第28話 リアクション:マカハルドの後始末【前】

「やっぱり朝のキャラメルミルクは格別だねぇ」



 惨劇が起きた次の朝。

 第3控室。

 夜の喧騒が嘘だったかのように太陽が温かく照らすその部屋の中で、能天気な少女の声が聞こえてくる。

 彼女は心地の良い朝日を浴びながら、自前の純白のマグカップを握り、その中身を堪能している。



「私のおすすめはキャラメル4に対しミルク6の比率だよ。キャラメルの甘さとミルクのまろやかさが良い具合に絡み合うんだ。ささ、君達も試してごらんよ」



 微笑み混じりに彼女が指を弾くと、もう一人の少女、彼女の妹が集められたメンバーに彼女と同じものをそそくさと人数分配置していく。

 一方の集められたメンバーは、全員浮かない顔をしていた。


 それもその筈。

 なにせ彼らは帝国所属の軍人。

 彼女達二人より告げられた衝撃的な一報を聞き、勧められた飲み物を堪能するとか、そんな場合では無いからだ。



「なあ……」


「おいしく飲むコツはよく混ぜ合わせて飲む事だ。どうしてもキャラメル部分が底に溜まってしまうからね、一工夫が要るんだよ」



 この場にいる軍人の一人、第56小隊隊長を務めるベノメスは置かれた飲み物に対して熱弁する少女、ジナリアへと恐る恐る声を掛ける。


 だが、彼女の熱弁は続き、なら妹であるコルナフェルへ、と助けを求めるも、彼女は目を閉じて待機しており――おそらく見えてはいるが――それを視認していないので、取り付く島も無い。

 心なしか彼女がすっきりした様子であるのを指摘する勇気を彼は持ち合わせていなかった。



「おい……」


「あっ、この中にアレルギー体質だと言う人は居るのかな? もし、そうだったら遠慮無く言ってほしい。別の飲み物に取り替えるよ。代わりに私が頂くからさ」



 あんたが飲みたいだけじゃないのか、という反射的に思い浮かんだ突っ込みはさておき。

 ベノメスの吐いたため息に、アルコミックを含め帝国軍人の面々が合わせる。



「……あんたが気を利かせて、俺達のケアをしようとしてるのは分かってるし、実際ありがたいと感じている」



 ベノメスは無礼の無いように、それでも滝のように流れる汗を誤魔化せないまま辿々しく言葉を紡ぐ。

 不可解な現状を前にして、頭を抱えたくなったのをぐっと堪えつつ。



「だがな、何をどうしたら5000もの軍勢が一夜にして姿を消すんだよ……」


「何を、って先に言ったじゃないか。私の仲間が排除するって」



 ジナリアの口から語られたのは、『懲罰部隊』の排除の完了。

 コルナフェルの口から語られたのは『暗夜衆』を名乗る暗殺部隊のリーダー格の排除。

 暗殺部隊からの襲撃があったその日に、彼女らの宣言通り『暗夜衆』と『懲罰部隊』はきっちり始末された。


 それでも。だとしても。

 ベノメス達帝国軍人が関わった面々以外の、彼らが居たという痕跡一つすら残っていないのは、誰がどう見ても不可解であった。

 昨日の晩にとてつもなく眩しい閃光を見た、という情報は多数寄せられたものの、それ以上の情報は無い。



「ひょっとしなくても」



 ベノメスは今や帝国全域に知られている、ある事件を思い出す。

 と、言ってもそうするだけの材料は既に彼女らにより見せられていたので、思い出すのは容易であった。



「ジャバナ海賊船団が消えたのも、あんたらの仕業なのか…?」



 北の海を根城にする、厄介なアーティファクトを所持していたとされる中規模の船団。

 丁度、島送りにされた者達が『呪われた島』改め機皇国ジェネレイザへ辿り着いたと思われる日付と、船団が姿を消した日付とが合致する。


 その為、行方不明となる事件に大きく関わりを持っていると、彼は推察した。

 対するジナリアはくすっ、と笑う。この場合は肯定を示しており、ベノメスは余計に顔を青くした。



「ああ、居たねそんなの。ジェネレイザに対しとんでもない無礼を働いたものだから、締めちゃったんだよ」



 あんたの言う「締める」は、我々の認識を逸脱している気がするが。


 恐ろしさのあまり、そう言い出すことが出来なかった彼は口をつぐむ。

「とんでもない無礼」がどの程度のものか想像できた、というのもあり。



「さて、この地でやる事は粗方片付いたね」



 くるりと一回転し、ジナリアはようやく本題に入る。

『懲罰部隊』と魔物の大物、その二つの懸念事項が消失したからには、これ以上マカハルドの地へ留まる理由がベノメス達にもジナリア達にも無い。


 最低限度の防衛戦力にだけこの地へ留まってもらい、それ以外は次の目的を果たしに向かわなくては。

彼らにとっても、異国より訪れた彼女達にとっても、本番はここから始まる。



「残るはこの帝国に同盟を申し出る事だ。頑なにNOを突き付けられても私達は諦めるつもりは無いよ」



 一度救うと決めた為に、彼女達に折れるつもりは無かった。

 彼女達の発言に対し、ベノメスは一つ提案を申し出た。



「それなんだが、帝都に向かう前に先にバンティゴへ行こうと思っている」


「ふむ、理由を聞こうか」


「どの道上層部には話を通さないとならない。話を円滑に進める為に味方を増やしておこうかと思ってな」



 ベノメスの狙いが分かったジナリアは、彼が明言するより先に口を開いた。



「なるほど、今度は私達に英雄になって欲しいんだね」



 流石のコルナフェルも無視できなくなったか、片目だけを開けてベノメスの方を見る。

 言い当てられたと思ったのか、顔の色合いの戻ってきたベノメスの口角が不敵に上がった。



「…ああ、そうだ。凱旋の大変さをあんたらにも味わわせたくてな」


「言う様になったね。だいぶ面構えが良くなったじゃないか、ベノメス君」



 ジナリアもまた、彼に釣られるように不敵な笑みを浮かべた。



「君の望み通り帝国の希望になってあげようじゃないか。元よりそのつもりだったけれど」



 彼女がそう宣言して暫く経った後。

 落ち着いたとみて、すっかり顔色の良くなったベノメスが質問を切り出す。



「なあ、ずっと気になっていた事があったんだが、良いか?」


「どうぞ」


「なんで王国より俺らを選んだんだ?」



 それは、彼ら帝国の立場としては至極当たり前のような質問だった。

 既に彼女ら自身で答えを出してはいるが、今が彼らに教える絶好の機会とみて、まだ言いたそうな彼に発言の続きを促す。



「あんたらなら強い国に味方した方が良かったんじゃないか? なんでわざわざこんな面倒事に首を突っ込んだんだ…」



 元列強国と、現列強国。

 発言力などを考えてみれば間違いなく王国に軍配が上がる。


 それなのに、帝国に味方する事を選んだのは何故か。

 確かに対魔族の技術や、鉄鋼生産という観点に於いて帝国は優秀である。

 しかし、それらだけが帝国に味方する見返りとして相応しいかと言われると首を傾げるのが今のベノメス達である。


 ジナリアはそれを聞いて再びくすっ、と笑う。

 何かおかしな事でも言ったか、と顔を見合わせるベノメス達だったが、特に変な事は言っていないと確信し、困惑しながらも彼女の回答を待った。



「なんでって、親切心に決まっているじゃないか。…幾ら全盛期より落ちぶれたからってあまり自分達を卑下しないで欲しいかな。列強の座を引きずり降ろされたのは君達のせいじゃないんだから」



 落ちぶれたという言葉の広義上、それに該当するのはジェネレイザとて同じである。

 国家としての知名度。失われた領土。一部設備の元々の形状や機能の少々と失ったものがジェネレイザにとってもあまりにも多い。



「それに、『懲罰部隊』のあの態度。女を食いものとしか見てない目にムカついたからでもある。それが例えどんなに強い大国であったとしても、許せなかったんだよ」



 加えて、幾ら社会的地位が高かろうと、平気な面をして理不尽めいた横暴を働く国家に与するつもりは毛頭なかった。

 寧ろ、そんな事をしようものなら国として侮られてしまう、と考えたのが今のジェネレイザである。


 ベノメス達は改めて価値観のまるで違う存在を相手に打ち震えた。

 一方のジナリアはそんな彼らを気にする素振りすら見せずに淡々と話を続ける。



「で、君達がバンティゴで会わせてくれる上層部とは誰なのかな?」


「将軍。…魔王直轄5遠征軍を食い止める帝国軍を指揮する大将軍閣下だ」


「へえ、それは」



 にやり、と彼女はまたしても不敵に笑む。

 狂気と色気を醸しだすそれには、正しく妖艶という言葉が相応しい。



「面白いじゃないか」

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