第45話 蠢く闇【後】
彼女が問うているのは、背の低い男の持ってきた鞄の中身が『デュフォン』だと理解していた上での取り引きか、否かである。
その質問に含みの類いは無い。仮に知らなかったと言ったところで男達の罪が軽くなる訳でも無い。
金銭との物々交換をした、それそのものが男達の犯した罪なのだから。
「ぐっ、い、言うものか!」
「おい、相手は王国八傑だぞ!」
時間稼ぎのつもりなのだろうが、他の冒険者チームと合流した時と同じように監視の目がいたる所にあり、それらは持ち場から動こうとすらしない。
要は、無駄な足掻きである。
対応からして尋問をしたところで大した収穫も得られないと思ったのか、レミネスはため息を吐き、剣を腰鞘を納めた。
「…もういい。こいつらを拘束しろ」
待機していたガララダ班、マット班も姿を現し、二人の男の背後に回り込む。
最初から勝ち目など無かったのだとようやく理解したのか、彼らは観念してチームリーダー達に拘束される。
(それにしても…)
『ブルームーン』と『エッジブラザーズ』が手分けをして黒服達を拘束する一方で、グリムは手を開閉し、それを見つめる。
(エリア展開をせずにスキルが使えるなんて。不思議だねぇ)
ベントネティや自身がさも当たり前のようにやって見せたが、本来はあり得ない挙動である。
数日前より公開されていたマディスのリプレイを閲覧し、ひょっとしてと思いつつ意識してみると出来てしまった。
《マギア:メタリズム》とは世界の構造が異なる事が要因の一つになっていると思われるが、今のところはそれだけしか分かっていない。
もう少し解明が必要だな、と一先ずは判明した事を有益な情報として持ち帰る事にする。
一先ずは片付き、人気の少ない場所に落ち着きが取り戻された頃。
グリムは周囲を見渡し、粉末の入った鞄に一番近い立ち位置に居ると把握した。
(うーん…)
グリムは組織の構成員を捕縛する味方達に気付かれぬように、鞄に入った黒い粉末の数々に視線を向ける。
レミネスだけでなく、ガララダやマットといった手練れが居て、妙な動きが無いかを見張っている。
もしかしなくても、中身の一つを気付かれずに抜き取る事は困難だろう。
(先生の為になると思ったけどな…)
貴重な機会ではあるものの、だからと言って下手な真似をしてあらぬ疑いをかけられるのも面倒だ、と思い、今回は見送る事にしたのだった。
◇◆◇
「グガガッ」
「ギヒギヒ」
西大陸、ラキンメルダ西側バンティゴの外部。
そこでは人型であるか否かを問わず、魑魅魍魎が跋扈している。
それもその筈、そこには魔王直轄第5遠征軍が居る。
ラキンメルダの地を陥落させる為。
長きに渡り、魔族に抵抗してきた国家を壊滅させる為。
主要拠点に置かれた玉座に腰掛け、魔族の間で伝わる年代物の酒を注いだワイングラスを、窓の外に映り込む三日月へと掲げる者が一体。
オーガと呼ばれる亜人種が居る。
額、あるいは頭部より大小様々な角を生やし、育てば巨漢巨女になりうるとされる、力の象徴と呼べる程に強大な力を持つ種族の一つ。
そのオーガの一体として生まれた魔族は幼き頃より己自身を鍛え上げ、その果てに魔族の主たる魔王より称号を賜った。
豪奢な鎧に身を包み、ダークグレー色の肌を持つ屈強な肉体を持つオーガ。
異形のメカに完膚なきまでに叩きのめされたブラックオーガを赤子同然とする強者、オーガジェネラル。
ザリアドラム・ルディンゴ。
彼こそが魔王直轄第5遠征軍の統率者である。
「帝国モ随分ト落チブレタモノダ……」
憎き帝国の弱体化は著しく、魔族としては喜ばしい事である。
だが、彼の表情はそれを喜ばしく思っておらず、寧ろつまらなさを露わとしている。
「以前ハ我ラヲ害虫同然ニ消シ飛バシテ見セタ者達ガ、コウモ簡単ニ攻メ込マレル事ヲ許ストハナ」
不満があるとするならば、その帝国の凋落ぶりである。
元より心が打ち震える程の戦いを求めている彼にとっては張り合いの無い戦い程つまらないものは無い。
無論、帝都には精鋭が集結しており、この地より救援要請が届いているだろうが、彼の部下が有効化している転移阻害の効力もあり到着には時間がかかる事が予想される。
帝国の陥落。それこそが課せられた指令であり部下の能力もより確実にする為のものではあるのだが。
このままあっさりと達成してしまったなら。そんな起こりうる未来に対し物足りなさを抱く。
「全盛期ノ、ソノ五分ノ一程デモ良イ。奴ラニ実力ガアレバナ」
魔族間に伝わる伝説によると、全盛期のエルタ帝国は首都より離れた辺境であっても強者達で溢れ返っていた…とか。
ザリアドラム自身幾ばくか脚色が加えられていると考えているが、もし叶うのならその時代の猛者達と戦ってみたかった、と彼は思う。
そんな願望は頭の片隅に彼が屈強な足を組み替えると、視線を背後へと向ける。
玉座より後ろの薄暗闇の中に、その者は既に待機していた。
それが当たり前だと認識している、主たるザリアドラムは淡々とした様子で再び口を開いた。
「オイ」
その一言と共に、薄暗闇に直立姿勢で居るその部下は二歩、進み出る。
ジカランダスという名を持つ、紫色の豊かな肉体と美貌を兼ね備え、それでいて肉体を強調するような装甲と衣服を見に包んだ女性魔族は恭しく頭を下げる。
頭から黒角を、背中から蝙蝠に似た翼を、腰からはスペード型の先端を持つ長い尻尾を生やした彼女は正しく悪魔であった。
「ハい、何でしょうカ?」
「王国ノ、懲罰部隊トヤラガ一晩ニシテ姿ヲ消シタソウダナ?」
『懲罰部隊』の横暴ぶりは帝国に限らず魔族の耳にも入ってきている。
その事実が彼らの悪辣ぶりを証明していた。
帝国の民とは言え女を食い物にするやり方であったと知っている為、ジカランダスは女型故に若干顔を顰める。
しかし、それはほんの一瞬であり、ザリアドラムへ答える直前に表情を元の無表情に戻した。
「エえ、そうでス。
「大物モ、カ?」
もう一つ特筆すべきは王国の部隊のみならず大物と呼ばれる強大な魔物の反応も消失したという事実である。
どちらかが消失したならば、帝国の仕業であるとは辛うじて断定出来ただろう。
しかし、両方が突然、同時期に姿を消すというのは、今の帝国では不可能な話である。
「居ルナ。帝国ニ与スル強者ガ」
「ソうと見て間違いは無いでしょウ」
ジカランダスの返答を待たずして、ザリアドラムの周囲が歪みはじめる。
それ程までに強大な魔力が、彼を中心に渦巻いていた。
「フフ…」
高揚感。
それは、より強き存在と戦えるかもしれないという期待から湧き上がる。
「我ヲ失望サセテクレルナヨ…?」
一先ずはまだ見ぬ強者への感謝を込めて。
彼は気持ち良くグラスの酒を飲み干した。
ザリアドラムが旨い酒を飲んだ一方で、西大陸の小さな孤島も動こうとしていた。
厳密には、その孤島に住む魔族の強者が。
誰にも干渉されないよう綿密に結界を貼り、その中に一件の家を収める。
人間のものを参考に造られたその家は、人により建てられたものと遜色が無い程にデザインが洗練されている。
ただ、不満点があるとするならば。
小さな孤島の自然とは噛み合っていないという事か。
「あなた…」
「ユーレティア…」
爽やかな青年と愛らしい女性が、広いテラスの上で優雅に踊っている。
彼らの薬指には黒紫の宝石をはめ込んだ銀色の指輪があり、陽の光を反射しより一層輝きを見せている。
人間のように見える彼らだが、人間では無い。
そう、分厚く赤黒い鱗に覆われた手足と禍々しい形状をした角と尾から分かる通り、彼らはこの島の主にして、魔族なのだ。
そんな彼らの蜜月を妨げるように、一つの通信が入ってくる。
不機嫌を露わにしながら通信を聞いていた青年だったが、その内容を聞いて表情を改める。
通信が終わり、彼は申し訳無く思いつつも繋いだ手を解くのだった。
「あなた、ひょっとしなくても…」
「ああ、どうやら東大陸に不穏な動きがあるらしい。僕が確かめに行ってくる」
「どうしても」
身支度を急いで整えようとするヴィノレゼンという名の青年を、ユーレティアと呼ばれた女性は呼び止める。
「どうしてもあなたじゃ無いとダメなの?」
憂いながらも問う彼女を前にして、青年は心苦しい気持ちになる。
仕事と良心を天秤にかけるまでもなく、青年の心は良心へと強く傾いている。
それでも。だとしても。
彼が行かない理由にはなり得なかった。
「すまないね、ユーレティア。魔王様からのご指名だから、断る訳にもいかないんだ」
それを聞いてユーレティアも愕然とする。
彼
「どうしてなの…」
ユーレティアの美しい顔は悲哀に歪む。
表情から、この生活を勝ち取る為にしてきた苦労の重さというものが感じ取れる程に。
俯く彼女を励ますべくヴィノレゼンは跪いて、彼女の肩にそっと手を置く。
「この埋め合わせは必ずする。今度は休暇をとって、旅行にでも行こう」
当然ながら、それで彼女の気が晴れる訳では無い。
だが、それを聞いたユーレティアはヴィノレゼンの背に手を回し抱き締めた。
彼から感じる温もりが彼女の気持ちを少しだけ軽くさせるのだった。
「じゃあ、行ってくるよユーレティア。楽しみに待っていてくれ」
どうにか微笑みを取り繕って、飛んでいくヴィノレゼンを手を振り見送るユーレティア。
彼の姿が見えなくなるまで、彼女はその視界の中に捉え続けた。
ユーレティアとヴィノレゼン。
一組の夫婦である以前に彼らは強大な魔族である。
故に、恐れからなる可能性など想定しておらず。
これから異世界より来たる試練が降りかかろうなどと。
この時の彼らは考えもしなかった。
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