第38話 ペインターと黄金機械【前】
「王国の有権者かぁ…」
冒険者をしつつコネクションを獲得するという、一見不可能とも思えるベルディレッセからの命令。
王国の都市の一つ、その
ベントネティはその巨体を動かして角張った頭をグリムへと向けた。
グリムが嗅覚センサーで感じ取った巨人の持つ匂いは金属特有のそれであり、好みは分かれる。
彼がその匂いを好んでいるかどうかは微妙に上がった口角が物語っている。
「……」
「ああ、心配しないでくれベントネティ。一応目星は付いているんだ」
言葉は無くとも黄金の巨人が何を言いたいのかは理解している。
彼は手で制すると、ベントネティはその数秒後に再び顔を上げた。
現在、彼らは隠蔽システムの各種を発動させており、外の人々からは彼らの姿は見えず、また何も聞こえていない。
元より気にするだけの他人の居ない空間にて、グリムは巨人を納得させるだけの説明を始めた。
「予め指定していたら、いざ味方に付けようとして失敗した場合のリスクが高まるからね。友好的であるなら誰でも構わないんだよ、ベルディレッセ様は」
作戦指示の時点ではベルディレッセは味方に付ける人物を
そして、彼は自身の言う目星の詳細を述べる。
「貴族に関わりを持つのも良いけど、今まで出くわした連中が全員関係者じゃ無かったとは断言出来ない。僕としては王国八傑の誰かにするべきだと思う。そうだな、誠実を地で行く人ほど味方にしやすいかな」
王国八傑とは、貴族とはまた異なる有力者の集団を指す。
貴族、平民等社会階級を問わず、実力と実績が社会的に評価され集められた8人の男女。
少しばかりの情報はグリムの耳にも入っているが、ラカド=アンマータに於いては手厚いサポートを行う対象である冒険者をあまり刺激しないようにする配慮なのか、この街ではあまり情報は入ってこない。
片や清廉潔白や誠実を地で行く者、片や荒々しく振る舞う者等……同じ集団から出る評価とは思えない噂話を時折ベルディの部下が持ち帰り、彼らにも伝わっていた。
その中でも前者の方を味方に付けるべきだと考える。
「一期一会にするのは得策とは思えない。即座に撤退する前提ならまだしも、敵が未知数な現状でなら特に、ね」
彼は同胞はベントネティしか近くに居ないにも関わらず、長期を見越してそういった者達と協力関係を結ぶべきだと主張する。
尤も、会話の内容は彼ら以外には聞こえていないが。
「さて、お喋りはこれくらいにしよう。頼まれたからにはきちんとやり遂げなくちゃね」
隠蔽システムの一切を解除し、再び彼らは外界へと戻ってくる。
少し歩いた所でグリムが足を止め、ベントネティも動きを止める。
その直後、青年の口角が上がる。予め
そして、それらの反応は背後にあり、彼らは振り向いた。
「やあ。また会ったね」
ぞろぞろと姿を表す黒いスーツ姿の男達を見てグリムは気さくに声を掛けた。
顔ぶれの中には、つい昨日にグリム達を追跡した者達も居る。
そんな黒スーツ達が脇に退け、姿を現すのは少々彩りの下品な金色のスーツと杖が特徴的な背の低い男。
髭を貯えたその男はさも面白くなさそうに眉間に皺を寄せた。
「白々しい。姿を隠していた癖に」
「まあ、
グリムの発言を気にも留めず、金色のスーツの男は杖の先端をグリム達へと差し向ける。
「用件は既に分かっているだろう。その巨人をこちらに引き渡せ」
「それに何のメリットがあるというんだい?」
「決まっているだろう。我々の方が巨人の生み出す黄金を適切に扱えるからだ」
グリムはその説明を聞いて目が点になる。
誰に、という部分が抜けていた為に齟齬が生じているのだと考え、彼は訂正した。
「いや、そうじゃなくて。僕に何のメリットがあるのか、という話だよ」
「金ならたんまりくれてやる。それこそ、一生遊んで暮らせる程のな」
当たり前のように言ってのける男の発言を耳にしたところで、靡く気持ちなど微塵も湧いてこない。
クエストを幾つかこなしたり、倒した魔物の素材を売るなどして得た資金のおかげで、金銭には困っていない。
一生遊んで暮らせると言われた所で、両者の考える遊びの定義というものは恐らく、根本的に異なっている。
「うーん、却下。魅力的に感じないや。それに、お金には替えられないよ。僕のかけがえない友達を」
グリムもベントネティも、《マギア:メタリズム》においては特殊なマップにしか出現しなかった。
ベントネティが初期から存在する資金稼ぎ用のマップに出るならば、グリムはバージョンを追って新しく追加された、塗装バリエーションを開放する為に挑む事になるマップに出現する。
だからこそ、出番の限られているメカ同士、シンパシーを感じたのかもしれない。
そんな彼には仲間を売るつもりなど最初から無かった。
要求が通らなかったのを聞いてか、金色のスーツの男が手を挙げると、黒服の男達が各々の得物を何処からともなく出現させる。
「だからと言って、無事でいられるとでも?」
「ああ、そういう事するんだね」
黒服達がじりじりと距離を詰めてくるが、グリム達に驚いた様子は無い。
予想通りと言わんばかりに、ベントネティが構え、グリムは横に伸ばした腕の先に大きなドラムを持つ銃、カラーガンを呼び出ししっかり握る。
「まあ、こっちとしては分かりやすくて助かるよ」
グリムが口角を上げると共に、無数の正方形を描く白い線の数々が地面の上に出現する。
すると、50人居た黒服達は近くに居た一人に引き寄せられていく。
「な、何だ…!?」
金色のスーツの男が驚くも、その頃には5人で一纏めにされた、10人の黒服達に変貌を遂げた。
2×2のマス目の上に立つ相棒を尻目に1マス分の上に立つ青年は、ドラム部分を肩に軽く当てつつ答える。
「容姿の似通った、実力の拮抗する者同士は一纏めにされる。このマス目の上でのルールの一つさ」
「何の魔法だ……!?」
黒服達は自分達の身に起きた出来事が信じられないといった様子で辺りを見回している。
こんな事が可能なのは、この世界
「魔法じゃないよ。…って言われてもピンと来ないか。実践してみれば分かるんじゃない?」
「随分と余裕だな。お前、自分が何をしたのか分かっているのか?」
黒服の一人がようやく自身が置かれた状況が飲み込めたらしく、グリムへと指差す。
最初は戸惑いを浮かべたグリムだったが、その問いの意味を理解し、返答する。
「まあ、それも実践すれば分かるよ」
「言ってろ、吠え面かかせてやる!」
剣を握り締めて突進を仕掛ける黒服の一人。一方でグリムは目を閉じて微動だにしない。
黒服の男は自身の攻撃が当たると確信し、その剣を振り下ろす。
だが、身を捩ったグリムの体は剣の軌道より外れていた。
「そう言えば、世の中には性能評価というものがあるらしいね」
剣先を石畳へと叩きつけた後、今度は低い姿勢で横一閃に振るう。
だが、奥へと避けたグリムには掠りすらしない。黒服の男は冷や汗をかきつつも剣を次々と振るうがやはりグリムには当たらなかった。
異常なのは、グリムが自身の立つ1マスの上から出てすらいないという事か。
「ユニットのステータス、装備の質、使用スキルの補正。それら全てを引っくるめて性能評価というんだ」
「何が言いたい!?」
「このマス目の上では君の今しているそれは格闘という名称でスキル扱いになる。でも、これだけやって僕に届かないんじゃ何処かに、それも致命的な問題があるね。…例えばその剣とかさ」
「言わせておけば!」
「やみくもに振ったって結果は同じだよ。それは僕の側の性能評価が物語ってる」
隣接したマス同士での攻撃と回避の応酬は、彼が淡々と述べる言葉と共に続いていく。
どんなに1マスの上から追い出そうとしても、グリムは器用に回避するばかりで1マスの上に立ち続けている。
どうあがいても、黒服の男の技量ではマスの外に追いやる事すら不可能であった。
「両者の性能評価で算出される結果は不変なもので、当てられる攻撃は確率で当たるし、避けられる攻撃もまた確率で避けられる。だけど、彼我の差が大きいようなら絶対命中もしくは絶対回避になる。そう決められているんだ。…こんな風にね」
性能評価の説明を端的に終えたが、黒服の男達と金色のスーツの男は唖然とし、立ち尽くすばかり。
聞き逃したようにも見えるが、彼は特に気にもせず続ける。
剣を振り上げた男の胸へ、その銃口を向けた。
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