第58話 されど歯車は回る ①【前】

 穴を通り抜けた先、暗闇が広がる空間内にグリムは静かに降り立つ。

 辺りを見渡すも奇妙な事に、先に捕まった少女の姿が見えない。

 暗がりとは言え足だけでも見えておかしくは無いはずなのだが。

 だが、それに動揺を浮かべる事は無かった。そもそも、取り繕う必要が無いからでもあるが。



「!」



 故に、背後を狙う奇襲を即座に把握し、彼は前に転がり回避する。

 その0.5秒程後に床の砕ける音が彼の着地地点から聞こえてきた。



「勘が良いなぁ、お前」



 床を陥没させた穴から容易く巨腕を引き抜く巨漢はニヤリと笑みを浮かべながらグリムを見下ろす。

 その体格からすれば、しゃがむ姿勢を保ったまま様子を伺うグリムの姿が物怖じした弱者に見える事だろう。


 外套のフードに隠れた顔、それから暗闇である事が作用したらしく、巨漢は余裕に満ちた姿を見せる。


 そして、照明が灯り、隠れていた全容が明らかとなる。

 まるで舞踏会の場かのように開けた空間には、グリムの目の前の巨漢と似た体格の人間が揃っている。

 それから、その者達がグリムを取り囲んでいるのが見えた。

 冷静に周囲の状況を確認していても、彼らからすれば慌てふためいている様に見えている事だろう。


 寧ろ、それが好都合と思いながら。グリムは次に何と言うべきかと考える。

 尤も、もう誰かに気を遣う必要は無い状況ではあるが。

 彼は、巨漢達のその向こう側に先程穴に捕まった少女の姿を見た。



「やあ、無事だったみたい…だね」



 見たが、少女の表情からして、グリムにとって好ましくない状況だと言うのが理解出来た。

 巨漢達にグリムとの合流を阻まれているのでは無く、巨漢達の背後に隠れているのだ。

 安全圏と確信しているらしく、その表情は不敵に歪む。



「くすくす、いい気味ね。私如きに釣られて自ら窮地に陥るなんて」


「一応、本気で心配してたんだけどな…」



 外套越しに頭の後ろを撫でながら、グリムは残念がる。

 その顔に焦燥は無い。多勢に無勢ではあるものの、それがどうしたのかというのが今のグリムの感想だ。


 すると、巨漢の一人が前に進み出てくる。



「ふふ、余裕でいられるのは今のうちだぜ…!」



 ぐっと力むと、巨漢の着ていた衣服が弾け飛ぶ。

 同時に変色も始める肉体の異常膨張に耐えられなかったのだ。

 つい先程に似たような光景を見ていた為に、グリムは少しだけうんざりする。


 加えて、ガララダのそれと比べて美しさに欠ける事も彼にとってマイナスだった。

 醜悪な紫の怪物に変化を遂げたのも相まって。



「グハハハハッ!! ドうダ、オ前らが違法薬物と恐れるものに適合した俺の姿ハ!?」


「うーんと…すごいって言えば良いのかな…?」



 亜人奴隷の犠牲の果てに得た力が、彼らの成れ果てと似たような姿になる事であるのは、一種の皮肉と言えよう。

 意識が鮮明なまま力の制御が出来る事に、グリムは特にこれといった恐れを抱かなかった。



「ソれに適合者は俺だけじゃなイ!」



 紫の怪物と化した巨漢と服装を同じくしていた者達もまた、肉体の異常膨張を始める。

 元の肉体からして顔付きが良い訳でも無かったが、こうも連続して醜悪な怪物になられるとグリムですら辟易する。


 結局、ブルームーン所属の少女を除いて、グリムと相対する者達の全てが紫の怪物と化した。



「グハハ!! オれたちの姿に恐れ慄いたカ!!」


「まあ。ある意味では、ね…」



 いまいち敵のノリについて行けないグリムは困惑を浮かべながらも適当に応対する。

 それを面白くないと感じたのか、怪物の後ろの少女がニヤついた顔で話しかける。

 彼の足元から、一瞬点灯して直ぐに見えなくなった網状のフィールドが広がっている事に気付かずに。



「驚き過ぎて言葉が出て来ないのかしら? 貴方はもう袋のねずみよ」


「そうなんだろうね」


「淡々としてられるのも今のうちよ。それとも、この状況を打開する秘策があるとでも?」


「あぁ、うん。じゃ、さっさと披露しようか。…君達が実は通じてました〜、とか。薬の力を制御出来て強くなりました〜とか。そんなのに興味無いし」



 誰も彼もがグリムの三倍はあるだろう体格だが、グリムにとっては体格の差など然程脅威では無い。

 サイズ差で勝負が決まるならば、ジェネレイザの全戦力はLLサイズ以上で統一されている事だろう。

 グリムや、ジェネレイザの誇る三人の美姫などが存在しているのは、つまるところその方が好都合な場面がある為。



「君達がどれだけ強くなったかなんて、僕達からすればどうだって良い。だよね、ベントネティ」



 懐から小さい黄金人形を取り出し、それを上へ放る。

 そして、放たれた人形は5mサイズへと変化し、彼の背後に着地する。

 生じた勢いで風に靡くカラフルな外套。それを着る青年の表情は酷く冷酷に見えた。



「彼らなんて、僕らより遥かに強い戦力を送り込んで来るのは日常茶飯事だった」



「何の話を…」と目の前の者達が思う間に、彼は何処からともなく武器を取り出す。

 先端に筆を持つ剣を握り締め、彼の死角からは、蛇腹の腕を伸ばしバケツを両手に担いだメカが頭のプロペラを回して浮上する。

 バケツヘリコと名を持つサポートメカのバケツには目いっぱいの塗料が注がれていた。様々な色を持つそれはメカの動きに合わせ揺れ動く。



「それでも僕達は立ち向かわなければならなかった。敵う訳無いだとか、罠を仕込まれているかどうかだとかは関係無い」


「フン、セんりょくを増やしたつもりだろうガ、ソの程度で何が出来ル!?」


「戦力?」



 グリムは数度瞬きをすると、「戦力って今の僕達の事?」とベントネティと顔を合わせつつ続ける。

 内通者はいれど、実態が知られていない事を把握すると、グリムの表情はまたも冷酷なものに戻る。


 それが異質と気づいたか、紫の怪物達から余裕が少し削がれた。



「目に見えるものだけを信じる。…それで全て上手く行くならどれだけ楽だろうね」



 バケツを持つ小型のメカがグリム達より前に出ると、持っていたバケツを空中でひっくり返す。

 案の定、というべきか。滝のように落ちる染料の塊に、グリムは持っていた筆剣を振るう。


 地面に落ちてしまうより先に。素早く、二度も三度も先端の筆に塗料を載せて更に前へと飛ばす。

 行動の意味が理解出来なかったらしく、さして妨害してくる気配も無い事を都合が良いと彼は思った。



「僕としては大助かりだよ。こんなものを八傑の方にお見せする訳にはいかなかったからね」



 使用武装:ブラシソード

 スキル:《ドローイング:メモリーグラフィティ》



 そして、筆剣によって飛んでいった塗料が、独りでに盛り上がる。

 それらは各々が持つ形を形成していき、やがて、それぞれがそれぞれ、異なる意味のある巨大な立体となる。


 一つは、円盤状の浮遊物体。

 一つは、蕾のような頭部を持つ巨体の狼。

 一つは、大地の神秘を感じさせる花の怪物。

 一つは、巨躯を備え額に雄々しき角を生やした人型。


 立体に纏わり付いた虹色は、完成と共に弾け飛ぶ。こうすることで、それぞれが備えていた色を取り戻すに至った。



「コいつらハ……!?」


「西大陸に存在していた大物。…だそうだよ」



 数日程前にマディスが全て討伐した大物達。それがグリムの手によって蘇った。

 …正しくは、全く同じ構造、性質を備える模倣の芸術だが。


 ただ、その姿は本物そっくりで、見覚えのない怪物4体を前にして紫の異形達がたじろぐ。



「僕達を追い詰めたんだろう? これぐらいで動揺してちゃ困るよ」


イったい何をしタ…!?」


「ヒントは既に示してた筈なんだけどな〜」



 グリムは持ち上げたブラシソードの先端、筆状となっている箇所を指差す。



「これ、絵を描ける形してるよね?」


「…いたというのカ……!?」


「ま、そうなるかな。この程度を"描いた"なんて言ったら怒られそうだけど」



 グリムからすれば、目の前のこれらは仲間のメモリーを元に再現した物体に過ぎない。

 だが、姿形だけの再現では無いのも確かであり、見方によれば芸術の域を逸脱している。


 その一方で、大物を模した4つの立体物はまだ動く気配を見せない。

 グリムは、対峙する紫の怪物達がこれらを見掛け倒しと思っていない様子を高く評価した。


 そもそも、グリムの戦闘準備が終わっただけで。ベントネティの番がまだだからだ。


 続く黄金の巨体は前腕で十字を組み、少し体を前に倒す。

 何かを絞り出すようなその姿勢からは、確かな力みが感じ取れた。

 そして、姿勢を維持したまま3秒ほどが経つと、体を大きく開いた。


 それと共に、彼の全身から黄金の粘体が弾け飛ぶ。

 弾け飛び、床に付着した黄金もまた盛り上がってそれぞれが各々の形状を作り上げていく。



 スキル:《チューンゴールド:クリエイトアーミー》



 黄金が形成するのは、人と同じ構造の四肢を胴体を持つ人形。

 剣のように鋭く長い頭部を持つが、それでいて子供のように小柄な黄金の亜人形メカ。

 グレードB-、Sサイズの《ゴールドマシン:ラッシュキッド》が20体生成され、動き出す。



「コいツ、ナかヲ…!」



 驚く紫の異形達に対して、グリムはベントネティの準備が整うまで無言を貫く。

 ラッシュキッド達が配置についた所でグリムが沈黙を解いた。



「さて、始めようか」



 筆剣を前に掲げ、大物達が動き出す。

 ベントネティが真っ直ぐ紫の異形達を指差した事で、それにラッシュキッド達も続く。



アたまかずを増やせば良いとでモ――!?」



 大物より前に出て、更に勢いを増すラッシュキッド達を迎撃すべく構える紫の異形達。

 しかし、彼らが攻撃するより先に、ラッシュキッド達は動いた。



 スキル:《チューンゴールド・TタッグTタクティクス:ブレイブエッジ》



 前に10体、その背後に10体ずつ規則正しく並ぶ陣形を走りながら整えると、跳躍した前側達の足を背後の10体がそれぞれ掴む。

 直後、前側のラッシュキッドがその頭部に相応しい大剣へ形を変えると、その変形の完了を待たずして背後側に居た者達が足裏のバーニアを素早く噴かし、空中から突撃を仕掛ける。


 さながら、猛り怒るスズメバチ。それぞれが異なる紫の異形に狙いを定め、貫き、上空で方向転換し、また貫きにかかる。

 初撃を躱しきれなかったばかりに肉体に風穴を開けられた痛みに悶え、再び飛んで迫るラッシュキッドへの対応に追われるも、準備の整わない内にまたしても肉体の一部を抉られて、異形達は情けないまでの悲鳴を上げた。



「ガアああアッ!!?」


「チくしょウ、イテェ!」


「クそッ、コっちに来るなァ!!」



 ラッシュキッドは単体こそ弱いものの、こうして合体攻撃が可能な状態を維持出来ていると恐ろしく手強い相手となる。

 今回の場合はターン制を撤廃した状態である為、あり得ない挙動連続攻撃をしているラッシュキッド達を目にして、流石のグリムも少し動揺を浮かべた。


 紫の異形の約半数を実質無力化出来てしまった。が、油断を露わに勝てる相手と高を括る訳にもいかない。


 視線を移して見ると、四体の大物達と異形の数々がぶつかろうとしていた。



「さあ、君達の本領を見せてくれ」

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