第59話 されど歯車は回る ①【後】

 使用武装:ブラシソード

 スキル:《アペンドドローイング:インスティンクト》



 ブラシソードを軽く振るい、描くのは一つの紋様。

 ハートマークの縁取りの中に、渦が描かれたマークが4つに分裂し、大物達の表皮に付着する。

 それらは直後に姿を消し、同時に4体の大物達に赤く立ち昇るオーラが宿る。


 アブノーマルウォッチャーは瞬間移動を重ね天井すれすれに陣取り、円盤の裏側その中央から怪光線を放射する。

 光線は空中で何度も枝分かれをし、異形達が回避行動を取るより先にその肉体を貫いた。



「ガァッ!!」


「アヂィ!!」



 勢いを削がれ、傷口から生じる痛みと熱さに気を取られたからか、それの接近に直前まで気付けなかった。

 クノスペヴォルフは花弁のような頭部を満開にし、異形の一体の太い腕へ噛み付く。


 噛み付かれた異形は声にならない悲鳴を上げ、力いっぱいに腕を振るい振り解こうとするが、返ってクノスペヴォルフの歯が深く食い込む事態に至った。

 怪光線にやられた痛みを堪え、近くに居た異形の仲間がクノスペヴォルフを剥がそうとするが、時既に遅く。

 接近を好機と見たクノスペヴォルフは自ら食いついた肉を引き千切り、その近付いてきた他の異形へ飛び移った。

 使い込む内に研がれ、斬れ味を増していく狼牙の数々は先程よりも容易く深々と突き刺さった。



「ウワあぁァッ!!? イ゛ッ!? ハなれロォッ!!」


「オイ、ナにやってル!? ソんな奴に気を取られてないデ――ゴべッ…」


「ガハァッ!?」



 クノスペヴォルフへの対応に追われようものなら、今度は他の大物への警戒が疎かとなる。

 それを叱責するように、鞭のようにしなり伸びる太い蔓の数々が異形達を殴り弾いていく。


 大狼に負けじと星型の巨大花を咲かせるマッドフラワーもまた全体重を支える無数の蔓を動かし突進してきている。

 大型の異形達は身長の時点で3mはあるが、マッドフラワーはその1.5倍は大きい。

 想定出来る質量の時点で負けてしまっている以上、その突進と蔓の猛攻に耐えられる者はおらず、一人また一人と巨大花の向かう先から弾き出された。

 寧ろ、その威力を以って気を失えた者は幸運だっただろう。この質量任せの攻撃に耐えられたところで、次に待つのは花の生命力との我慢比べなのだから。


 異形の攻撃の射程外から貫通力と熱量に富んだ怪光線を乱射してくる巨大飛行円盤。

 迂闊に近付こうものならその歯牙の餌食になる禍々しき花狼。

 異形達を嘲笑うように彼らのそれを上回る質量ですり潰しにかかる巨大花。


 三者三様の苛烈な攻撃を前にして、当初の勢いはすっかり消え失せていた。

 此処から離れようものなら、今度は追い責める黄金人形軍団という別の地獄が待っている。


 ひょっとしなくても、引きずり込む相手を間違えたのでは? 異形達の誰も彼もにその考えが過った。



「――何してんのよ! あんた達それでも『刻十蛮頭』なのかしら!?」



 そんな中、一人だけが苛立ちを募らせる。グリム達の誘導を買って出たブルームーン所属の少女だ。



「こんな色物連中にたじろいでどうすんのよ! あんた達は切り札なんでしょう!?」


「――ウるせぇナァ……」



 だが、そんな叱咤をしたところで逆効果というのが人間の心理というもの。

 仲間が次々とやられていく中、安全圏で外野が好き放題言ってしまえば、逆撫でられた神経は他でも無いその人物に集中する。

 苛立ちを浮かべているのは、彼女だけでは無いのだ。



けそうだから文句を言うってカァ!? オ前も突っ立ってねぇで援護しろヤ!」


「あんた達が自信満々だったからあんた達に全部任せたのよ! こっちに責任押し付けないでよ!」



 口論が始まった事で、暇になってきたベントネティがグリムに近寄ってくる。

 グリムもまた、フード越しに困った様子で彼の顔を見合わせた。



「ピーチクパーチク言いやがってヨォ! 間近で見ねぇからそんな事が言えんダ!」


「ソうだそうダ! オれらばっかがこんな目に合うとか不公平だロ!!」


「人を引きずり込んでおいてそんな事が言えるの!? 私に言いたい事があるなら先にそいつらのめしなさいよ!」


「…ダったラ、オ前からまず先に――」



 ヒートアップする両者を止めるべく、黄金の銃弾と塗料の塊が飛んできた。

 それらは両者の鼻先を掠め、そのまま壁にその威力を刻み込む。


 別段止める理由は無い。内輪揉めの末に共倒れになるならそれもまた良いだろう。

 ただ、ジェネレイザ所属として。事が起きている最中で蚊帳の外にされるのが気に食わなかった。



「……」


「――いい加減にしなよ」



 グリムは呆れた顔から、更に冷酷なものに表情を改める。



「集中してよ集中。僕らは君らの事倒すつもりで居るし、君らはまず彼らを倒せないと後は無い。こんな簡単な事も忘れちゃったの?」



 心は持たない落書きの筈だが、大物一同の動きにも呆れと思しき感情が汲み取れた。

 蹂躙を命じられたにも関わらず、自分達とはあまり関係の無い理由で敵勢力が崩れようとしているからだろう。


 冷静さが戻った異形達と少女の敵意がグリム達に向く。

 鋭いつもりなのだろうがそよ風程度にしか感じないそれを見て、グリムは軽く頷いた。



「――ソうだったナ…ダったらヨォ、ジュつしゃのお前らから潰せば良かったナァ!!」



 アブノーマルウォッチャーの攻撃を掻い潜り、マッドフラワーから伸びる蔓を身のこなしで躱し、クノスペヴォルフに目で追わせる事しか出来なくした異形の一体がグリムへと飛びかかる。

 飛行円盤に妨害される気配も無く、確信の笑みを浮かべるが、直後にそれが罠だったと気付かされる事になった。


 他でもない、グリムが見せた濁った、冷ややかな眼差しによって。



「もう遅いよ」



 瞬間、異形の胴体は大きく引き裂かれた。

 勢いを失い、ただの残骸と化した物体は周囲に肉片の雨を降らせる。

 何が起きたのかと、異形の仲間達が思うより先に、答えとなるそれは着地する。


 ブラックオーガ。生前と違い武人の如き立ち振舞いをする黒き人型が、グリムを庇うように立ち構えた。



「君らは余計な事に気を割き過ぎた。だから僕らの実力を見誤るし、彼らに為す術無く屠られる」



 現在進行系で、彼の言う通りの展開は訪れる。


 巨大花は幾つかの蔓で複数の異形の足を掴むと、前へ後ろへ交互に何度も叩きつける。

 最初は抵抗しようと藻掻いていた彼らは4度目程で動かなくなったが、掴んだ相手の骨が砕けようと手足が千切れ飛ぼうと巨大花がそれを止める気配は無い。

 止めるとするなら、巨大花が手応えを感じなくなった時か、それに飽きた頃合いだろう。


 禍々しき花狼は先程から腕に齧り付いている事の意味をまだ理解しようとしない暗愚共の顔を見飽きたのか、飛び移りのスパンを大幅に縮める。

 深く傷付いた腕を振るって体を掴もうとしているようだが、そのような鈍い腕で花狼の動きに追い付ける筈も無く。

 次の瞬間には紫色の醜い頭に噛み付き、直ぐ様満開の頭を閉じる。

 砕けたトマトのように弾け飛んだ物体に衝撃を露わに悲鳴を上げる他の暗愚共の隙だらけの姿を、見逃すつもりなど無かった。


 巨大円盤は軽く円を描くように旋回する。

 この機体のはもう終わったからだ。

 地上に点在する血で濁った紫のオブジェクトの数々がその証明となる。

 高温を浴びせられ過ぎたからか、一部が床と結合してしまっているそれらはこの戦闘が終わるまで残しておかなければならない。

 安全圏で何もしなかった臆病者と言われる事が無いように。


 黒鬼はグリムの元を離れ、先程の雄姿を見せない軟弱者達へと打って出る。

 繰り出す拳が、脚が、軟弱者達の血肉をこそぎ落としていく。

 抵抗を示さないところで、それはこの制裁を止める理由にはなりはしない。

 制裁を。制裁を。制裁を。軟弱者達が脆いだけで、彼は制裁をしているに過ぎなかった。



 大物達がそれぞれの持つ能力を駆使し、紫の異形を粗方片付けたところで、グリムはラッシュキッド達の様子を見やる。

 彼らもまた、合体攻撃による猛攻で押し切ったらしく、見るも無惨な肉塊へとなれ果てた紫の異形達の近くで待機状態となっていた。



「君はどうやら、こうなる事が予期出来なかったみたいだね」



 グリムは視線を移し、その目の冷ややかさを更に加える。

 その先には安全圏で一部始終を目の当たりにし、力無く座り込んだ少女の姿があった。


 青ざめた顔を見るに、自分の言動にもこうなった原因の一端があるという自覚は無いようだ。



「ひっ…!」



 グリムが近寄ろうとする素振りを見せると、少女はすくみ上がった。

 紫の異形達と口論になった時の威勢は何処に行ったのだろう、とグリムは冷徹さを装いながら思う。



「こ、殺さないで…!」



 それを聞き、グリムは目が点になる。

 余程切羽詰まっているのか、彼の返答を待たずして少女は堰を切ったように、弁明を始めた。



「あの男がやれって言うからやったの! …私は本当はこんな事なんてしたく無かったのよ!! あなた達は仲間だったから! …雑用でも何でもするから殺すのだけは――」


「君ってさぁ。…勘違いしてるよね」



 ため息混じりに零した一言で、少女は固まった。

 最早、目の前の人間に何の感情も抱いていないその顔に恐怖を覚えたのだ。

 マッドフラワーの蔓が伸び、それが女の足を掴み、凄い力で引きずっていく。

 その勢いで皮膚が抉り取られ、鮮血が床を汚したとて誰も何も気に留めない。



「最初から君達を消し去るつもりで居たよ。こんな事をしておいて、義理堅いとか思えないからね」


「嫌、嫌ぁ―――」



 ぐちゃ。耳障りな声はグリムの視界の外で掻き消えた。

 先程までの喧騒は噓だったかのように、地下の大広間は静かになった。



「はぁ…」



 一段落が付いた事でグリムはようやくブラシソードを仕舞いこむ。

 同時に、大物達とラッシュキッド達が崩れ去ろうとしていた。

 それを一瞥すると、「お疲れ様」と労いの一言を彼は述べる。

 その顔からは、先程までの冷徹さは消え去っていた。



「慣れない戦闘だったけど、何とかなったね」



 拳を差し出すベントネティに同じく握り拳を突き合わせ、グリムはフィールド上の戦闘への感想を述べる。



「ベルディレッセ様も大変だね…こんな無茶ぶりを押し付けられるなんて」



 そんな彼の目の前に映るのはコンソールのメッセージ欄、突入準備の間に送られてきた文章。

 ベルディレッセ名義で送られたその内容は、新しく追加されたフィールドの戦闘、その実践データを可能な限り入手して欲しいというものだった。



「……」


「使い勝手は良いか、って? 勿論便利だと思うよ。…ただ、これが齎す先というものは、今までよりも過酷なものになるとも」



 何より、はこれに付いて行けるだろうか。


 指し示す相手がこの世界に居るかどうか不明な以上、それは心の中に留めておく。

 倒すべき相手は既に居なくなった為、彼らは気持ちを切り替え冒険者としての自分達に戻っていった。

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