第19話 闇夜に紛れて【後】
『お疲れ様です、マディス様』
宴のような飲食をする懲罰部隊が目視で認識できる距離で異形のメカ、マディスは手頃な岩の上に大雑把に座ったまま、顔の横に手を当てて待機している。
現在、彼は聞くに耐えないのと、聞く価値すら無い下らない話ばかりしか聞こえてこない為に通信以外の音声の一切を遮断している。
認識阻害システム、防諜フィールドをマディスの周囲に展開している為、触れられる程の近くでは無い懲罰部隊に気付けるだけの材料は無い。
そんな彼に、上ずった調子の乙女の声が、コール音の後に通信で聞こえてくる。
「アプレンティスか。えっと、何番だ?」
『わ、私は8番です』
アプレンティス――レヴァーテの自慢の妹達は全部で15体居る。
全員がアプレンティスであり、それ以外のこれと言った正式な名前は無い。
だから、番号分けで呼ぶ事になっている。
名付けは彼女達の愛用する外套に刻まれた数字に由来する。
レヴァーテはともかくアプレンティス自身、ジェネルまで…要はジェネレイザの全員がそうしていた。
その内の8番が今日の通信担当らしく、彼女
『現状報告をお願いしてもよろしいですか?』
「ああ、今オレは懲罰部隊の近くに居るが、まだ動きを見せていない。連中、状況を全く把握出来ていないんだろうな」
既に彼らにとっての本命たる大物の一角が落ちているが、彼らは気にせず宴会を続けている。
それをマディスが目視で捉えているが、気付かれないのは彼が夜闇に溶け込んでいるからではない。
「おかげでオレは気付かれてすらいない」
向こうがどのように策を張り巡らせようと、ジェネレイザ製の各種隠蔽システムが彼を認識する事を許さなかった。
しかし、それを過信していないマディスは、自ら音声を切っている為に外のやり取りを聞けず。
また、偶然なのか男衆がマディスのいる方向を向く頻度が増えている事から「演技の可能性もあるがな」と警戒しつつ苦笑する。
直後、彼のラーニングしている読唇術で下らない話しかしてない、向く頻度が増えたのは単なる偶然だと分かると、見つけた可能性を否定した。
「やっぱり今の無しだ。オレに気付いていないのがはっきり分かった」
『この短時間で…流石です。お姉様やアペード様がお褒めになる理由が分かりますね』
「あー……」
レヴァーテの事は、彼女達が妹である以上避けられないし、特段気にしている訳でも無いのでスルーしたが、アペード――アペード・ラジーの名を聞いた途端、彼は頭を抱えた。
「オレは
すると、8番は慌て気味に尋ねてくる。
『理由をお尋ねしても?』
「ほら、あいつとオレは対極同士、みたいだろ。あいつは正々堂々とした戦いをするが、オレは闇討ち惨殺何でもござれだ。あいつみたく胸張れる要素なんざオレには無いんだよ…」
《ライトスチール:オフェンサー》であり、数少ないグレードS-の純白の騎士たる彼とは考え方も性質も真逆である。
その為相性という面で最悪に近しく、ジェネレイザ本土に関する非常事態――ゲームだった頃のストーリー終盤マップのような状況にでも追い込まれない限りは彼らが組む事は無い。
『そうでしょうか? アペード様は以前マディス様の仕事ぶりをお褒めになっていましたよ?』
「社交辞令って奴だろ。所詮建前に過ぎないさ」
しかし、社交辞令と決め付け淡々と返してはいるが8番曰く彼からの評価が高い事に内心驚いていた。
何処に褒められる要素があったのか、と疑問に感じつつ。
「まあ、何やかんやで大物狩りはのんびり出来そうだ。オレは陽動も請け負っているからな」
陽動といっても、魔物の数が急激に減ってくれば誰だって気付くだろう、とその程度の事だ。
必要以上に姿を晒したり、痕跡を残したりするのはその陽動の内には組み込まれていない。
現在ジナリア達は別行動を取り、本命である魔王軍の情報収集に励もうとしている。
弱体化が著しいとはいえ帝国の手の煩わせる大軍の存在に、ジナリアは興味津々であった。
帝国がどのようにして猛攻を食い止めているのか、それを調べられるのもあって。
『マディス様が…! 頑張って下さい、応援しています!』
「あー、うん。そうだな、頑張る」
お前たちの応援は過剰なくらいに伝わっているよ。
しかし、そんな事を切り出せば彼女達が傷付くのでは、と思った彼は底抜けに明るくなった声に対し、そこまで言い出せず内心に留めた。
「定時報告の割りには世間話が多いな」とマディスは苦笑気味に切り上げようとする。
あまり長話をしていると8番の仲間達が嫉妬で怒りかねない、という配慮も兼ねて。
「…これぐらいでいいか?」
『はい、もう頃合いですね。では、また明日お願いします。良い夜を~』
ご機嫌な発言で締めた通信が切れて、再びマディスは頭を抱える。
「オレに好かれる要素なんてあったかねぇ…」
実を言うと、アプレンティス全員がマディスのファンなのだ。
ジェネルやレヴァーテへの高い忠誠もあるが、それ以上にマディスへの好意が高い。
だから、通信担当を誰にするか向こうでは何時もの如く揉める事が多い。
それでも、交代交代で全員が出番を確保出来るように彼女ら自身が率先して取り仕切っているのが奇跡だ。
ただ、マディスへの好意が高すぎるせいか今回の作戦中だけでも、予定時間を数分過ぎてしまう事もあったり、通信中にマディスの生声を聞けた事への興奮のあまり暴走したり気絶してしまったりと、アプレンティス達を中心としたハプニングが少なからず発生している。
状態異常の類いは一切効かない筈だが、アプレンティスの反応の数々はその常識を疑う程に異常であった。
「さて、向こうは上手く行ってるのかね…」
壁の向こう側のジナリア達を案じつつ、先程まで下らない話しかしていなかった男衆が動きを見せるのに気付く。
見ると、大袈裟気味に身振り手振りをする隊長格らしき男達を中心に彼らは耳を傾けていた。
音声は聞こえていなくとも、読唇術によりマディスには筒抜けなのだが。
「『次は北のマッドフラワーへの道を切り開く』、か。あのデカい花の事か。あの辺りはそいつ自身から出ている独特の匂いにそういう作用があるのか、魔物の密度が高い。暫くは魔物の群れが足止めしてくれそうだな。…これで南側の顔裂け狼を落ち着いて狩れる」
マディスは動きを見せた事に感謝しつつ、立ち上がった。
そのまま闇夜に溶け込むように歩き去り、彼の姿は忽然と消える。
気付かないままでいる正規軍の面々を嘲笑うかのように。
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