第17話 動き出すもの【後】

「強え、強えなマディスの野郎!」



 一方のジェネレイザ北端に存在する上下に入り組んだ雪原、ハーミット・クリフ。

 その地下の巨大研究施設に存在する広々とした休憩室にて時を同じくしてジナリアから提供されたリプレイを大画面モニターで数多のメカが観戦していた。


 ゴリラを参考にした骨格のLサイズに該当する8mもの巨大な体格を持つ迷彩色の人型メカが、体を揺らして興奮する。

 足踏みの度に床が揺れ、そもそも足だけですら1mもある彼の体には、大量の火器系統が備わっているので危険な事この上無いのだが。


 そうした危険も承知の上である頭のネジが外れた面子ばかりがこの研究施設にたむろしている。

 今や、ユニリィ・ファクトリアにある火薬庫やメルケカルプ・フォートレスよりも危険な場所となっていた。


 小刻みに跳ねる机や椅子を気にせず、背中が異常に折れ曲がっているガスマスクの亜人形メカであるジャモラクと白衣を纏った橙のスーツの金髪の青年、完全な球体を人型になるよう複雑な形に変形させたような姿の3m程の灰色の亜人形メカは各々の飲み物に口をつける。

 ガスマスクを外せないジャモラクと3つの、それも回転する緑の円しか持たない顔の3mのメカはどうやって飲むのかはさておき。



「あ〜、しくったな。マディスはんに無理言って連れて行ってもらえば良かったかな〜」



 飛行円盤型のメカはこのジェネレイザにも存在する。

 だが、映像に映った飛行円盤はこれまで確認されていない新種である為ジャモラクは貴重な機会を逃したと頭を抱える。



「貴方では悪目立ちしてしまいますよ。貴方の範囲攻撃は微調整が難しいのですから」


「せ、せやったな。マディスはんの足引っ張る訳にもいかんからな…」



 金髪の、眼鏡をかけた二枚目の青年がジャモラクの持つスキルを理由に微笑みながら答える。

 それに対しジャモラクは付いて行かなくて正解だったか、とコミカルな身動きで返した。


 金髪の青年の名はベレストル・アルマーディカと言い、《マッドドール:サイエンス》たる彼はジナリア直轄の『トワイライト』の一員にして、ジャモラクの親友であった。

 彼は研究の方が得意である為に、当然ながら潜入等少人数かつ確実な結果を残さないといけない作戦の候補からは除外されるものの、代わりとばかりに特例でハーミット・クリフでの勤務が許可されている。


 一応、隠蔽システムの一種である認識阻害システムには見た目を偽るものもあるのだが、一部のメカは適用外となる。

 ジャモラクもまた、適用外となるメカの一つであった。



「マディスだけが適任なのは初めから分かりきった事だ。あいつは小柄で目立ちにくいし、何よりジナリア様がお気に召している」



 同じく『トワイライト』の一員である灰色の亜人形メカ、《ダークスチール:バンディット》のハーヴェルは小さく駆動音を立てつつ蛇腹状の腕を組み、関節部のカバーの黒色を前から隠す。

 そんな彼の話にジャモラクとべレストルは興味深そうに耳を傾けていた。


 マディスの兄弟機であり、設計思想が似ていてグレードも互角の彼だが、マディスの方がより信頼されている事と、Mサイズの割に大柄な3mもの体格が仇となり今回は抜擢されなかった。



「ハーヴェルはんはマディスはんの事信頼してはるんやな…」


「当然だ。自慢の弟だからな」



 ジェネレイザに貢献出来る、上司から揺るぎない信頼を得られる事はメカにとっても名誉であり、貢献の為の活動を単身で順調にこなそうとしている者が身内に居る事に、ハーヴェルは大きく胸を張った。

 …未だ収まらない地震の影響で上下に跳ねつつ。



「……って、何時まで騒いでんだオロッコ!」



 ハーヴェルは何時まで経っても収まらない地震に業を煮やし、騒ぐのを止めない8m巨人に怒鳴りつける。



「あう?」



 気抜けした様子で立ち止まり、地震を止ませるオロッコ・バシュレイという名の茶色を基本色とした迷彩の体に、外装甲で覆われた顔を持つ巨人。

 《ワイルドギア:ボアーズ》である彼も『トワイライト』の一員であるが、信頼とか設計思想とかの以前にそもそも選択肢に入っていなかったのは言うまでもない。




 カルヴァルズ・フルドの中心メインタワーの北に位置する機皇城。

 その真ん中の道を進んだ先にある『ギア・ホール』では玉座に座るジェネレイザの統率者、黒紫の豪奢な鎧に身を包んだ機皇帝ジェネルが忙しなく業務をこなしていた。


 そんな中、彼の元にある一報が飛び込んでくる。

 それはジェネレイザの至宝たる三姉妹の次女、β-コルナフェルより齎されたものだった。



「ほう、信頼に置ける国を見つけたと言うのか」



 西大陸に存在する中規模国家、エルタ帝国に加勢し、同盟を結びたいという上申であった。

 ジェネルには顔が無い。

 が、静かな空間によく通るその声色は明るいものだった。

 何より、彼は嬉しかったのである。自分達の意思で、信頼を置く存在を見つけたのだから。


 設定上、彼女達とは親子の関係にあるが設計思想が似ているとか同じパーツ、素材を使っているからとかそのような話は一切無い。

 だが、決められた役割である以上それを忠実にこなさなければならない。

 そうしていく内に、実の親子のような親密な関係になっていった。

 こうなると、身も心も傷付いて、されながらも成長していく彼女達の身を案ずるというのが親心というものだろう。



「お前達には長らく苦労をかけさせたからな。せめてこれぐらいはさせてやらなければな、とは思っていた」



 それが異世界に来て果たされる事になるとは。


 ジェネルは運命というものの奇抜さを感じずにはいられなかった。

 終わりかけた世界から一転、右も左も知らない世界の中で、自分達の存在を強烈かつ確実に刻み込もうとしている。


 それが吉と出るか凶と出るか。

 それはこの国の団結力に委ねられた。

 音声を現在切っている為にシステムメッセージで受理の有無を問い掛けるシアペルに、受理するよう命じる。



「お前達の信じた道だ。好きなようにやりなさい」



 こうして理不尽に揉まれつつある帝国を救う作戦が正式に決行される事になった。





「――そう言えば今日、定時連絡の日だよね?」



 翌日。

 国の方針が更新された重要なファクターの最中、白く純粋な空間の中で大きな丸いテーブルの置かれた、壁も天井も無い、陰陽だけが色を付ける白い部屋。

 それは確かに、ジェネレイザの一部として存在していた。


 そのテーブルを囲むべく置かれた16個の椅子の内、主の座る豪華な椅子以外に、白く、神聖な外套を纏う15人の少女達が座る。


 大きく豪華に作られた椅子は、『見習い』たる彼女達を時に厳しく、時に優しく導く偉大なる姉の為のもの。

 故に座る事も、汚す事も彼女達には許されていなかった。


 彼女達は花と甘い香りの仄かに香る中、ティーセットやお菓子の数々を机の上に規則的に並べて、お茶の湯気を燻らせて優雅にお茶会を開いていた。


 出来ればお姉様にも参加して欲しかったな、と誰もが思いつつ。



「うん。今日も定時連絡。夜から」


「今日の当番はだあれ?」



 お茶を飲みながら一人が答え、もう一人が細かく噛み砕いたお菓子を飲み込んで一同を見渡すと、彼女の向かい側に居る一人が恐る恐る手を上げた。



「わ、私です……」



 お茶もお菓子もちびちびとしか進めない彼女の自信の無さそうな様子を見て、他の全員が顔を見渡して彼女を元気付け、自信を持たせる事にする。



「大丈夫よ8番。この権利は皆平等にあるの」


「貴方から奪わせはしない。それは絶対に守り通すよ」


「時間を間違えたり、通話中に暴走したり気絶したりしなければ問題無いよ」


「――ちょ、ちょっと。掘り返すのは止めて……」


「あの粗相は思い出したく無かったのに……」


「ううううぅ……」



 自信付けの筈が、流れ弾を受けてしまい集団の内の三人がそれぞれ個性的に悶絶する。

 そんな彼女達を見て一同がころころと笑った。

 和気藹々とした光景に、8番という名の少女の顔は段々明るくなった。



「あ、ありがとう。みんな……」



 勇気と元気を貰い、彼女は意を決して定時連絡に望むのだった。

 その相手は、もう一つの憧れで、愛しい人。

 黒液晶のよく似合うお方であった。

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