第25話 大鬼と闇鬼【後】

 マディスが姿を消した一方で、ジナリアはベノメス達を珍しく月が既に高く昇っている夜に呼び出していた。

 合流場所は勿論、彼らが積極的に利用する集会所の第3控室。


 ベノメスは朝を待たずしてのジナリアからの呼び出しに慌てて準備し、最低限の護衛とアルコミックしか引き連れていなかった。

 目を閉じ沈黙するコルナフェルを背後に待機させ、彼らの到着を待っていたジナリアは寧ろ好都合、としたり顔を浮かべる。



「やあ、夜分遅くに失礼」


「一体、どうしたと言うのです。急ぎの報告というものですか?」


「うん、その急ぎの報告というものだよ。つい先程、私の部下が東の大物を討伐した」



 扉を閉め切って、隠蔽システムが作動しているのを確認した上でベノメス達は小さく喜びを露わにする。

 ジェネレイザに任せっきりになってしまったが、大物を全て討伐出来たのは喜ばしい事であった。



「おお、ついに。では、また明日に凱旋を行うんだな」


「そうだとも。だけど、君達に伝えることはそれだけじゃない」



 ジナリアが表情を改めるとともに、彼らの顔付きもまた真剣なものに変わった。



「懸念材料が少なくなって、丁度いい頃合いだ。彼らを排除する」


「もう直接排除に出るのか…!?」



 大物の一角ブラックオーガを討伐したその日に『懲罰部隊』の排除に出向くと言い出すジナリア。

 実情を知らない彼らからすれば、部下の疲労は癒えているのか、と少し心配になっていた。



「ああ。これ以上は彼らが邪魔だしね。部下にさっぱり取り除いてもらう」



 しかし、ジナリアは確信のある表情を変えない。

 彼女がこうまで言うのだから、成功率は極めて高いものなのだろう、と彼らは一先ず納得する。

 彼らの表情を一通り伺った所で、ジナリアは続ける。



「それと、今日は帰り道に気を付ける事だ。君達、狙われるよ」


「暗殺部隊が出向くと…?」


「そう、彼らの誘導は既に行っている。この集会所を出て、数歩歩いたら出くわす事になるよ」


「待ち伏せの危険性は?」


「あるけど、無いようなものだ。こっちは何人居るのか把握してるし、だいたいあんまり出入り口から近いと目立つじゃないか」



 ジナリアの報告はあまりにも詳細で、冗談のように聞こえるが、彼女が同時に展開させていたコンソールの画面が嘘では無いと証明している。

 集会所である事を示す箱を囲むように、敵を示す赤い点が大量に表示されている。

 彼女は赤いコンソールをもう一つ展開させ、外に配置したドローンが映す映像を一同に見せた。



「だけど、妙なんだよねぇ。さっきから誰かを探すような様子を見せてる。もしかしなくてもターゲットの一部が見当たらないのかな?」


「…そのターゲットの一部というのは、あんたらの事じゃないのか?」



 わざとらしい問い掛けに対し、ベノメスは呆れ気味に答える。

 すると、ジナリアはいたずらっぽく笑みを浮かべて、再度問い掛ける。



「ふむ、何故そう思うのかな?」


「何故も何も、あんたはこの前言ってただろう。狙っているのは俺とあんたらだと。……あんたらの隠蔽技術を持ってすればこの連中を欺くぐらい容易だったんじゃないのか?」



 それを聞いて数秒沈黙すると、ジナリアは軽く拍手をする。

 唖然とするベノメス達の一方で、コルナフェルがため息を吐いたのはきっと気のせいでは無いのだろう。



「ご名答。ジェネレイザの事がよく分かってきたね」


「……あんた、俺を試したのか?」


「まあ、少しばかりね」



 ジナリアは木製の椅子に座ると、軽快な動きで足を組んだ。

 よく見ると、ワイシャツの一番上のボタンが外れており、ラフな体勢故にラフな格好が一層目立って見えた。



「絶対に失敗出来ないと、真剣に取り組むのは結構な事だよ。でもね、私は懸念材料の減った今、君達には肩の力を抜いて、リラックスして欲しいんだ」



 ジナリアの言うことは尤もではある。失敗が許されないからと緊張していてばかりでは、何時か綻びが生まれてしまうと言うもの。

 ……ただ、肩の力があまり抜けない状況下を作った張本人に言われた所で説得力はあまり無かった。



「…人を英雄に仕立て上げておいてよく言うよ……」


「まあ、人生経験上人の前に立つ、人々に歓迎されるというのは何れ役に立つんじゃないかな」


「俺は一介の兵士に過ぎないんだが……」



 彼女はころころと笑うが、ベノメスはあまりにも馴れ馴れしく振る舞う、この規格外な存在に振り回されっぱなしの現状に辟易としていた。

 同時に、結局大物を全て狩るまでに会う事の無かった彼女の部下に同情の意を示しながら。



「まあ、ご忠告感謝する。あんたも夜道に気を付けてな」


「ああ。良い夜を」



 ベノメス達が部屋を後にし、第3控室の扉は再び閉まり切る。

 彼らに軽く手を振り、部屋を出ようとしない姉の姿に、コルナフェルがようやく口を開く。



「…助けなくてよろしいので?」


「それは暗殺部隊の動向次第だね。確証が持てない以上不用意に動くべきでは無いよ」



 コンソールは集会所から出てきたベノメス達の姿を見て慌ただしくなる暗殺部隊の様子を捉えている。

 やはり、ターゲットの数が足りないらしく、暗殺部隊の少数だけが彼らの追跡を開始し、大勢が集会所の近くの屋根の上に留まっている。



「…さて、私達も行こうか。これでたくさん来てくれたら面白い事になりそうだね」





「居るな。さっきから」



 ベノメスは長年の経験からか、不躾にこちらを見ている視線の数々を感じ取った。

 隠蔽魔法の類いを用いて姿を消しているようで、現在護衛の一人がその魔法の解除を試みている。



「…ダメです。流石は王国の部隊と言いますか、こちらの解除を受け付けません」


「やはりか……」



 追手に聞こえないよう小声でやり取りする。

 …が、相手は王国の部隊である為に集音魔法の類いを使っているとも考えられた。

 小声は一先ず取り止め、帝国でのみ用いられるハンドサインを使ってやり取りする。



(何処に誘い込むのが一番だ?)


(物陰や屋根の少ない場所が一番ですが、そうなると限られてきます)


(ジナリア様方と合流したいところだが…上手くいきそうには無いな)



 ハンドサインでのやり取りの結果、とりあえずは集会所より遠い場所に移動する事を選んだ。

 だが、ある程度走っていると暗器の類いが足元を狙って飛んできたのが見えた。

 躱してみせるも、これでは遠ざかるのもままならないとして、彼らは迎撃に移る。



「彼女らに助けを求めますか?」


「いや、何時までもおんぶに抱っこではいられん。此処は俺に任せろ。お前たちは背中を取られないよう固まっておけ」



 不可視の敵集団が相手だが、ベノメスは夜闇の中、腰に下げた二本の剣に手をかける。

 それを見ているアルコミック達は残った面々に背中を預け、剣を引き抜いた。



「俺も、一人の隊長だからな」



 技能:《虚空こくうがん



 ベノメスは目を閉じ、集中力を高めて己の世界に入る。

 使った技能はまるで妨げる者など無いと言わんばかりに不可視の敵集団の位置を閉じた視界の中で知らせる。

 それを隙と見たか、ベノメスへ向けて複数の鋭利な暗器が至る方向より飛んできた。



 技能:剣・《りゅうすいけん



 目を開き、ベノメスは暗器の数々を近いものから順に弾いていく。殆どを打ち落とす中、一部の暗器を飛んできた方向へと向け跳ね返した。



「がっ…!」



 小さく呻いた声を聞き漏らさず、ベノメスは勢い良く屋根へと飛んで登る。

 その者が再度動くより先に、ベノメスの振るった剣の一閃が斬り伏せた。

 屋根を血で染め上げ、闇夜に溶け込んでいた黒尽くめの男が地面に落ちていく。


 《虚空眼》の効果時間はまだたっぷりある。

 隠蔽魔法が作用しているのを良い事に不用意に動く相手など、ベノメスの敵では無い。



 技能:剣・《せんようよく



 次に彼が放つは、飛ぶ斬撃。居合の要領で横一閃に放たれたそれは、暗殺部隊の三人を捉え、背中を深く抉った事で夜闇の中からその者達の姿を晒させる。


 これで4人目。

 ベノメスの実力に驚いたか、彼の背後からがむしゃらに暗器の数々を投げる者が一人。

 しかし、量を求めるあまり精度の落ちたそれらは彼に命中する筈も無く、迫りながらも、干渉してくる軌道のもののみを切って弾く彼を止められなかった。



 技能:剣・《くゆらせさんじん



 ゆらりと小さな煙のように曲線を描いて動く刃の動きを誰にも読まれず、一回の剣閃が一人を撫で切り、二回目の剣閃が近くに居たもう一人を袈裟斬りにする。

 三回目の剣閃は主に血飛沫がかからぬよう、斬った二人から彼を遠ざけた。


 6人目。

 ターゲットが思いの外強かった為か、あるいは自分達だけは見つかっていないと思ったか、今度は四人同時に飛びかかってくる。

 他の隊員たちには何が起ころうとしているのか理解出来ていなかったが、ベノメスからはその動きが見えていた。


 ベノメスは呆れながらも構える。

 隠蔽魔法に頼り切りだからこうもなるのか、と。



 技能:剣・《裂鬼れっきざん



 空中の四人を強く振るった横一閃が薙ぐのは、時間の問題だった。

 深々と服の上から開いた裂け目より血を噴き出して四人が一斉に倒れる。


 《虚空眼》は斬った10人以外に残った敵が居ない事を示し、ようやくベノメスは剣を鞘に納めて一息吐いた。



「お、お見事です」



 部下達はあまりにも速すぎた為に何が起きたかを理解出来なかったが、隊長が一息吐いているのを見て、無傷で追手を全滅させたと理解した。


 暗殺部隊の平均レベルは30である。

 平均レベル20程度の帝国の兵士達では力量差もあって不利な戦いを強いられるだろう。

 だが、一人だけマカハルドに配置された帝国軍の中で、レベルの突出した男が居る。

 その男こそ、ラジール・ベノメスだ。


 彼のレベルは42であった。



「さて、あのお二方は逃げおおせたか」



 ベノメスは集会所の方へ向き直り、ジナリア達の身を案ずる。

 恐らく案ずるだけ無駄だろうな、と思いながら。






「見つけたぞ……」



 鼻から下までを布で覆っているものの、少々皺のある顔だと分かる逆立った白い短髪の男がようやく姿を現したターゲットを静かに尾行する。


 彼こそが此処マカハルドに送り込まれた『暗夜衆』の派遣部隊、そのリーダーを務めるゾルバである。


 彼は一時的に上司となる若き優等生プルグレリスの名に従い、マカハルドに屯する怪しい女二人の生け捕り、もしくは暗殺を命じられていた。


 怪しい女の情報はとにかく美しい、白髪と灰髪の二人組である事しか掴めておらず、最初は探す事から苦労した。


 普段は外套を着てはいるが、料理店や露店などでその特徴的な素顔を晒していた為に、部下の一人が呆気なく見つけ、それ以降はその者達の動向、傾向を探るべく尾行に徹した。


 だが、そこで問題が発生する。

 尾行を続けていたにも関わらず、部下達からはターゲットを見失ったという報告が多数あがった。


 視線を逸らしたからだとか、そのようなしょうもない理由では無く、追っていたにも関わらず突然視界の中から姿を消すのである。

 まるで、そこには最初から居なかったかのように。


 王国が誇る、隠蔽魔法を無力化する魔法の行使も行わせたが、それでも突然姿を消したという報告が多数寄せられる。

 開示の魔法が無意味である事は誰がどう見ても明らかだった。


 そのような二者が今、姿を隠さず堂々と散歩している。

 その為じっくりと観察する事が出来た。

 二人の整えられた白と灰の髪、時折互いに向き合う事で見える紅と青の瞳が、彼女達の美貌を一層際立たせている。

 令嬢と平民程に出で立ちに決定的な差がある事に疑問を覚えるが。


 正しく、両者共に美姫という称号が相応しい美しさであった。

 思わず部下の一部が見惚れて息を呑む程に。


 魔性の月は、時に隠密行動中の者でさえも狂わせる。

 あの女達を抱けたなら。

 どんな声で鳴くのだろうか。

 油断し切った女達を見る視線からは次第に欲望が湧き出てきた。


 何日も手掛かりを掴みそびれた事が続いた為に、苛立つ気持ちを欲望をぶつけて発散させようとしている。

 ゾルバの命令が一つでも下されたなら、今にも飛びかかろうとするだろう程に。


 ゾルバもまた、食い入るように、目で犯す勢いで美姫に不躾な視線を向けている。


 だが、そんな甘ったるい時間は長く続かなかった。



「…そろそろ出てきてくれないかな。私達はもう待ちくたびれたよ」



 冷水をかけられたように、冷静さを欠いた頭が急速に冷める。

 それは紛れもなく美姫の片割れである白髪の少女から聞こえてきていた。

 見ると、先程までもう一人の美姫を楽しそうに見ていた赤い瞳は冷酷に『暗夜衆』を見ている。


 一体どうやって見つけた。

 隠蔽魔法の類いは機能していた筈だというのに。

 こうなっては仕方無いと、隠蔽魔法を解除し彼女達の元へ姿を現す。



「おやまあ。こんなに大所帯でどうしたのやら」



 ゾルバは彼女が両手を広げながら紡ぐ能天気な言葉に、とぼけやがって、と思った。



「お前達の身柄を拘束する為だ。これも仕事なんでな、悪く思うなよ」



『暗夜衆』の面々は美姫二人へにじり寄る。

 100人構成の派遣部隊の内、実に90人が美姫二人の生け捕り作戦に参加している。

 髭面の男の暗殺に向かった10人に哀れみを抱きつつ。

 こんな人気の少ない場所に誘い込んだなら、助けを求めた所で誰も来る訳は無い。

 ゾルバを含め、『暗夜衆』の全員が任務の成功を確信していた。



「いやぁ、助かったよ。そろそろ妹が我慢の限界だったんでね」



 何の事か、と誰もが思う。

 すると、灰髪の美姫が白髪の美姫の前に歩み出た。

 夜闇でも黒い服越しであっても分かる豊かな胸と尻に男達の視線は食い付いていく。

 我慢の限界というのはそういう事か、と期待に胸を膨らませた。


 それが勘違いであったと思わずに。



「マディス君とのやり取りで思ってはいたけど、腕が鈍るから、やっぱり試し斬りの相手は必要だねぇ」



 そんな能天気な声が聞こえてくると共に灰髪の美姫の手に握られたのは一本の細い、単純な形状の剣。

 異様なのは、その表面の模様。

 単純な三角形でありながら、それが


 何かがおかしいと、誰もが理解する。

 灰髪の美姫に宿る青い光は身が凍り付く程冷酷に見えた。



「威力は通常の10分の1に絞っています。耐えてくださいね」


「耐えた子はお姉さんが褒めてあげよう♪」



 寧ろ、我々が誘い込まれたのではないのか。

 そう思った時にはもう遅く、無造作に振るわれた異様な剣より放たれる閃光に誰一人残らず呑み込まれた。

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