第23話 それぞれの思惑【後】
翌日の朝。
今度は北に巣食う植物型の魔物ごと、マッドフラワーを帝国第56小隊が討伐したと噂は広まり、昨日を超える盛り上がりを見せた。
当然ながら、持て囃されればされる程、ベノメス達が受ける心労も強まっていく。
凱旋を終え、建物同士の隙間である物陰で身を休めるベノメス達は昨日以上に疲れた顔をしていた。
「やあ、英雄君。連日お疲れ様」
「流石に怪しまれるだろ、と思ったが、まさかあれほどの反響を得られるとは……」
アブノーマルウォッチャーとクノスペヴォルフを討伐して間もない為に、流石に嘘を吐いていると思われるに違いないとベノメス達は凱旋の直前まで内心戦々恐々していた。
凱旋を終えた今となっては想像を遥かに超える反響を得られた事に恐れを抱いているが。
裏を返せば、帝国軍が大物を討伐した事を手放しに評価する程『懲罰部隊』のせいで鬱屈とした生活を民に送らせてきていたという証明にもなる。
恐れを抱きつつも、俯く彼らには思うところがあった。
「残る大物はあと一体。西の大鬼だけだねぇ」
「もう今日の夜には仕留めるんだろ貴方の部下が。…でも時間が無いんだ、急がないとな」
「ああ、そうだとも。向こうも悠長な事を待ってくれる訳では無さそうだしね」
ジナリアは物陰の中で手を横に広げる。不敵に笑う彼女の赤い目が怪しく輝いて見えた。
「さあ、残る大物もさっくり倒してしまおう。君達の栄華の為に」
「くそっ、何であいつらが!」
「急に動き出しやがって! 俺らの儲けを返せってんだ!」
同時刻、一方の外壁前。そこには如何にもな醜悪、と言える男衆が苛立ち混じりに屯している。
それもその筈。自分達に回ってくる筈だった支援物資を、必要以上に取り過ぎだと量を減らされて今まで通りの宴会が出来なくなったからだ。
これまで通りの量を欲しければもっと手広く魔物を狩れ、大物を一体でも討伐して来い、と怒りを露わにした現地住民に注文をつけられ言われたい放題となってしまった。
逆上して襲いかかろうものなら、警備の厳しくなった帝国軍の兵士達に止められる。
帝国は底力が恐ろしい。これ以上刺激しようものなら手痛い反撃を食らう事になる。ごろつきの寄せ集めな部隊の物達であっても、それは理解出来ていた。
祖国に戦争を吹っ掛ける口実だと伝えた所で、今度は祖国から見限られるというのは目に見えており、魔物の数が激減している以上彼らの言う通り黙って大物を狩る他無かった。
『懲罰部隊』という大層な名前を持つこの集団は王国より命を受け、大して情がある訳でも無い西大陸のエルタ帝国、その一地方のマカハルドに送り込まれていた。
その中の一人、周囲が醜いからこそ際立つ美しさを持つ美形の茶髪の青年が通信魔法を使い、向こうの大陸に居る上司と連絡を取り合っていた。
『大物を一体も仕留められていない、だと? お前達は何をやっているのだ?』
向こう側が現地の状況に明るくないからこそ、冷たく浴びせられるお決まりの台詞。
しかし、悔しさに唇を噛み締める茶髪の青年に言い返せるだけの実績も実力も無かった。
「申し訳ございません。東のブラックオーガだけは、必ず我らの手で狩ります故」
『そのような事を言って、これで何度目だ? 既に3体もの大物を帝国に狩られている始末。『暗夜衆』を送り込んでいなければ即刻帰還を命じているところだったぞ?』
通信越しの上司が言う通り、暗殺業を専門とする『暗夜衆』、その一部である派遣部隊をこのマカハルドへ来させていなければ、祖国への帰還を強制されていた程の大失態。
手柄を焦るあまり帰還命令を拒否しようものなら、見限られるよりも重い罰が待っている。
今は『暗夜衆』の活躍だけが待たれている、猶予期間に過ぎない。
その為、『暗夜衆』に課せられた任務の遂行、残る西の大物の討伐もしくはテイムの成功が彼らに残された最後の挽回のチャンスだった。
『…まあ良い。言ったからには成し遂げてもらうぞ。ラジール・ベノメスの暗殺も併せてな』
「…御意」
青年の返事を最後に通信魔法は切られる。その瞬間、彼は座っていた岩に拳を振り下ろした。
一回だけでなく、二回、三回、四回と何度も握り拳を叩きつける。
勢いのあまり血が吹き出し、袖口や岩に血を滲ませようと、彼は気にも留めない。
「現場に顔を出さず! 何も知らない癖して! 平然と物を言う!」
美形ながらも目の下の隈等、荒れ具合の酷い彼――プルグレリスは『懲罰部隊』の部隊長である。
分隊長8人と共に、荒くれ者共を支配し統率する者。しかし、そんな身分であるとは裏腹に、彼の身も心もささくれ立った物となっていた。
「何故あいつらに天運は味方する! こいつらが悪さをしたところで俺は悪くないと言うのに!」
彼は王国軍の軍人になる事を志願したが、何もこのような大勢の荒くれ者で構成された無法を地で行く部隊に好き好んで志願した訳では無い。
軍人を志すべく入学した、王国に設立された一流の魔法学校では優秀な成績を収め首席で卒業出来た優等生。
しかし、勉強と魔法関連、それ以外を軽視し疎かにしていたが為に軍人としての地位も名誉も伸び悩んでいた。
祖国に居ても勉強と魔法だけ出来ていた事を色んな立場の者達から野次られ、こちらに来ても部下となる間抜け面共が次々問題行動を起こし、挙げ句の果てには上司からはあれこれと理由を付けて厳しい言葉を投げかけられる始末。
彼はもう、全てを投げ出してしまいたいと思う程に疲れ切っていた。
――故に、今現在、隊長としての責任を放棄しつつある。
分隊長の一人、第4分隊長が近付いてきた所で、彼は真っ赤になりつつある岩を殴るのを止めた。
「プルグレリス隊長、『暗夜衆』のゾルバ様がお目通り願いたい、と」
「拒否しろ。それと、お前達には好きにやらせると伝えておけ」
「ですが、『暗夜衆』から派遣されてきた者達は我々『懲罰部隊』の管轄。おいそれと好き勝手にやらせる訳には――」
「――うるさい! いちいち俺に指図するな!!」
この拒絶を露わにする態度には報告に来た第4分隊長も呆れ果てた。
だが、まだ報告は終わっていないので離れる訳にもいかず、早く離れてしまいたいと思う気持ちをぐっと堪えて続ける。
「…西のブラックオーガの討伐には何時向かわれるおつもりで?」
それを聞いて、プルグレリスはふと我に返る。
荒くれ者達と行動を共にしている内に毒されたか、悪知恵だけは働くのが今の彼であった。
「連中は朝には凱旋している。…と、なると、今日の夜には帝国軍が出向く筈だ。先んじて東に向かい、待ち伏せする。どうせなら、帰路に着き警戒の緩んだ奴らから手柄を奪った方が楽だろう」
「では、もう出発すると」
「ああ。全軍にそう伝えろ」
報告を終え、速やかに命令を実行すべく去ろうとする第4分隊長の背中を「待て」と冷徹に呼び止める。
彼は一瞬震え上がり、恐る恐る振り返ると、邪悪な笑みを浮かべた上官の姿がそこにあった。
「そう言えば、怪しい女共がまだマカハルドの街に居るそうだな?」
「…は、はい。既に出向いている『暗夜衆』の面々よりそのような報告が上がっています。時折、不規則的に姿が見えなくなるのが不可解とも報告されていますが……」
第4分隊長の報告の内、不穏な部分を無視するプルグレリス。
彼の浮かべた笑みは事実確認が出来た事で一層禍々しいものとなった。
「予定変更だ。ゾルバには優先してその怪しい女共を生け捕りにしろ、無理なら殺しても構わんと伝えろ。人手を優先してそっちに割けともな」
「そ、それではラジールの暗殺への人員が足りなくなるのでは……」
「知るか。どうせ出来なきゃ意味が無いんだ、派手にやっちまおう」
逆上に近い激しい感情が彼を支配する。
最早、今の彼には自分達が動く事で起こるかもしれない爛れた理想の光景しか映っていなかった。
彼の感情に身を委ねた暴挙の数々。突拍子も無く変更の加えられたそれらは果たして功を奏すのか。
朝になろうと夜になろうと、この世界を見守る神のみぞ知る。
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