第39話 ペインターと黄金機械【後】

「さて、次は僕の番だ。覚悟してもらうよ」



 使用武装:カラーガン

 スキル:《カラーズ:シュートペイント・レッド》



 発光。炸裂。

 赤い線の描かれた金色の薬莢が排出され、黒服が赤色へと染まっていく。

 胸を中心に赤く汚された男は勢いのあまり後ろへと倒れる。が、黒服の男に外傷はおろか服装に傷も一切無く、すぐさま起き上がった。



「ふ、ふん、痛くも痒くもねぇな!」



 倒れた拍子に落とした剣を拾い上げ、黒服は再度グリムを攻撃しようとするも、その動きは止まる。

 数秒の硬直が終わると、その場に力無く倒れ込む。同時に武器の虚しい金属音が鳴った。



「―――ァッ……ッ」



 声にならない悲鳴を上げつつ、急遽胸を押さえ苦しみ出した黒服。

 一体、何が起きたのか。金色のスーツの男を始め、黒服達は変わり果てた同胞の姿を目にして愕然とした。



「色は効果を表す。僕の能力を知らずに来たというならお気の毒」



 外套の裾を踊らせつつグリムは軽快に語る。

 その間にマス目の外をちらりと見やるが、そこに倒れている者の姿は無く、彼は再び集団へと向き直った。



「赤は『痛み』を与える色。死にはしないけどとても苦しい思いはしてもらうよ」


「…ええい! 一斉にかかれっ!」


「……君たちそれで大丈夫?」



 性能評価は何よりも重んじるべきだと言うのに。

 彼はそう思いつつもカラーガンを構えずに、金色のスーツの男の号令で迫る黒服達を前にして相棒が動き出すのを待った。

 マス目を規則的に進んだ重装甲を身に纏う巨体は、俊敏に動き目前に立ちはだかるだけでも重圧が増す。


 実際、グリムへと突進した者達が阻まれ、気圧された。

 装甲の隙間より出てきた粘液状の黄金が振り上げられた右腕に集まっていくのを見るも、それだけしか出来ない。



 スキル:《チューンゴールド:メガナックル》



 二回り程大きくなった巨人の腕が前方2マスに居た黒服達を押し潰す。

 彼らは黄金の拳が破壊した石畳から漏れ出てくる血溜まりとなって、すぐさまマス目上から姿を消した。

 何かが落ちる音が乾いて聞こえ、振り向いた黒服だけが外に出来た、10人分の血で出来た赤い池を見る事になった。



「く、くそっ!」


「相手はたかだか冒険者一人と使い魔だけだろ!?」


「何でこんな事に!!」



 巻き込まれなかった者達は斧や槍、矛に銃を使うも黄金の巨体には傷一つ付けられない。

 《ガード:物理系無効》のスキルが、無情にも彼らの攻撃を阻んでいた。



「そっか。君たちも



 淡々と呟くグリムに、男達は背筋が凍る感覚を覚えた。

 彼らが零れ落ちそうな程に見開く目の先には、カラフルな外套を着た青年と、外見の綺麗な巨人が居る。

 だが、第一印象で抱いた色物冒険者の姿では無い。抗いようの無い実力を宿す二体の強者の姿である。


 殺気の類いは感じない。しかし、それ故に恐ろしい。



「痕跡を残さず始末したから誰がやったのかも分からない。それ故に僕達を色物としか見ていなくて、こうして接触してくる。実態を知っている訳でも無いのにね」



 マスの上を優雅に見える程軽快に歩いていくグリム。

 一歩、また一歩と近づく度に黒服達は声も出せない恐怖に震え、心臓が早鐘を打つ。

 そんな彼らをただ見据えるフードの下の虹色の相貌が一層恐怖を煽っていた。



「おかしいとは思わなかったのかな? それとも、自分達なら上手くやれる自信があったのかな? …まあ、君達の事なんてどうだって良いけど」



 冷酷に述べる彼の背後より、濃い影に染まる黄金の巨人の腕が伸びてくる。

 最早黒服達にマス目の外は頭から抜け落ちており、ただ、自分達を消さんと迫る強者から目を離すことが出来なかった。


 太陽は高く登り、正午が少しずつ近づいてきている頃合い。

 先程まで騒がしかった筈の、ひとの無い寂れた区画には変わらずグリム達が居る。

 そこに交戦があったと示す痕跡など一切無く。



「これくらいなら魔物達を仕留めた方がマシだね。魔物の強さによっては人に褒められるし、それにお金が稼げる」



 痕跡を消すという事は、当然ながら相手の所持品だけせしめる…などという横着は出来ない。

 所持していたままなら関与を疑われてしまうし、売り捌いたところで暗部の人間に探られてしまう恐れもある。

 ならばいっその事存在ごと消し去ってしまった方が事後処理が面倒にならなくて済む、というのがグリムの見解であった。


 彼の目線は周囲に撒き散らした、地面と近しい色合いの塗料を見ている。

 それが徐々に馴染んでいくのを目視で確認すると、再び彼の目は相棒の雄々しい姿に向いた。

 顔と思しき部位の無い巨人からは、心配の情が抱かれている。少なくともグリムにはそう思えた。



「……」


「こんな事で誠実な有力者と組めるのか、って? 大丈夫だよベントネティ。彼らが僕らを探ろうとして、実際に掴ませるのは冒険者としての僕らであって、こんな事する僕らは掴ませない。彼らには必要無い情報だからね」



 隠蔽システムと戦闘システムを駆使した裏社会の人間の抹殺が上手く行っている事は他でもない、今回遭遇した者達の反応が示している。


 抹殺の多くは欲に目が眩んだ者達の自業自得だが、中には不幸な事故も少なからずある。

 だが、その不幸な事故も全て身勝手な主義主張が招いた結果であり、グリム達に特にこれといった負い目は無い。


 そして、裏社会の人間が次々姿を消しているという事件は大きな混乱の種となり、芽吹きつつある。

 今回はもたらされる不安に当てられた――そんな推測をグリムは立てている。



「生き残らなければと躍起になる者達が今回みたく表立って行動を移し始める。そうすれば八傑の誰かは動くと見て間違いないだろう。それはそれとして、裏社会の勘の良い連中は僕らが関与している事に辿り着いている筈だ。…まあ、相互不干渉の為に交渉の席を用意されたところで着くつもりなんて無いけど」



 表向きは善良な冒険者という看板を背負っている以上、マイナスイメージに成りうる行動は出来る限り控えておきたい。

 しかし、今回は付き纏われており、そのまま放置していては不味い事になる為始末した。


 それでも、反省点は幾ばくかあるとすら彼には思えた。



「殺害しない前提でも、何もしなかったのは不味かったね。威嚇行為の一つや二つはしておくべきだったか」



 前日の時点で、壁越しに攻撃を加えたり、空を飛んでくる者達をグリムの武装が放つ、比較的無害な色に染め上げたりする事も可能だった。

 だが、そうはしなかった。

 何故かというと単純に、集合の時間に遅れそうになったからである。



「……」


「時間を確保出来なかったのは僕の落ち度だよ。あの日の内に出来たとは言え欲張り過ぎた」



 パムラタァナの平原の掃討は本来は受けるつもりの無いクエストだったが、それを受ける前までは時間的余裕が生じ、集合時刻の20分前には拠点まで戻って来れると考えた為に受ける事にした。

 その結果が前日の、更に今日の出来事を招く事になったが。



「…さて、反省終わり。流石に半日も姿を現さないのは不味いからそろそろ行こうか」





 ◇◆◇





 人気の無い区画を離れ、グリム達が次に訪れたのはラカド=アンマータ。そこにある冒険者ギルド。

 今は昼時というのもあり、殆どの冒険者がクエストや食事に出ており、中は少しの人員がうろついている程度。



「さて、今回は良さそうなクエストはあるのかな」



 何時もの如くベントネティを外に待機させたグリムはギルド内にある掲示板に貼られているクエストの中から所要推定時間がなるべく短く、それでいて報酬の高いクエストが無いかを探す。

 だが、更新したばかりの依頼が閲覧出来る時間帯を過ぎている為に、儲かりやすいクエストは他の冒険者が既に受けていた。



「まあ、毎回おいしい思いが出来る訳無いか」



 こればかりは早くに来れなかった為に仕方が無いと割り切り、受けられる依頼をこなそうと受注書を取ろうとした矢先、昨日も会った受付嬢が彼へと駆け寄ってくる。

 走ってきたばかりの為呼吸が乱れており、額からは汗も噴き出ている。



「ぐ、グリム様。緊急の依頼が入っております…」


「うん? 誰から?」


「そ、それが……」



 噴き出た汗の上から更に冷や汗を流しつつ、受付嬢は持っている紙に記載されていた差出人の名を読み上げる。



「王国八傑の一人、レミネス・ホイリィ様から……」



 協力者に据えるべき有権者として挙げた王国八傑、その一角からの指名。

 願ってもない好機が向こうから来たという事に、グリムは気付かれない程度に口角を上げた。

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