第20話 狼狩り【前】

 帝都よりこの地へ派遣されてきた帝国兵士達とジナリア達の共同戦線が成立し早翌日。


 ジナリアとコルナフェルの二人は冒険者達も帝国軍人も利用する集会所へと昼間に招かれていた。

 余計な注目を集めるという事で、隠蔽システムの類いをフル活用し、姿を他の誰にも悟られぬようにした上で、ベノメス達の居る控室へと向かった。

 その部屋の扉が閉じた所で、帝国兵士が隠蔽魔法を展開する。



「お話の前に、まずは友好の印としてこれを収めてもらいたいな」



 部屋にいる一同にはっきり見せられるよう、ジナリアは赤いコンソールを開いて、机の上に大きな物を転送する。

 姿を現したのは、漆黒の装甲と回路部品。

 先日マディスが仕留めた、飛行円盤の部品の一部だった。



「これは……?」


「街の外、北東で暴れていた飛行物体、その残骸だと言えば分かるかな?」



 それを言った瞬間、一同の顔色が変わった。

 主にアルコミックが、驚きを強く表している。



「大物の一角、アブノーマルウォッチャーを仕留めたと言うのか!? 一体誰が!!?」


「あ、ああ、この前も言った私の部下が倒したんだよ」



 ――そんな名前だったんだね。てっきりまんま飛行円盤が正式名称かと。



 勢いに気圧されつつも、ジナリアは答える。

 アブノーマルウォッチャーの残骸を表情を変えず訝しげに見た後、ベノメスはジナリアに向き直った。



「聞くが、こいつを倒すにあたって貴方の部下はどれだけの戦力を要した?」


「戦力というのは、戦闘に参加した人数の事かな?」


「ああ」



 ベノメスの首肯を見た後、彼女は自信満々に回答する。

 きっと驚くだろうな、と笑みを浮かべながら。



「一体だよ。私の部下一体だけだ」


「「「は?」」」



 言い切った瞬間、ベノメス達は一斉に困惑した。

 彼らとしては、少なく見積もっても6、7体ぐらいの予想だったのだろう。

 実際帝国兵士達からすれば、多人数で立ち向かわねばまず勝算の無い戦いとなってしまう。

 そんな大物が単独で倒せてしまうものなのか。

 思い切り予想が外れて、ほぼ全員が硬直する中、ベノメスだけが直ぐに立ち直った。



「い、いや待て。我々が勘違いをしているだけかも知れない。その部下の特徴を教えて欲しい。極端に大きな姿をしているとか、そんな感じなのか?」



 ジナリアはそれを聞いてメカのサイズについての話を思い出す。


 メカのサイズは全七段階となり、最小でXS、最大でXXLサイズとなる。これは《マギア:メタリズム》に居た頃から変わっていない。

 このサイズ設定の中で最もポピュラーなのがMサイズだ。

 その次にLサイズやSサイズが多いくらいで、XSやXXLのように極端な大きさになると途端に数は減ってくる。


 それはジェネレイザとて例外では無い。

 ジェネレイザに配備されているLL以降の巨大なサイズのメカは極端に少なかった。

 LLサイズだけだと50を下回る数になり、XLサイズの数は10を下回る。


 そして、最大サイズのXXLサイズに関しては、4体しか居ない。


 そこまで思い出したところで悟られず静かに我に返り、ジナリアはベノメスの問いに答えた。



「いいや。背丈は君達と然程変わらないよ。特徴があるとするなら、私達と同じメカで、明らかに人の姿をしていない事かな」


「なるほど……何?」



 ベノメスは納得したようで、納得しきれなかったようだ。

 ジナリアははて、と首を傾げるが、機皇国がどのような国なのかを説明していなかったからこういう反応になった、とベノメスの反応にすぐに理解を示した。


 ベノメス達からはまだ人間だと思われていたらしく、その辺りの誤解を解かなければならない。



「言ったじゃないか。私達は機皇国ジェネレイザから来たって。私の部下がメカなら私達も当然メカだよ」


「め、メカと言うのは……」


「おや、知らないんだ。要は――」



 ジナリアはくるりと反転し、閉じきったワイシャツのボタンを4つ外して、ワイシャツの上だけをはだけさせる。


 男の多い帝国兵士は、彼女の白い肌を持つ肩と背中が丸見えになる事に反射的に顔を赤くするが、人間ならばまず存在し得ないものを捉えて表情を驚愕に変えた。



「――こういう事だよ」



 潜伏中、自身に掛けていた隠蔽システムを一時的に解除し、背中の、コード端子を接続する穴だらけの外骨格を見せる。

 それを目の当たりにした兵士の一人が、口を震わせながら呟く。



「じ…人造人間……」



 ジナリアは目を前に逸らしながら、少し惜しいな、と思った。

 ジェネレイザ製のメカの殆どは、同じジェネレイザ製のメカであるユニリィ・スペード、もしくは彼女が管轄するユニリィ・ファクトリアで生産されている。


 メカから生まれたメカが殆どであり、ジナリア達三姉妹も例外ではない。

 人の手が加えられているとしたなら、機皇帝か三機神ぐらいだ。

 当然ながら、その外見も有する機能も人造人間とは程遠い。



「メカというのはホムンクルスに近い種族なのか?」


「いや、人造人間ともホムンクルスとも違う。私達は機械生命体だよ。…と言えば、分かるかな?」



 人造人間もホムンクルスも、メカと大きく製法が異なる為に種族としての分類も違ってくる。

 そもそも、ベノメス達からすればジナリア達人形メカしか見た事が無く、亜人形メカのマディスや他の分類のメカとは会った事すら無いので、このような、ジナリア達からすれば素っ頓狂に聞こえる発言が飛んで来るのも無理からぬ事であった。


 正しく、メカについてを理解するには、その辺りの定義の違いも示しておかなければならない。

 ワイシャツを元に戻して再び向き直ったジナリアの問い掛けを受け、帝国兵士の面々は顔を見合わせるも、唯一、ベノメスとアルコミックだけが心当たりのある素振りを見せた。



「…分かる気がする。マゼン・ロナ王国には、魔法の力を駆使し、とてつもない頑丈な装甲を有する、空を飛ぶ巨大戦艦なるものが存在する。その中枢には自ら思考する魔術回路という物体が組み込まれているとか」


「へぇ」



 ベノメスの話は続く。


 マゼン・ロナ王国の所有する巨大戦艦は王国を列強たらしめる軍事力の結晶であり、同時に色んな国の技術の結晶でもある。


 機関の大部分を担う卓越した魔法技術は東大陸の列強国の一角サベラン魔導国より伝来してきたもので、戦艦を頑丈にする装甲はエルタ帝国が生産した特殊な鋼鉄、東大陸の多人種大国サルバベロス大連邦より仕入れた魔鉱石の数々がふんだんに用いられている。

 そして、これを戦艦として、使用用途を明確にした兵器として作り上げたのは他でもないマゼン・ロナ王国だ。


 いずれかの国が欠けていたなら、巨大戦艦は存在し得ない。

 だが、その戦艦こそが帝国が頭を抱える悩みの種の一つとなっていた。


 大質量攻撃が出来て、首都に直接殴り込みを掛ける事の出来る兵器を持っているのなら、誰だって恭順の道を選びたくもなる。

 例え、それが屈辱であったとしても。



「――もしや、あれらと同じ存在なのか?」


「その巨大戦艦とやらを知らないけど、恐らくはそうかな」



 だが、巨大で恐ろしいと言われてもいまいちピンとこないのがジェネレイザだ。

 ベノメスの問いに対するジナリアの返答はとても軽い口調だった。


 巨大といっても大きさは多種多様である上、単騎による大質量攻撃を得意とするメカも少なからず居る為、どの程度脅威であるのかがベノメスの説明だけでは伝わらない。


 ジナリアは心の片隅で、「あわよくばベルディ達が巨大戦艦にまつわる情報を持ち帰ってくれないものか…」と思ったりしたが、「向こうがどの程度進んでいるのか分からない現状では伝えるだけ酷な話になるか」とも思い、断念した。


 一方のベノメスは呆れ気味に尋ねる。



「巨大戦艦をご存知無いと?」


「そうだよ。何たって私達はこの世界に飛ばされてきたばかりなんだから」



 そして、ジェネレイザが巨大で恐ろしい戦艦如きでは物怖じしない国家たらしめるのは、この世界とは別の世界から来たからという信じがたい事実である。


 ジナリアの返答を聞いたベノメスは、納得した様子で、申し訳無さそうに呟いた。



「…転移者の方であったか。……通りで」



 ジナリアとコルナフェルは目を見開く。

 ベノメスのその様子は、異世界への転移に、この国が少なからず関わっていたと自白したようなもの。


 だが、ベノメスと同様に帝国兵士達が露わにした、転移でこの世界に引き摺りこまれたジェネレイザの面々への、詫びと後悔の入り交じる表情と様子を見るに悪意を持って転移を目論んだ訳では無いようで、ジナリア達は安堵する。



(まあ、この国のこんな現状なら異世界から力を借りたくもなるよね……)



 本当は許せるだけの口実を作りたかっただけかも知れない。


 だが、今はエルタ帝国には害意は無かったと信じる事にした。

 すると、ベノメスは深く頭を下げ、詫びの言葉を口にし始める。



「済まない。私達の、いや、エファルダムドの各国のせいで貴方達にとんだご迷惑を掛けた。我が国の皇帝陛下に代わって、謝罪させて頂く」


「良いさ。おかげで君達に出会えたからね。色々あったけれど、決して辛い事ばかりじゃ無いよ」



 大分話は逸れたが、ジナリアの許しによって話は本題に戻る。



「さて、貴方達のご存知の通り、王国より派遣されてきた『懲罰部隊』は基本的に、このマカハルドの西側にある門の前で屯している。時折、はぐれ者が徒党を組んで町中を闊歩するぐらいだ」



 ベノメスはジナリア達が把握済みだと知っている上で、敢えて『懲罰部隊』の様子を伝える。



「奴らに対して君達の対応が甘いのは、先の巨大戦艦以外にも理由があるんだね?」


「…ご明察の通り。実を言いますと、あの『懲罰部隊』の面々には特殊な魔法が施されており、ある程度の負傷を負うか、死亡すると直ちに王国に伝わるようになっています」


「ふぅん。…それは少々面倒だね」


「他にも、王国等の列強国には蘇生用のアイテムの類いがあるとか。あの者達が例外とは考えられません」



 ジナリアの発言の数々にアルコミックが代わって答える。

 対するジナリアは、その情報だけを持ち帰る魔法はジェネレイザの持つ技術と同等なのだろうか、とか蘇生用のアイテムはどのような物なのだろうか、とか興味津々に耳を傾けていた。

 尤も、得意の演技でそれを表には出さず、気付けたのは彼女の後ろで待機するコルナフェルだけだったが。



「貴方達は我々を帝都まで無事に送り届ける代わりに、その『懲罰部隊』を排除するとおっしゃった。…参考までにその方法をお尋ねしたい」



 ベノメスは問う。

 怪我をするだけでも王国に知られる、死亡しても蘇生の可能性の考えられる存在をどうやって排除するのか、と。

 それに対し、ジナリアは口角を少しだけ上げて回答した。



「そうだねぇ、色々考えてはあるんだ。全部語っちゃ面白くないから、前半だけ。あの懲罰部隊が邪魔になるからちょっかいをかけて評判を下げるのも良いけど……どうしても足ってものは付く。それぐらいならいっそ手柄を奪ってしまおう」



 ジナリアはベノメスを指差し、不敵な笑みを浮かべて提案を持ち掛ける。



「君、英雄になってみないかい?」


「お、俺が、か?」

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