第18話 闇夜に紛れて【前】
護衛役の四人が無傷で持ち帰ってきた衝撃的な一報。
それは例の美姫の二人の内の片割れより送られてきた、皺だらけの文書に記載されていた。
色々と前置きなどが書かれてはいるが、要約すると代表者と会って直接話がしたい、という誘いだった。
習いたてであるのか、ベノメス達からすれば所々文法が間違っているが大凡はそんな内容で合っている。
まず、これを一目見た直後に出たのが、話す内容なんて向こうにあるのか、という疑問だった。
少女からのお誘いと言われればロマンチックなあれそれを想起させるが、この文書に限っては違う。
しかし、何らかの意図があってこちらを呼び出そうとしているのは間違いなかった。
「罠の可能性もあり得ます。慎重に決めた方がよろしいかと」
部下の一人である猫の獣人が言う通り、帝国軍の形成する警備網の縮小と弱体化を狙ってベノメスやアルコミックを呼び出そうとしている可能性もあり得る。
だが、ベノメスはそれを否定した。
「わざわざ罠を仕掛けてくる理由が向こうには無いな。その気になれば俺やアルコミック君の寝首を掻くぐらい容易だっただろうに」
ベノメスと行動を共にしていた者達と彼自身はよく知っている。
彼女の恐るべき実力を。
それに、集会所の第3控室内、それも外に会話が聞こえないように厳重な魔法結界が施されたこの場にいる面々も薄々感づいている。
敢えて良くない可能性を提示するのは、改めて口に出す事で自分達の油断を削ぐ狙いがあるからだ。
「場所も時間帯も明確に提示されていて、それで突っぱねると言うのならこちらの良識が疑われるぞ」
文書の中には落ち合う場所と時間が丁寧に記載されている。
余談ながら、ベノメス達からして文書のその部分をそのまま読むと、場所名と時間の後に「場所」や「時刻」という文字が続く読み方になる為に、一同が揃って最初に読み上げた際に若干和やかなムードになってしまった。
今はその緩くなった雰囲気を引き締めるべく全員が躍起になっている。
これだけきっちり場所と時間が決められていて、それでどちらかがそれを無視しようものなら、無視した側の相手からの心象が下がる。
向こうがそんな事をするとはまず考えられないし、こちら側からそうするのは何としても避けておきたい。
リスクは重々承知の上で、会いに行く。
帝国兵達の方針はそのように固まった。
「昼前をご所望である為、直ちに準備をする。アルコミック君にも俺に同行するよう伝えてくれ。それと、護衛として腕に自信のある奴は何人か付いてきて欲しい。が、あまり大所帯になってくれるな。では解散しろ」
ベノメスの命令に対し力強い返事が部屋中に響く。
鬼が出るか蛇が出るか、ベノメス達の奇妙な会合が始まろうとしていた。
マカハルドの東エリア。
その一部が彼女達の指定の場所である。
『懲罰部隊』と鉢合わせる可能性を考慮し、ベノメスとアルコミックだけでなく護衛の兵士達も正体を隠すように外套を身に付ける。
思えば、美姫二人が着ていた外套と色合いが似ており、彼女達もまた姿を隠さねばならない事情があったのだな、とベノメスは思った。
その美貌を隠す為か、あるいはその正体を隠す為か。
その真相は彼女達のみぞ知る。
ある程度隊列を乱さず歩いていると、物陰から飛び出してくる人影を目撃し、一同は足を止め警戒する。
現れたのは一つの外套姿の人物。
正体を明かしてはいないが、目的の人物の一人だとベノメスには分かった。
「安心しろ、送り主の妹様だ」
若干肌を刺す、纏う雰囲気に余裕があまり無い為に一発で分かったのかもしれない。
こちらの警戒がそうさせているのだと経験則から判断し、部下に警戒を解くよう命じる。
すると、警戒を解いた途端に彼の判断の正しさを裏付けるように彼女もまた警戒を解いた。
「…こちらです」
外套を纏う灰髪の美姫に案内され、一同は日陰の空間へと向かう。
そこでは案の定、もう一人の外套姿が待っていた。こちらが白髪の美姫と見て間違いない。
「やあやあ。此処まで来てくれたという事はあの手紙を読んでくれたんだね。いやぁ、気合入れて書いた甲斐があったよ」
その割には文法が所々間違っているが、などと言う無粋なツッコミをする者はこの場に居ない。
ベノメス達は沈黙を貫き、美姫に話を続けるよう促す。
「さて、少し失礼するよ」
すると、白髪の美姫は赤く彩られた画面を空中に展開し、それが消えた途端に何かしらの結界が周囲に形成された。
それはベノメス達を包み込み、まるで外界から遮断しているように結界の外の者達からの認識を受け付けない。
使えるからこそ分かる、隠蔽術式の数々。
自分達のそれを遥かに凌駕するものを、さも当たり前かのように容易く展開するのを見て、誰もが、目の前の二人が敵う筈の無い相手だと理解する。
此処から先は慎重に応対しなければ、誰にも知られずに排除される。
一同に緊張が走るのは時間の問題だった。
「そう畏まらなくて良いからさ。軽く自己紹介しようか」
彼女達は外套を取り払い、改めて自分達の姿を明かす。
麺料理店で見た姿と然程変わらないが、人間から生まれたとは思えないその完成された美貌と、鼻孔をくすぐる、混ざり合ってよりお互いを心地良い程に引き立たせている上品な花の香りに誰もが息を呑んだ。
見るのが初めてではないべノメスでさえ、気を抜くと彼女達の美しさに見惚れてしまいそうだった。
「私の名はジナリア。こっちはコルナフェル。覚えておいて」
ジナリアと名乗る白髪の美姫が流れるようにコルナフェルという名の灰髪の美姫を紹介する。
姉からの紹介に合わせ彼女は会釈した。
今度はこちらの番だな、とベノメスは一層気を引き締める。
「私はラジール・ベノメス。エルタ帝国第56小隊の隊長だ。こちらは同じく帝国所属、第6中隊分隊長を務めるアルコミックと言う」
「へえ、同じ兵隊なのに所属が違うんだね。中隊規模を分割してるんだ」
「今は訳あって数少ない兵力をこちらに割いてもらっている。その訳と言うのが――」
「魔王軍の西方からの襲撃。でしょ?」
それを聞いてベノメス達がざわつく。
予想はしていたがまさかそこまで把握済みだったとは。
「…ご存知だったのですね」
「そりゃ勿論。
只者では無い雰囲気ではあったが諜報員であったとは。
だが、こうして対話の機会を得られたからとその所属を迂闊に尋ねようものなら始末されかねない。
詮索は危険だ、と判断した矢先。
彼女の口から更なる衝撃的な一言が。
「さて、君達に所属を明かさせておいてこちらは明かさないというのは不公平だね」
力量差ははっきりしているのに不公平などというのはあり得るのか。
しかし、そうは思っても誰も口を挟めはしなかった。
「私達は、北の果ての島にある機皇国ジェネレイザから来た」
唖然。帝国の男達にとてつもない衝撃が走った。
嘘を言っていないように聞こえるが、それでも信じられない為に問う。
「北の果ての島…『呪われた島』ですか?」
彼らの常識からすれば、北の果ての島、そこに存在する国家から来るなどという話は与太話に近かった。
あそこは魔力による土壌汚染が酷い島。
島全域はおろか近海ですら生物が住めなくなってしまって久しい。
今の今までそれが回復し人が住めるようになったとは誰も聞いたことが無い。
それに加えて、国家が、それも聞き覚えの無い勢力がそこにあるなどと言っているが、彼らには質の悪い冗談にしか聞こえてこなかった。
「ああ、君達はそう呼ぶんだったね」
「達?」
「彼らについて知ってそうだったから助かったよ」
彼らとは誰の事だろう。
ジナリア達に顔の向きを固定する隊長と分隊長を気にせず顔を見合わせる一同。
ベノメスにも、誰の事かは分からなかった。
この時までは。
「本題に移る前に、まずはこれを」
先程の赤い画面を再度展開し、それの前で指を横に振ると、画面が反転する。
すると、そこには見覚えのある顔の数々が映し出されており、一同は目を見開いて口々に声を上げる。
「こ、これ…!」
「島送りにされた平民達だ…それも一週間前に…!」
「全員居る、間違いありません!」
「ああ、やっぱりそうだったんだね。この国の仕業だったのか」
その一言を聞いて、全員が急に黙る。
やっぱりとはどういう事だろうか。
それ以前に、帝国のせいではあるが、帝国だけのせいでは無いと教えたところで、それを信じられるのだろうか。
ベノメスは冷や汗を掻きながら問う。
「弱みを握るつもりか…!?」
「別に? 君達が知ってそうだったから教えてあげただけだよ」
あくまで前置きの一つに過ぎないと、こんなものは脅迫の材料ですら無いと、彼女はあっさりと告げる。
それを聞いて、最悪の可能性を頭に浮かべつつベノメスは更に問うた。
「…無事なのか?」
「元気にしてるよ皆。私達の国でね。それだけは絶っ対、保証するよ」
島送りにされた彼らはジェネレイザが無事に保護している事もあっさり告げられ、ベノメスは胸を撫で下ろしていいのかどうか分からなくなり、改めて規格外な存在を前に辟易していた。
そんな彼の一方で、人情派である為に彼らの身を人一倍に案じていたアルコミックは安堵のため息を吐く。
「良かった…」
「訳ありなんだねぇ、君達も」
まるでお互い様であるかのような言い様ではあるが、最早ベノメスにはそれを詮索する気力すら失せていた。
まだ本題に移ってない以上、何を要求されるか分かったものでは無いからだ。
島送りは既に把握されており、恐らくは難民達からの信頼を勝ち得た上で根掘り葉掘り帝国の現状を知っている事だろう。
助ける代わりに隷属を要求されても、それを拒否しようものなら王国等の列強国との全面戦争になるより酷い目に合うに違いない。
それを要求されたなら、素直に従う他道は残されていなかった。
ベノメスは恐る恐る、美しくも恐ろしいジナリアへ問う。
「それで、本題と言うのは…」
「ああ、そうだね。頃合いだし本題に移ろう。私達が君達に要求するのは取引だ。実は、君達の手助けをしてあげようかと思ってね」
ジナリアは現在地の遥か向こう、外壁を指差した。
指し示しているのは、外壁ではなくそこに屯する『懲罰部隊』である。
「あの懲罰部隊とやらを、私の仲間が排除してあげる」
それから、その指が差す先はベノメス達に切り替わる。
「そして、君達を帝都まで無事に送り届けてあげよう」
その直後に何を喋るのか。何故だかベノメスには予想がついた。
その予想は予言のように彼に答え合わせをする。
「君達はあの魔王軍が陽動も担っていると踏んでいる」
何時、何処で、誰から知った。
暴走が許されるならベノメスはきっとそう言っていただろう。
隠せない程の動揺が、ベノメスに伸し掛かる。
「いつ帝都が奇襲を受けるか気が気で無い。そうだろう?」
それらの情報は機密の筈。
誰かが口を割った訳では無いだろうが、ジナリアは知っていた。
ベノメスは息を呑む。
最早機密など意味を成さない。
彼女の前では全てお見通しなのだ。
これはもう、どんなに不利な条件を吹っ掛けられようと、彼女達を味方に引き込む他無い事を示していた。
「懲罰部隊が居なくなれば、君達も帝都に安心して帰れるだろう?」
彼らにとっては確かにそうなのだが、ベノメスは失礼を承知で彼女に割り込むように問い掛けた。
「何をするつもりだっ、ですか…?」
「いや何、ちょっとばかり良い事を思い付いてね。君達には協力者になってもらいたいんだ」
それは即ち悪事であっても許容しろと言うのか。
だが、協力以外の選択肢は無い。
ベノメスは渋々了承する。
「何をするかは知らないが、よろこんで引き受けさせてもらう」
「ありがとう。君達が加勢してくれると心強いんだ」
それは本心からそう言っているのか。
彼我の差を既に見知っている彼は困惑する。
「それで、私達は何をすれば良いか」
「君達には人払いと、懲罰部隊の監視をお願いしたいんだ」
そんな事か、と拍子抜けに感じつつ請け負おうとする彼に、またしても衝撃的な発言が飛び込んでくる。
「君達と友好でありたくてね。最終的には此処の国と同盟を結ぼうかと思っているんだ」
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