第22話 それぞれの思惑【前】

「おい、聞いたか? ベノメス様が大物二体を仕留めたってよ!」


「アブノーマルウォッチャーとクノスペヴォルフだっけか? すげぇな!」


「あの人はこのマカハルド、いや、帝国の希望の星だ…!!」



 噂話というものは鮮度が命である。

 あまりにも古い情報は見向きもされないし、伝わりづらい。

 だから、人々は真新しい話を欲しがる。


 あまり知られていない情報を得る事に優越感を覚えるからだ。

 また、蓄積したフラストレーションを晴らす意味合いも込めて、民衆がそれに興じる事もある。

 噂の真偽は基本どうだって良いものなのだ。

 自分達の不満を晴らす事さえ出来たなら。



 ――今回の噂話は、真実を巧妙に装う、仕組まれた偽りであった。



 マカハルドの地を現在進行形で悩ませる、平均レベル35程の大物4体。

 ラキンメルダのもう一つの片割れを成すバンティゴのある西を除き、あらゆる箇所を根城とする厄介な魔物達。

 自分達の飢えを満たしてくれ、と南下してきては居るが、勿論それを善意で満たせる余裕などマカハルドには無い。


 当然、衝突は避けられない。

 魔物の討伐に王国からの『懲罰部隊』が加わってはいるが、魔物を積極的に減らそうとしない木偶の坊達は既に頭数から外されていた。

 帝国の民が力尽きるのが先か、魔物の群れが力尽きるのが先か。自然の摂理に基づく過酷な生存競争が繰り広げられていた。


 そんな中、マカハルドの地に舞い込んだ一報。

 帝都よりはるばるやって来た帝国第56小隊隊長ラジール・ベノメス並びに帝国軍人十数名による大物二体の討伐。

 マカハルドの街を守る外壁の外側に陣取る、北東のアブノーマルウォッチャー、南のクノスペヴォルフを仕留めたという情報はマカハルドの民を勇気付けた。


 馬二頭ずつが引く大きな荷台に縛られた、漆黒の残骸と、所々の焼け焦げたクノスペヴォルフの横たわる遺体を街に運び込んだ英雄の凱旋は周知され、次第に歓迎の渦が彼らを迎え入れるようになった。


 さも先程よりマカハルドの街に帰還したかのように堂々とした素振りを見せる彼らであったが、その自信に満ちた笑みを見せる顔の額には冷や汗が流れていた。

 尤も、遠目からは誰にも見えていない。

 屋根の上に立ち、笑いを堪えているごく一部を除いて。



「なぁ、ベノメス様って雷の魔法を使えたのか?」


「何言ってんだ、お前?」


「ほら、あの残骸もクノスペヴォルフも焼け焦げてるし…」


「どうだっていいんだよそんな事は。それより、英雄を讃えるぞ!」





 凱旋のほとぼりが冷め、街が落ち着きを取り戻した頃。


 伸し掛かるプレッシャーからようやく解放されて、話題の英雄は仲間しかいない暗がりの中で、取り繕っていた顔を崩し、青い顔で、嘘だと見抜かれなかった事に安堵のため息をする。

 種族の入り混じる仲間達もまた、少なからず疲れた顔をしていた。


 そこへ、ご機嫌な様子で歩み寄る人影が一つ。



「お疲れ様。…慣れが必要ならもう一周するかい?」


「……勘弁してくれ」



 外套を着ているジナリアが口に出したのは、笑みを崩さずとも彼を気付かっての発言なのだが、ベノメス本人から拒否された。

 余計な事はこれ以上言わないでおくべきか、と思い彼女は帝国兵士達とマディスの努力もあり、稼げた時間で見れた魔王軍の様子を彼らに報告する。



「戦線は芳しくないみたいだね。徐々にフロントラインが押し込まれつつある」


「…だろうな。元々長期戦は不利になるのは分かりきっていた」



 17500もの軍勢が多いか少ないかと聞かれれば、少ない方になる。

 しかし、それはあくまで人間の尺度で考えた場合の話だ。

 魔王軍は末端ですら魔法の扱いに長けており、魔王軍第5遠征軍所属の兵士1体分が、今の帝国の兵士10人分に相当する。

 戦線の疲弊は、時間と共に加速しており崩壊が近付きつつあった。



「もし。…もしも、だ。あんたらが加勢したら、奴らを倒せるのか?」


「倒せるさ。それも保証する」



 助けると決めた以上、魔王軍なる異形の軍勢が相手でも物怖じしていられないのが今のジナリアだ。

 事実、彼女の淡々と断言してみせる程の自信はベノメス達を勇気付けていた。


 問題があるとするなら魔王軍と直接衝突している帝国軍がそれを望むかどうか。

 ベノメスが幾らGOサインを出した所で、彼より偉い立場の存在がNOを突き付けたならジェネレイザに介入の余地は無い。

 それでも、NOを突き付けられたとして、GOサインにするよう説得を行うのが、彼ら帝国軍の今後の役目であった。


 会話していく内にプレッシャーでおかしくなっていた顔色が良くなったのを見て、今回の凱旋で見えた怪しい動きも彼に報告する。



「王国も無視してはくれないみたいだね。君達を歓迎する顔の中に、明らかな害意を持った人影がちらほらと」


「嫉妬した冒険者の僻みじゃ無いのか?」


「いいや。此処の住民でも、ましてや『懲罰部隊』の一員でも無い。別の勢力だ」



 別の勢力と言いつつも、それが王国出身と断言出来るだけの根拠がある。

 ベノメスは良くなった顔色でジナリアの顔を見て、改めて問うた。



「その勢力と言うのは……」


「王国の暗部勢力。要は暗殺者だね」



 その瞬間、慣れない凱旋での疲れが抜けつつあった顔の数々が緊張する。

 切り替えが早いね、とジナリアはその様子を見て内心褒めた。



「狙いは一体…?」


「君達と、私達。両方だねぇ」



 向こうは向こうで独自の情報網を形成し、ジナリア達の事も探ってはいるらしい。

 尤も、ここマカハルドに於いては帝国以外には痕跡をあまり掴ませない基本スタンスを取っている為、苦戦しているようだが。


 ジナリアの視界の遠方には、魔法の類を行使しては、きょろきょろと不用意に周囲を忙しなく見渡す外套の者達が見えている。

 演技というのもあり得るが、ジナリアからすればそれが酷く滑稽に見えた。

 彼女は視線をベノメス達に戻し、話を続ける。



「此処に居るのは『懲罰部隊』だけじゃ無かったのか……」


「最近来たみたいだよ。色々と辿々しい様子からして」



 情報収集の必要な立場であるが、その肝心の情報が収集出来ていない。

 現在、彼女の分身が飛ばし、遠方の外套集団に近付けているドローンのマインドスキャン機能が、ノイズが少々あるものの、それを彼女へ淡々と告げている。



「まあ、表立っては行動出来ないし、昼の間は安全だろうね」



 ジナリアは顎に手を当てると、新しい王国の戦力を見て確信に向かいつつある自分の推測を述べてみる。



「最初から君の事が狙いだったけど、邪魔されて予定より早く応援を呼ばざるを得なくなったか」


「お、俺が狙い…!?」



 当然ながらベノメス達からは驚愕といった反応が得られるが、一方のジナリアは冷静を保ったまま続ける。



「だって、変じゃないか。列強であることは兎も角、短期的に見ても結局は損にしかならない事をしたがるのは何故だい?」



 弱い魔物だけを狩るにしろ、現地住民の女性を嬲るにしろ、結局はマカハルドにとっても、帝国にとっても邪魔にしかならない。

 魔物が大群を率いて南下する、無理強いをしたせいでマカハルドが落ち込んでしまう等、此処が陥落する理由は幾らでもあるからだ。

 裏を返せば、此処に来た王国の部隊を含め、それをすれば得になると踏んでいる連中が居るのだ。



「印象を下げてるのは自分達を囮に使う為。遅かれ早かれ君達を排除する部隊は此処に出向いてきた。…タイミングを図っていたのは、自分達が撤収する時間を稼いだ上で実行に移し、魔王軍に攻撃されない為だろうね」


「悪目立ちするのは最高の隠れ蓑ってことか…」


「まあ、最初から、他国で、それも外聞を気にしてないならそうなるだろうね」



 そして、『懲罰部隊』自体が自分達の本来の目的を果たす為の囮に過ぎなかった。

 テイマー職により大物を確保し戦力を強化するというのは、あわよくばの話だろう。



「じゃあ最初から援軍支援は…」


「罠だった。…藁にもすがる、とは言うけど」



 それを知り、帝国の兵士達は落胆する。

 攻め込んできた魔王軍に掛り切りだったばかりに、王国の横暴を更に許してしまったのだ、と。

 可哀想ではあるが、何れは真実と向き合って貰わねばならない。

 真実を知った上で、王国の言いなりという国家全体のスタンスを崩して貰わねば、折角の共同戦線も同盟の提案も無意味になる。



(全くもって酷い話だ)



 列強の座を引きずり降ろされたばかりに此処までされるのか、とジナリアはマカハルドに来て、『懲罰部隊』の存在を知ってから常々思っていた。

 魔王軍と列強国の板挟み。どうあっても帝国は詰んでいただろう…それこそ、奇跡でも起こらねば。



「それで、君達は今後どうするつもり?」


「どうする、とは……」


「決まっているだろう? 王国に反旗を翻すか、それとも王国の言いなりのままでいるか、だ」



 ジェネレイザが主導であれこれ決めていては、帝国を属国扱いするようなもの。

 ジナリア達は自分達に依存する属国では無く、同盟を結べる自立した国を求めていた。

 当然ながら、『懲罰部隊』を排除してそれで終わり、という甘い話は無い。

 排除したなら、その次は必ずある。


 目の前に居る彼は皇帝でも無ければ将軍でも、ましてや貴族でも無い。政治的には何の権力も持たない、一小隊の隊長だ。

 しかし、権力者に動くことを促すぐらいは出来るだろう。

 だからこそ敢えて、ジナリアは選ばせた。どちらが帝国にとって、益となるか。

 いずれは、帝国そのものの方針になるのだから。



「――さあ、選びたまえ。帝国の未来の為に、どちらを選ぶ?」



 ジナリアの鋭い眼差しを前にして、ベノメスは屈辱の味を噛み締め、決意に満ちた目で彼女の顔を見た。






「で、王国との決別を選び、それを上申すると」



 その日の夜。北に移動したマディスは、王国が狙っていた次の標的であるマッドフラワーの蔓を、魔物達を誘い込んだ区域の地中に予め撒いていた《シードマイン》で次々爆破していた。


 マッドフラワーはクノスペヴォルフよりも巨大で、3×3の計9マスにその身を収めていたが、自己を強化し攻撃の威力を上げたり、ダメージを抑えたりと、花狼よりも立ち回りが上手い。


 …それでも、通信しつつ死角から迫る蔓の数々をブラストビットが張る光学シールドで防ぎ、《ヒートレイン》で取り巻きの魔物や蔓を焼き払っている辺りマディスの方が一枚も二枚も上手だったが。



『ああ。散々酷い事されてきたから我慢の限界だったんだろうね。決意の中には怒りも混じっていたよ』


「まあ、良い傾向です。言いなりでも受け入れるってなったらこちらとしてはお手上げでしたが」



『懲罰部隊』が道を切り開く名目で魔物の大群と戦ったものの、結局失敗し撤退したのもあり、マカハルドの北の荒野地帯はあまりにも静かだった。

 …マディスとマッドフラワー、魔物の数々による争いが起きている区域を除いて。



『今、君は何と戦っているんだい?』


「マッドフラワー。以前お見せした巨大花。大物の三体目ですよ」



 これを倒せさえすれば、残るは西に居る鬼一体のみとなる。

 しかし、中々粘る。蔓の6割を燃やされたり灰にされたりと無力化され、星型に広がる花弁を穴だらけにされて尚、戦う事を止めないマッドフラワーを見て、マディスは少し辟易していた。


 一方の狂い花側も未だに傷一つ付かないマディスに辟易している事もあり得るが。



『確かその花の蔓って結構伸びるんだっけ。……必ず倒すんだよ』


「言われなくともそのつもりですが、何故?」


『何故ってそりゃ……そいつに近付くのは私の分身だよ? 私自身じゃ無いけど、分身があんな目やこんな目にあったりしたら……嫌じゃないか』



 あんたにも恥じらいってもんがあったんだな。


 そんな失礼な事を考えつつも、此処に来るまでにしていたジナリアとのやり取りを思い出していた。

 片手でブラストビット達を操作し、マッドフラワーや取り巻きである植物型の魔物達の猛攻を食い止めながら。


 そんな激戦区には吸い込むと何らかの身体的異常をきたす、胞子や花粉がばら撒かれていた。

 そもそも呼吸を必要とせず、また生物に対する状態異常の一切が効かないマディス相手には無意味だったが。

 再び《シードマイン》が爆発を起こし、複数の、根菜に手足の生えたような植物型の魔物達が身を千切りながら上へ吹き飛んでいく。


 根菜の残骸による礫を躱しつつ、こんな事を幾ら続けていても埒が明かない、とマディスは決着を付けるべく、自身の切り札の一つである黒い弾丸を腕に備え付けられている長い筒型の銃に装填する。

 ある程度距離を取り、6マス先のマッドフラワーへと狙いを定める。

 ターゲットが極端に少なくなった事から、狙いやすくなっていた。



 使用武装:スペースノッカー

 スキル:《ブラックバレット:ディストーションストーム》



 白煙を横に膨らませ、それを突き破って姿を表すのは黒い弾丸。

 それはマディス本体から1m程離れた途端に破裂し、内部の凝縮された黒い光を宿す魔力を外気に解き放った。


 直後、一直線に突き進む漆黒の奔流が生み出された。

 それはどんどん大きくなっていき、マッドフラワーの本体の約三割を削り取った。

 段々と奔流が細くなっていき、消失したところでマッドフラワーは時が止まったかのように動かなくなる。


 役目を終えて排莢されて宙を舞う薬莢を掴み取り、マッドフラワーが生命活動を停止し、花弁の数々が崩れていくのを確認する。



「…何ともまあ、しぶとい相手だったな、今回は」



 ブラストビットやジェネレートアームをあまり積極的に使わなかったのもあったが、仕込みをしていて尚これである。

 今回はタフな相手と交戦した為に予想以上に時間が掛かってしまった。


 クノスペヴォルフとの戦いの時と同様に、ジナリアの分身が回収に来たのを確認しつつ、まだ切っていない通信を再開する。



『君でも手こずる相手だったのかい?』


「手こずるというより、予想以上にタフだっただけと言いますか。…派手に暴れていいならそうしたし、許されるなら兄貴にぶん投げてましたよ」



 マディスも兄弟機のハーヴェルも、如何に硬い装甲であろうと貫通し、確実なダメージを与えるスキルを持つ。

 だが、ハーヴェルと違い索敵スキル等で発見されにくいという隠密能力に長ける分、自分へのバフ能力が乏しい為に、装甲値の数値はさておき、単純にHP生命力のとにかく高い相手には相性が悪かった。


 今回相対したマッドフラワーも所謂その部類であり、更にはターンに関わらず、自身も含めた盤上のユニット一体が動く度に自身のHPを回復する事で、マディスの手数を黒い弾丸が打ち込まれるまで凌いでみせるという予想外のタフさを見せつけた。


 裏を返せば、この世界の住民にとっては溜まったものではない相手だっただろう。

『懲罰部隊』もこの事実を知ったなら匙を投げたかもしれない。



『残った東の鬼もそんな感じかもね…』


「少し作戦を練り直す必要があるようです。後、仕込みも少々いじらないと」



 マッドフラワーの遺体は小さなポーチに吸い込まれ、取り巻きの魔物達はマディスの燃料として取り込まれた事で、マカハルド北での任務を終えたマディス達は痕跡の全てを消し去り、撤収する。

 その後、一分程経って『懲罰部隊』の面々がリベンジとばかりにマカハルドの北へ来たのだが、既に後の祭りだった。

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