第29話 リアクション:マカハルドの後始末【後】

「あー、お父様、聞こえる?」



 密談を終えた第3控室にて。

 帝国軍人である彼らは諸々の手続きの為一旦席を離れている。

 そんな中、じっと待機しているコルナフェルを尻目にジナリアはソファに寝そべってジェネレイザに居るお父様――ジェネルへと通信越しに話し掛ける。

 設定上は家族であるが、一国の主と、それに仕える従者の一体という明確な上下関係がある事も忘れてはならない。


 しかし、彼女の口調は血の繋がった親子である事を思わせる程に馴れ馴れしいものだった。



「同盟の件、上手くいきそうだよ。仲良くなった英雄君が向こうの大将軍にアポを取ってきてくれるってさ」



 ソファの上で体勢を変えて、うつ伏せの姿で足をぱたぱたと振る。

 彼女のワイシャツはボタンが3つ外れており、そこからは二つの微かな膨らみが少しだけ見えている。

 キャラメルミルクを先程堪能した為か――第3控室の中に漂う甘い匂いが彼女を包み込む。

 誰も見ていないから、とガードを薄くした状態で会話に集中する彼女は、今はコルナフェルに守りを委ねていた。


 例えそう定められた役目であろうとも、一国の主である事を貫き通そうとしているのが機皇帝ジェネルである。

 故に多忙であり、このような時間を取る事は中々難しい。


 彼女達にも忙しくしていた時期があった為に、彼の苦労というものは心の底から理解出来る。


 それでも、それを踏まえた上で娘として甘えたいのが今の彼女達であった。

 ジナリアの目には、三姉妹が三人揃って彼に抱擁される姿が想像の光景として映っている。

 それを現実にする為にも、彼女達は奮闘していた。



「やり通してみせるよ、ジェネレイザの未来の為にもね」



 その赤い目には狂気染みた愛への渇望が色濃く浮かぶ。

 やり取りを聞いていたコルナフェルの青い目にも。





 ジェネレイザの一角である白い部屋の空間。

 レヴァーテの席のみが空いているそこでは、15体のアプレンティスが一同に集まり、幸せそうにお茶と菓子の数々を味わっていた。



「もうすぐだね……」


「ねー」


「あの人がもうすぐ…もうすぐあの人に……」


「会えたら何してもらう?」


「サイン……欲しいです」


「肩車してほしい……」


「私はブラックバレットの補充を手伝いたい…」


「抱っこされたい…」



 彼女達は手に持っているティーカップやお菓子を落とさないよう最低限の配慮をしつつも、浮かれていた。


 それもその筈。

 もうすぐ帰還すると、マディス自身から連絡があったからだ。

 救援作戦は無事成功を収め、これ以上ジナリア達と同行するのは無用だと彼女達からそう判断され、消耗品の補充がてら次の指令に向けジェネレイザ内にて待機する。


 暫くジェネレイザに留まってくれるかもしれないし、あるいは、すぐ出撃になるかもしれない。

 彼女達はそんな間の時間の内に、マディスにして欲しい事を次々並べていた。


 誰も聞いていないと完全に油断しきっている『見習い』達の口から出てきたのは、身分を弁えてか慎ましい欲求の数々だった。


 あるいは、あくまで間の時間に過ぎないと踏まえた上で、彼の負担が少ないものを敢えて考えているのかもしれない。

 ……考えるあまり、目の前の違和感に誰も気付くことが出来ず。



「そうだよねー、マディス君って人気者だもんね」


「あの黒液晶をぴかぴかに磨きたい……」


「メンテナンスって何時していらっしゃるのかな? 出来れば手伝おうかな……」


「……うん? ちょっと待って」



 マディス呼びはおかしくない?



 アプレンティス達はざわつき、辺りを見渡す。

 敬称を付けない不届き者、あるいは侵入者は誰なのか、慌てて目視で探し始める。

「あちゃー、見つかっちゃったか」と、入り口の近くに居たその人影はわざとらしく目立つ素振りをした。


 本来、この場に居ない筈の者。

 ジェネレイザが誇る強者の一角。

 銀の模様を浮かべる純白のフード越しに、誰もが目を見開いた。



「み、ミリー様。…何時いらしたので……?」



 服の上から出ている特徴的なうさ耳とうさぎの尻尾を揺らす、豪華な特製バニースーツを身に着けた、青髪の少女。

 ビックパンドパディを牛耳る、ミリー・オルネアだった。



「ついさっきだよー。前来た時に、セキュリティが甘いってレヴァーテに伝えた筈なんだけどな…」


「きょ、許可が必要な筈です。お姉様にミリー様とお会いする予定は無かった筈ですが……」


「許可も何も、グレードS-以上なら入れるんだよね、ここ」



 アプレンティスはそれを聞いてあっ、と間抜けな声を出す。

 ミリーもまたレヴァーテ同様グレードS-であり、進入は容易であった。


「全員いるね」、とミリーはアプレンティスの全員を見渡すとある提案を持ちかける。

 それこそが、彼女がこの空間に来た理由であった。



「それよりさ、暇してるならちょっと手伝って欲しい事があるんだけどさ」


「せ、せめてお姉様にお話を……」


「そんなまどろっこしいのは抜きにしようよ」



 レヴァーテが留守である以上、今この場に於ける支配者はミリーである。

 不用意な事を口走って、彼女の機嫌を損ねる訳にはいかなかった。

 特に、いたずら好きである彼女を。



「ビックパンドパディのVIP会員にしてあげるし、マディス君にも会わせてあげる。……悪い話じゃ無いでしょ?」



 小悪魔のように笑む彼女の魅力的な提案。

 アプレンティス達を見る青い双眸は、吸い込まれそうになる程妖艶に輝いている。

 後ろめたさを感じつつも、彼女達はそれに乗ろうとしつつあった。





 白い部屋の空間で何かが起ころうとしている一方、機皇城の中央に存在する『ギア・ホール』。

 ジナリアからの通信を終え、ジェネルは普段通りの実務へと戻る、その前に座る玉座へともたれかかった。



「……彼女達には寂しい思いをさせてしまっているな」



 伝わるのは声だけであろうとも、その声から機皇帝は察する。

 α-ジナリア、β-コルナフェル、γ-ベルディレッセを未知の大陸へと送り込んだのは、他でもない彼女達を深く信頼し、その実力を高く評価しているからだ。


 それでも、油断ならない大地である。

 こちらの知らない未知のテクノロジーが存在する可能性だってあり得るし、彼女達が容易く破壊される事だってあり得る。

 表には出さずとも、彼女達が不安と寂しさを募らせるのも無理からぬ事であった。



『今のこの状況が落ち着き次第、長い休暇を設けるのも悪くありませんね』


『そうね、まだ一月も経っていないけど働き詰めになるのは心に毒だわ。メリハリは大事よね』


『うーん、そうなると遠征軍の編成を見直した方が良いっすかね。アペードの真面目バカも寂しがるでしょうし……』



『ギア・ホール』と通信を繋いでいるシアペル、ユニリィ、メルケカルプが口々に発言する。


 彼女達は――ジェネルもそうだが――メカの備える『心』というものを重要視していた。

 戦いにおいても普段の業務においても、心の有り様が成果を大きく分けるのだと。



「いや、アペードは遠征軍にとって要の戦力になる。外す訳にはいかない」


『だったら、一度くらい会ってあげて下さいっすよ。こちらに来てから陛下は一度もお会いしていないじゃ無いですか』


「……いずれは暇を作ると伝えておいてくれ。お前の都合の良いタイミングで良いとも、な」



 それでも遠征軍の出発前には作っておかなくてはな、とジェネルは苦心しつつ思う。

 アペードを放置気味だった事を自責している気持ちを切り替えるべく、彼は今度はユニリィに話を振った。



「そう言えば、ムル・サプタスとエレ・ジルコランテの整備はどのようになっている?」



 ユニリィに問うは、これまたジェネレイザが誇る強者の一角の現状。

 彼女の管轄である為、彼女に問うのが一番手っ取り早かった。



『居住地並びにプラントの建設と並行して進めていた為に問題ありません。何時でも出撃出来るよう準備を整えていますが…その……』


「何かあったのか?」


『ムルが遊びたいと、ウォーターガンをまた無断で持ち出していまして……ファクトリアの一部の従業員が水浸しに……』



 ユニリィに「苦労を掛けさせたな」と労いの言葉をかけ、ムルの我儘具合に少し辟易する。

 だが、彼女のそういった一面とも正しく向き合うのも機皇帝の役目である。



「彼女の退屈凌ぎになるかは分からないが……いずれ遊びに行くと伝えておけ」


『陛下自らが…!? 良いのでしょうか…ううむ……』


「あの子に釣り合う相手となれば、それこそ私ぐらいしか居ないさ」



 未だこの世界と馴染めていない異界の国家。

 その国では、日常と言う名の異質な日々が毎日の如く送られていた。

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