り大きく膨張し、水の弾けるような音を放ちつつ赤熱を帯びる。

 膨張の勢いで服が弾けなかったのは伸縮性の高い素材を使っているからだろう。しかし、今重要なのはそこでは無い。

 肉体の周囲が歪んで見えてくる程の熱量を人体が発するという事実に、グリムはただ驚きを浮かべていた。


 一同が目の前に据える武装集団も同じだったようで。一瞬のたじろぎをガララダは見逃さなかった。



「…この程度で怯むなよ? ここからが本番なんだ、楽しめよな」


「冒険者風情が!!」



 それこそがマッドブラザーズと『刻十蛮頭』幹部の真っ向からの勝負の合図だった。



「兄貴、先に行かせてもらうぜ!」


「遠くの連中は私達に任せて!」


「おう! 野郎共、暴れてやれ!!」



 突撃しながらやり取りを終えて、マッドブラザーズ所属の者達はガララダより前に出る。

 その直後、彼の二倍程の速度で、一気に担当の幹部の懐へとそれぞれが詰め寄った。



「足が速えぐらいで良い気に――」


「――遅えよ!」



 技能:足・《ダブルアクション:シャークバイト》



 武装である長矛を振り回されるより速く。モヒカン頭の青年が鉄兜に横薙ぎの足を叩き込む。

 左右方向ながら時間差のあまり無い二連撃はその技名に違わぬ見栄えと威力を持ち、行動を許す前に幹部の一人を倒した。



「おのれぇ!」



 サムズアップをする青年に巨大な戦鎚を構える男が突撃する。

 そこに割って入ったのは、ビビッドカラーに染め上げた髪の少女。

 洗練された気迫を浮かべ、その眼は不敵に歪む。



「小娘が! 砕いてくれる!」


「出来るものならね!」



 技能:短剣・《ツインドライブ:ジェミニビート》



 両手に持つ片刃のナイフが灰色の輝きを纏うと、彼女の指の隙間の中それぞれが二本に分裂した。

 間髪入れず、右手に持っていた分の一本を彼女は投擲する。まっすぐ頭部を狙ってきたそれを目にし、男は急遽対応を余儀無くされる。


 故に、見落とした。灰色を纏ったのは、わざわざ分裂させて見せたのはどちらが本物であるかを見抜かせない為。

 幼い頃から手癖の悪さを鍛えていた彼女の方が、一枚上手だった。


 柄で弾こうとしたナイフが、男の目の前で消失する。彼女の狙い通り、胴の守りが手薄になった男の懐へ灰色の軌道が突撃した。



「なっ、早――」



 男の反応より速く、ナイフが描く斬撃の弧が男の鎧を斬り裂く。

 少女からすればどれだけ重かろうと、鎧など果肉を切るも同然だったのだろう。

 膝から崩れた男の胴には、綺麗に描かれた平行な二つの切り傷が、深く刻み込まれていた。



「やるな兄妹! 俺もふんばらねぇと!」


「余所見してんじゃ、ねぇ!」



 片目を隠しきる程に伸びたイエローとマゼンタのロングヘアの優男に、双剣使いが斬りかかる。

 視線を逸らした隙を突いた攻撃に、優男は呆気なく斬り裂かれた……筈だった。

 確信の笑みは、目の前の煙のように揺らぐ人体だったものに愕然とする。



「馬鹿な、何時の間に…!」


「お前こそ、何処見てんだよ?」



 双剣使いは辺りを見渡し、それから見上げる。

 そこに居たのは、煙と一体化した優男だった。



「お前が斬ったのは確かに俺だよ。だが、俺は煙になれんのよ」


「ならば、その煙ごと斬り裂いてくれる!」


「出来るもんならな〜」



 技能:体・《スモークボディ》



 優男は煙と一体化したまま、急降下して双剣使いに飛び込む。

 それをすかさず迎え撃つも、やはりと言うべきか。

 双剣使いの攻撃は煙を払うのみで、優男には届いていない。


 一方で、優男の持つモーニングスターが迫って来ていた。



「ぬうぅ、やらせはせんぞぉ!」


「おっさん良い気迫だね〜」



 そこで双剣使いは考えたのだろう。モーニングスターを当てに来る以上、必ずその腕を実体化させる筈、と。

 優男が一撃を狙うように、双剣使いもまたカウンターを狙っていた。

 そして、優男が構えたモーニングスターを素早く振り下ろす。それを待ち構えていた双剣使いが先に動く。

 狙うは得物を握る右腕。左右より振るう2つの刃は確実に捉えた。


 ――が、手応えは無い。腕だった煙が生じた風に吹き飛ばされるのみ。



「なっ…!?」


「おっさん、良い判断してるね。それが俺でなければ」



 双剣使いが守りに入るよりも先に、男の意識は後頭部に直撃した一撃で飛んだ。


 部下の三人が着実に幹部格を倒していく中、ガララダは多勢を相手にしていた。

 しかし、その体には傷一つ無い。一方の幹部格数人は既に5人が鎧を粉々に砕かれ、戦闘不能に陥っており、残る6人も息を荒げていた。


 ガララダは不敵な笑みを浮かべながら前進していく。

 重量を感じる足音を立てつつ、水蒸気を噴き出し続ける彼の雄姿は、対峙する相手にとっては脅威となる。



「どうしたァ…『刻十蛮頭』っつうのはこの程度かよ…!?」


「く、くそっ! 怯むなぁ!」



 一人、また一人と突撃を仕掛ける。

 しかし、得物を構えるその手は震えており、顔にも覇気が足りていない。



「この期に及んで、そいつは愚策だぜ…!」



 故に、横に振り薙ぐその巨腕の直撃を食らうのは必然となる。

 冗談のように人体が宙を舞う。赤い飛沫を上げながら回転するそれらが不時着するのは時間の問題だった。

 二人が倒れ、残りは四人。



「そろそろ終わらせっぞォ!!」



 突撃の瞬殺ぶりに臆したか、四人は動こうとしない。

 それに痺れを切らし、ガララダは自ら突進を仕掛ける。

 巨漢が叫びながら迫るのを前に、四人は怯みながらも応戦する姿勢を見せる。

 逃げ出そうとしなかったのは、幹部としてのせめてもの矜持と言うべきか。


 それでも、現実というものは残酷で。ラッキーパンチ狙いの剣は容易くガララダの筋肉に砕かれる。

 刃と柄とが完全に分離した剣は、勢いに呑まれた者の末路を物語った。



「つぅかまあぇ、たぁ!」


「う、うわああぁぁぁ!!?」



 大男である筈の幹部の一人が、ガララダに脚を取られた事で易易と持ち上がる。

 そして、ガララダの体は大男を振り回し、その勢いで回転を始めた。

 一回の回転の度、彼の動きは加速する。やがて、一つの竜巻を形成した。



「へぇ、ジャイアントスイング…」



 それを遠目で見る、すっかり観客の一員になっていたグリムが一言呟く。


 同時に、生み出された竜巻は残りの三人を巻き込むべく前進を開始した。

 逃げる暇も与えられなかったか、あるいはガララダの強さに心が折れたか、容易く三人は竜巻に巻き込まれ、衝撃と共に吹き飛んだ。


 薙ぎ倒した後、ガララダは回転の勢いを少し弱め、脚を掴んだままの大男を放り捨てる。

 放物線を描いた男もまた、何の抵抗も許されずに不時着、その場に倒れ込んだ。



「一丁上がりィ!!」


「「「よっ、兄貴~!!」」」



 回転を完全に停止したガララダがマッスルポーズを取ると、そこにマッドブラザーズのメンバー全員が飛び込み、抱き着く。

 それを苦ともせず、兄貴と呼ばれた巨漢は体重を預ける彼らを優しく抱擁した。



「なっ? 豪快だったろ?」



 レミネスの部下の一人がグリムへと問うと、「そうだね…」と彼は冷や汗混じりに答えた。

 言いたい事は色々あるものの、これが彼らのやり方と相槌を打ちつつグリムは割り切る事にした。


 マッドブラザーズがまだ勝利の余韻に浸っている傍らで、レミネスは腰鞘に手を掛けつつ周囲を見渡す。

 が、特に怪しい気配も無く、彼女はすぐに警戒を解いた。



「…これでこの階も制圧出来たな」


「これから下に降りるんだね」


「ああ、あれを使ってな」



 レミネスは倒れた幹部達のその奥に見える、扉を指差す。

 左右に開くものだと分かりやすい外見のそれを見て、グリムは確信を持って呟く。



「あのエレベーターで、か。それは良いね」



 来た道を引き返すと思っていたグリムは、良い意味で裏切られたね、と微笑みを浮かべた。

 遠目から見ても今のサイズのベントネティを収めることは出来ないと分かり、黄金の巨体に小さくなるよう彼は命じる。


 そして、縮んだベントネティを外套の中に収めた、その矢先。



「きゃああぁぁ!!」



 彼の背後より悲鳴が上がる。振り向くとブルームーンのメンバーの一人が床の中に体が沈み出していた。

 彼女を中心に、蟻地獄のそれに似た、すり鉢状の穴が何時の間にか形成されていたのだ。



「伏兵か!」


「僕が行く!」



 チームリーダーのマットは、他のメンバーを巻き込まれないよう避難させる。

 レミネス率いる騎士もマッドブラザーズも被害を被ってはいないが、反応が遅れた。

 そんな中、グリムだけが動く事が出来、穴へと飛び込む。

 穴の中心にどんどん沈む少女を引っ張り上げようとするが、最早間に合わない。


 それどころか、穴はグリムをも呑み込もうとしていた。



「先に行って! こっちはこっちでどうにかする!」


「分かった! 総員、早くエレベーターに乗り込め!」



 グリムの言葉に、レミネスが応じた。

 彼からは見えないが数々の足音が遠ざかり、そして、設備の微かな駆動音を聞き取れた事で彼は安堵を浮かべる。


 それから、グリムは彼を引きずり込む穴に目を向けた。

 彼が気にかけるのは、先に呑み込まれた少女の生体反応が、穴の遥か真下、この建造物の地下に一瞬で移動した事実。

 つまり、この穴の先は地下階層の何処か、という事となる。


 この先に何が待ち構えているのか――。彼は友を巻き込んでしまった事を申し訳無く思いつつ、身構えた。

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