第21話 狼狩り【後】

 名指しされたベノメスは驚く。

 同時に困惑した。

 人払いと『懲罰部隊』の監視のみを頼まれた筈だが、何をさせようと言うのか。



「私の部下から、討伐した大物なる魔物の亡骸を君が受け取る。しかし、受け取る君は君になりきる分身の私だ」


「!」


「君になりきる私の分身は良い具合で撤収し、君達が手柄を持ち帰る事で帝国軍の名声だけが高まる作戦だ。どうだ? 中々面白いだろう?」


「良い具合で撤収と言うのは…」


「私の分身が届けるのは外壁の手前までで、中へは私の分身と交代した君が運び込む。そうすれば、帝国の希望の星、英雄ラジール・ベノメスの誕生だ。――こうする事で『懲罰部隊』を排除できる下地が整う」



 要はあくまで帝国の手柄にする事で、マカハルドの民衆に希望を抱かせる。

 そうする事で、『懲罰部隊』がマカハルドに留まる意義そのものを無くさせていく。


 現在、魔物を倒しているからと半ば強引気味に支援物資を受け取っている彼らだが、大物を先に帝国が討伐したとなれば、どうなるか。

 支援物資を受け取れるだけの正当な理由が無くなり、大いに焦る事だろう。



「ま、待って欲しい。俺にそんな大役が務まる訳が…」



 だが、幾ら直接戦わないからとは言え、その代表格に抜擢されるベノメスの地位も、戦闘能力も、あらゆる実力が欠如している。

 大物を複数体も狩れるような、そんな実力者では無いのだ。



「――でも、魔物の群れとまでは行かずとも、魔物の5、6体は一人でも倒せる。そうだろう?」


「あ、ああ。そうだが…」


「なら大物ぐらい皆で力を合わせれば勝てるじゃないか。あるいは、たまたま隕石が大物に直撃するような、天運が君達に傾いたとか。理由なら幾らでもでっち上げられるよ」


「……貴方達の得られる筈だった名声を横取りするような事になる。それで貴方達は納得しているのか?」


「必要無いよ、名声なんて今は。私達はこちらでも実力が通用するという実績だけあれば十分だ」



 ジナリアもマディスも、本来ならばあらゆる痕跡をひた隠しに隠した上で、任務遂行の為実力行使をする、そう言ったコンセプトのメカだ。

 不必要に目立つ事は、今の彼女達にも許されてはいなかった。


 ああ言えばこう言われる。

 理論武装の類いを前にして、ベノメスは質問を変えることにする。



「あんたの分身と妹さんなら、部下を使わずとも、大物とあいつらを排除出来たんじゃないか?」



 そう言われて、ジナリアは苦笑気味に両手を振った。



「いやいや。私は隠密行動中の身。分身を幾ら増やしたって私だけじゃ無理だよ。コルナフェルだって、目立たずには出来ないさ。それぐらいなら、この子を護衛に付けて表向きは大人しくしてた方が無難だろう?」



 実際、コルナフェルが持つ武装、スキルの数々の多くは高射程、広範囲、高火力の三拍子が揃っている。

 故に、行動すれば目立ちやすい。


 建造物の破壊を防ぐべく事前に防御システムの数々を使用する、爆音を誤魔化すべく防諜フィールドを張り巡らし活用するなど、やりようはあるにはあるが、彼女のコンセプトを真っ向から無視している為にあまりにも効率が悪かった。

 そもそも、この状況を彼女達だけで解決できるならマディスに救援要請を送ってはいない。



「それに、私はこうして策を巡らせる方が、得意だからさ」



 ジナリアもコンセプト上、暗殺術の類いに長けては居る。

 時間は掛かれど5000の兵力を排除するのは容易だろう。


 だが、同時に面倒臭がりでもある為に、範囲攻撃をバカスカ撃てない現状で、5000の兵力を排除する為に率先して動く気にはなれなかった。

 あまり自身が活躍しすぎると部下である『トワイライト』の出番がごっそり無くなってしまう、という理由もあって。



「とにかく、君達には私の分身と協力して、彼らが下手に動けないよう時間を稼いでもらう。その間に、私は魔王軍の状況、戦力を把握する。異論は無いね?」



 特殊な魔法と蘇生アイテムはどうするつもりなのか、と問う声は無かった。

 ベノメス達は、恐らく何らかの対策を考えているのだろう、という期待から。

 ジナリア達は、その程度はジェネレイザの障害にはなり得ない、という確信から。


 ジナリアの命に、大所帯故に狭くなってしまった部屋の中に力強い応答が響いた。






 大物の討伐開始より3日目。

 夜闇の中、マディスは『懲罰部隊』の殆どの兵力が北に向かった事で手薄になったマカハルド南側へと向かう。

 狙うは、そこに居る魔物達の中の大物の一角。


 外壁が小さく見える程歩いた後に、マディスは闇に隠れたシルエットの数々を捉えると、認識阻害システムと物魔干渉プロテクトを一時的に解除する。


 それを切っ掛けにそのシルエット達も気付いたらしく、忌々しげに休ませていた体を起こした。


 その中でも一際大きなシルエットが、唸りつつもゆったりとした足取りでマディスの元へと寄る。


 顔に蕾状の切れ目を持つ、狼に似た巨大四足歩行獣。

 後にクノスペヴォルフという名称だと彼が知る、大物の一角。

 それは丸く大きな瞳でマディスを認識し、威嚇とばかりに唸り声を大きく荒げた。



「お前が南の大物だな。実力を試させてもらうぞ」


「グオオオオォォッ!!」



 夜の地面の上に、一マスが正方形状になるよう白線で均等に分けられたマップを展開し、マディスは臨戦態勢に入る。すると、巨大狼は素早く駆け寄って食らいつこうと飛び込む。


 それを巧みに躱し、マディスはすれ違いざまに反撃を繰り出そうとした。

 纏うは雷。微かに電流が彼の右細腕を迸る。


 使用武装:ジェネレートアーム

 スキル:《スパーキーブロー》


 雷撃が、巨大狼の脇腹へと叩き込まれる。白い強烈な光が強い熱量と共に狼の肉体を包み込んだ。



「…!!」



 巨大狼は感電の影響で、痺れてぎこちなくなる体をどうにか動かし、身を焦がしつつも振り解くように跳躍してマディスとの距離を取る。



「…!?」



 が、その直後、着地と共に驚きの表情で地面を見下ろした。

 自身の動きが地面に浮かぶ正方形のマスの数々に支配され、マス目に収まる動き以外禁じられている事に気付いたようだ。


 クノスペヴォルフは2✕2、正方形状の合計4マスに体をきっちり収めなければならない。

 例外を許さない、場の見知らぬ絶対的ルールに煩わしさを感じるのは無理もない事だ。


 クノスペヴォルフに加勢しようと動く周りの狼の魔物、レッサーウルフ達も自身を一マスに収めなければならない、慣れないマス目上の移動に四苦八苦する。


 一方の一マスに収まるマディスは背中から小型の飛行物体を二体飛ばし、飄々と動いていた。

 正面から見るとプロペラのように見えるそれらはマディスの動きに追随し、彼を援護する。

 マディスを中心にUの字を描く3マス分ずつ点滅する青が見えた時、その中に居たレッサーウルフ達に逃れる術は無かった。



 使用武装:ブラストビット

 スキル:《カオスフラッシュ》



 放たれるは虹を集約したかのような灼熱の七色光。

 一瞬で広がり、一瞬で消え去るそれは、範囲内のレッサーウルフ達を灼き消した。


 唖然。恐怖。仲間が消えた一瞬の出来事がクノスペヴォルフの取り巻き達を支配し、マス目を走って逃げ出そうとする。

 しかし、一度に4マス分動くのが限界な狼たちは、一度に7マスも動けるマディスの更なる攻撃の標的にされる。


 次に青く点滅したのは、マディスの2マス先にある5マス分の横一列。

 狼達が足元を見た頃には、もう手遅れだった。



 使用武装:ブラストビット

 スキル:《ヒートレイン》



 腕を組み待つマディスの期待に応えるべく、右へ左へ忙しなくブラストビットが揺れ動き、赤く短いレーザーを前から山なりに乱射する。

 それは範囲内にいた狼達へと降り注ぎ、肉体に冗談のような穴の数々を開けていく。

 開いた穴はいずれも縁が赤熱しており、狼達の中身を焼き焦がしていた。



「……!!」



 クノスペヴォルフはこんなルールを押し付ける目の前の紫の異形に憤怒を浮かべて、巨体を利用し8マス分を一気に突き進み、その蕾のような切れ目の顔を開く。

 クノスペヴォルフの顔面に咲いた赤い花は、半透明の液体を垂らしてマディスへと食らいついていく。


 しかし、接近するその花びらを毟り取るように、マディスはクノスペヴォルフの顔の一部を両腕で掴み取った。

 当然のごとく、派手に舞う雷光を纏わせて。



 使用武装:ジェネレートアーム

 スキル:《カウンター:自由選択》

 スキル:《スマッシュボルト》



 瞬間的な放電。

 《スパーキーブロー》の比ではない高圧電流がクノスペヴォルフへと流し込まれ、命を急速に削り取り、焼き焦がす。

 マディスを食らうより先に空中で動かなくなり、地面へと落ちるその巨体が原型を留めているのは奇跡だった。



「残影ゼロ。大物二体目を討伐」



 周囲に敵影が居ないかを確認した上で、今日の役目はこれで終わり、とマス目を解除する。

 その途端、新たに現れる人影が。

 それを冷静に見るマディスに警戒の色は無かった。

 姿を見せたが味方である為に。


 ジナリアの姿を完璧に再現した彼女は、ジナリアの生み出した分身の一体である。

 彼女は無言を貫いたままマディスの仕留めたクノスペヴォルフを確認すると、下げていた小型ポーチを開く。

 すると、その穴の中へ吸い込まれたクノスペヴォルフの遺体は小さくなっていき、小型ポーチに難なく収まった。


 標的の一体を討伐したマディスに軽く頭を下げると、跳躍しマカハルドへと帰っていく。

 3秒も経てば、すっかり彼女の後ろ姿は見えなくなった。



「本体もあんな感じだったなら良かったけどな……」



 流石に分身が本体の真似をし始めたらマディスも耐えられなかっただろう。

 色々と自由な本体と対照的に仕事一筋な分身に感謝しつつ、彼もまた、星々と月が美しく輝く夜闇の中へ消えていくのだった。

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