第44話 蠢く闇【前】
「おっ、ようやく来たね」
集会所を出て右に曲がり、20m進んだ後更に右に曲がった奥の路地裏。
昼下がりのこの場所にてグリムとベントネティは待っていた。
受注した依頼の内容が内容である為に、参加者が表立つ訳にはいかない。
更には彼らが目立ってしまう事もあって、少しばかり治安の悪い場所が集合場所となってしまった。
無論、
彼が外套越しに今回の依頼人であるレミネスの姿を認識し、壁にもたれ掛かっていた体を起こす。
そんな彼女の後ろには計18人程の大所帯の姿が。
ある程度グリム達に近付いた所で、レミネスは立ち止まり、集団も足を止める。
「紹介しよう。こちらが協力を申し出た冒険者チーム、『ブルームーン』と『エッジブラザーズ』だ」
レミネスが身振り手振りで後ろに控えていた集団である冒険者チームを紹介すると、その代表格らしき二人の男が歩み出る。
一人は、清潔な印象を抱ける鎧に身を包んだ、茶髪の青年。
一人は、パンクスタイルと呼ぶべきか、革ジャン革ズボンを着た、刺々しい色合いのモヒカン頭の大男。
既に足取りからして分かりやすい彼らは、それぞれ口を開く。
「『ブルームーン』リーダー、マット・フィブルスだ」
「『エッジブラザーズ』長兄、ガララダ・アージ=ベイルド。よろしくな」
片や好青年、片や荒々しい気迫を持つ筋肉質の男、と言った雰囲気の彼らはそれぞれ自己紹介をする。
「これはこれは。どちらも個性的な姿をしているね」
ガララダの雰囲気に引っ張られつつも述べたのが、グリムの精一杯のお世辞である。
見るとマットの後ろには、露出をしたり体のラインに沿った服を着たりする事で肉体を強調する8人の美女がマットの背中へと色目を向け、ガララダの後ろにはガララダに似た服装、頭髪をし、更には顔をカラフルに染め上げた8人の男女がポージングをしている。
両極端と呼べるその光景を前にして胃と呼べる部位があるなら間違いなく胃もたれをしているな、と思いつつグリムは苦笑する。
「噂のコンビに会えただけでも面目躍如というものだよ」
「こいつが世にも珍しい黄金のゴーレムっつう奴かァ…」
マットは優しそうな微笑みを浮かべてグリムへと話しかけ、ガララダは顎をさすりつつベントネティを見上げる。
だが、その顔に邪な感情は無い。ただ、黄金の巨体に唖然としているのみ。
「実物をこんな近くで見るのは初めてだぜ…」
「確かに、遠目からなら何度か見てたもんね」
「…知ってたのか?」
「そりゃ勿論」
どうやって見ていたのか、とは言わない。カメラがどうこうと言ったところで伝わらないだろうから。
グリムは微笑みの中に自分達の抱える秘密を隠しつつ、ガララダの問いに上手く答えてみせる。
そんな彼が気になったのは、まじまじと見つめてくるマットの姿だ。
様相と打って変わって素直に感心するガララダを尻目に、グリムは好青年へと視線を向け、声を掛けた。
「どうしたんだい? 何か気になることでも?」
しかし、マットもまた想定内と言わんばかりにすぐさま受け答えする。
「いや、何も」
そんなマットは、それだけで会話を終えるとレミネスに視線だけを向ける。
一方の彼女もまた、頃合いと見てか少し楽にしていた立ち姿勢を整える。
「それで、レミネスさん。今回はどんな素敵な仕事を斡旋してくれるのやら」
「…こんなこそこそとやるからには、あまり愉快なものにはならないとまずは断っておく。今回は違法薬物の一種『デュフォン』を製造している組織、『刻十蛮頭』の摘発にかかる」
ガララダとマットの表情が少しだけ険しくなるも、グリムだけは表情が変わらない。
王国に来たばかりだと言うのもあり、尋ねてみなければその組織がどのようなものなのか分からないのが今の彼らである。
「その組織ってどんな組織なの?」
「まじか。お前は知らずに此処まで来たっつうのかよ?」
グリムの素朴な問いを耳にして驚いたのがガララダ達『エッジブラザーズ』である。
すると、今度はグリムの代わりにレミネスが答えた。
「ああ、ターゲットの詳細を省いた上で誘ったからな。説明不足だった」
それから少しだけ間を置いてから、レミネスは続ける。
「『刻十蛮頭』という組織はこの王国に於いてはそれなりに知名度を持つ裏社会の一員だ。裏社会と聞いて、思い付くだけの悪は一通りやっていると考えて良い。…尤も組織の規模としてはそこまで大きなものでも無いがな。以前より、取り引きの一切が禁じられている違法薬物に手を出しているのでは無いか、と言われていたが具体的な証拠が無かった為に疑惑の範疇を出なかった」
「今回、その証拠が出てきて掴めたんだね」
「ああ、そうだ。最初から手を出さなければ良かったものを、案の定手を出していた訳だ。その更に裏に誰が居ようと、放っておく訳にはいかない」
摘発の前例があれば、他に手を出していた組織も手を引くかもしれない。
されて尚、手を出す愚か者が居るならば『刻十蛮頭』と同じく、裁くまで。
彼女の発言は暗に、そのような考えを示していた。
医療従事者たるパートラーニ達が背後に居るグリム達からしても、レミネスのしようとしている事には素直に賛同できる。
(素晴らしい心がけだね)
取り扱いそのものが禁じられた薬物が無くすというのは喜ばしい事だが、それでも一抹の不安を感じざるを得なかった。
(…不安だけど、彼女は織り込み済みか)
だが、目の前の彼女はそうした疑問すら想定の範囲内で且つ、その解決策を提示出来るのかも知れない。
グリムの被るフードの裏地に表示されているマップが、屋根上に待機している複数の反応を示していた。
何かをする素振りは無く、それらの反応はこちらをただ見ているのみ。
ガララダとマットの方をグリムが見るが、その監視の目に気付いているような様子は無い。
それにより、グリムは力量の差というものを感じざるを得なかった。
「さて、まずはこれより三時間後に奴らの今日の取り引きが行われる。我々はそれより先に現場へと向かい、奴らが取り引きをする前に取り押さえる。場所は――」
レミネスの説明の後、一同は王国の南西へと向かうのだった。
王国の南西、王都より2km程南に離れた場所は、王国貴族の一つ、ララダル子爵家の統治する領地の一つである。
時期を問わず豊富な種類の農作物が取れる肥沃の地だと、王国出身ならば知らぬ者など居ないとされる程に著名な地域となっている。
だが、その一方で黒い噂も絶えない。主に違法薬物の原材料を栽培しているのでは無いか、という噂が。
「まさか、それを裏付ける現場になってしまうとはな」
レミネスはそう言ってみせるが、その声色に悪びれた様子は無い。
寧ろ、張り切る素振りを見せているのが、今の彼女である。
現在、彼らが居るのは農耕地の一角となる倉庫街。
その中の廃材等で構築された物陰の中である。
「その様子じゃ大分
「…ああ、そうだな。嫁ぎ先を
グリムは皮肉の通じる相手で助かった、と思う反面、一体どれだけしつこく迫られたのやら、と苦笑する。
騎士としての道を志す以上、生半可な立ち位置に留まる事は許されないのである。
ただひたすら鍛え上げる事も一種の美徳とする男性はともかく、若さと美貌という生まれ持った最大級の武器を自ら犠牲にする女性ならば尚更。
レミネスの今まで歩んできた道もまた、過酷かつ人の都合に振り回されかける危ういものだった。
彼女の実家であろうと、他貴族の家であろうと彼女の心情などお構いなしに身を固める事を強いるのである。
当然ながら、それで彼女の同意を得られる筈も無く。
独身の身でありながら『聖騎士』の座へと上り詰めた今の彼女がその結果を物語っている。
「さて、お喋りはこれぐらいにしよう。来たぞ、奴らが」
レミネスの一声を皮切りに、グリムを始め物陰に隠れた者達の表情が引き締まる。
現在レミネスとグリム、それから『ブルームーン』と『エッジブラザーズ』からそれぞれ二人ずつが彼らの背後に隠れている。
ベントネティには近くの倉庫内に身を潜めてもらい、ガララダ率いる『エッジブラザーズ』とマット率いる『ブルームーン』にはまた別の場所で隠れて待機してもらっている。
確実に仕留める為に、隙を伺い包囲網を構築する手筈となっていた。
雑に置かれた木箱や樽の陰に身を潜める彼らの視線の先には、大きな鞄を手にした背の低い男が周囲を見渡している。
すると、取引相手が見つかったのか、ハットを深く被ったその男の表情が明るくなった。
「よお、旦那。待っておりやしたぜ」
「済まねぇな。…だが、時間通りだろ」
背の低い男に呼ばれてきたのは、これまた整った身なりの男。
その男もまた重そうな鞄を片手で持ち姿を現した。
「へへ、その通りでさぁ。…それで、代金はそちらに?」
「ああ。…だが、その前に現物を検めさせてもらう」
背の低い男が言われた通りに持っていた鞄を開け、中身を見せる。
そこには黒い粉末状の物体が小分けされた大量の袋の中に収められていた。
遠目からでも見えてはいるが、グリムの両目に内蔵されたズーム機能により確実なものとなる。
「あれが?」
「粉末状。少人数。人気の無い場所での取り引き。黒と見て間違い無いだろう」
とは言え、実物を知らない身。
確認を兼ねたグリムの問いにレミネスが答える。
苦い思い出を思い出したせいで険しくなっていた彼女の表情が、より険しくなる。
自らだけでなく、罪無き者に対してもその毒牙を向けようとする悪意への義憤の方が勝るからだ。
「突入のタイミングはどうするの?」
「…行くぞ」
「えっ、もう?」
あまりにも唐突なタイミング故に、グリムは男達へと突っ込んでいく聖騎士を止める事が出来なかった。
同時に、彼は伝えそびれる事になってしまった。
妙な赤い反応――即ち敵が複数居るという事を。
「!」
次々と静かな空間で鳴り響く銃声よりも早く、レミネスは剣を抜き取り、右へ左へと回避していく。
それを見たグリムはここまで出来るんだ、と思いつつ加勢に入るべくレミネスに続く。
手にはカラーガンでは無く、先端にカラフルな染料を付けた筆のある剣を握り締め。
「な、何だ!」
「奴が、あいつの言っていた乱入者か!」
それを聞いた途端、グリムとレミネスの表情が一変する。
グリムが外へと飛び出すと、現金を持ってきた方の男と似通った黒スーツの集団の姿が見えた。
先程の銃声の正体と思しき、リボルバー銃を握っているのを含めて。
グリムとレミネスは互いに目配せを送り、他の待機している者達には迂闊に出るな、と無言で指示を送る。
だが、このままでは多勢に無勢である。
この状況を打開する為にもレミネスはグリムへと叫んだ。
「グリム!」
「分かった。暴れさせれば良いんだね?」
レミネスの彼への指示は、厳密にはグリムに対するものでは無い。
未だ敵に見つかっていない、黄金の巨人に対する者だった。
グリムの指笛と共に、轟音を鳴り響かせ倉庫の鉄扉を殴り飛ばして、黄金の雄姿が立ち昇る土煙の中から現れる。
「あいつは!」
「くそっ、例のゴーレムまで居合わせていたのか!」
ヘイトがベントネティへと向かい、比較的近くに居た黒服達が射撃するも、その黄金の装甲には傷一つ付けられない。
当然ながらその程度で怯む筈も無く、ベントネティの重厚なる接近を許してしまった彼らは次の瞬間、振るわれた腕から跳ね飛んだ、流動する黄金の粘体に下敷きにされる。
彼らは抜け出そうともがくもそれより先に黄金の粘体は固まり、完全に身動きが取れなくなった。
「な、何だこれは!」
「ぐ、身動きが!」
《チューンゴールド:バインド》にて地面と接着させられた6人の無力化に成功し、ベントネティはグリムへ合流すべく先を急ぐ。
黄金の巨人を倒すことは困難と考えたのか、黒服達は注意をレミネスに戻す。
「ゴーレムが倒せずとも!」
「こいつをやれば!」
「そうはさせないよ」
リボルバーの射線に割って入り、グリムはその手の異質な剣を振るい、飛んできた銃弾全てに筆の染料を付着させる。
「水色は反射の色。お返しするよ!」
《カウンター:カラーズ・アクト》を発動し、水色に染まった銃弾全てが黒服達の元へと返っていく。
180度向きを変えた銃弾は、男達が撃った時よりも勢いを増していた。
「ぐあっ!」
「がっ!」
肩や脇腹、自らの肉体の一部に穴の空いた男達は次から次へと倒れていく。
無事では済まないと想定していたかはさておき、そうなってからすぐに動ける者など誰一人として居なかった。
銃弾の脅威というものを重々理解しているグリムは、守り切ったレミネスの方へと向くが、一方の彼女は微塵も感謝していないような顔をしていた。
寧ろ、グリムの行動の理由を今にも聞きたそうにしている。
「グリム、何故かばった?」
「何故って、危ないからに決まってるじゃないか」
「あの程度、私の剣術でどうにでもなったぞ」
「…そうなんだね」
ジェネレイザもそう豪語出来るだけのメカは少なからず居る。
レミネスの剣の腕はあれらと同等かそれ以上、と評価を改めた上でグリムは男達の護衛が粗方片付いたと見て、取り引きを行おうとしていた者達の方へ向き直る。
「さて、一応聞くが」
レミネスの向ける視線は、凍えそうな程に冷たいものとなる。
並大抵の人間ならば思わず震え上がる程に洗練されたそれを前にして、男達もまた軽く身震いする。
「その黒い粉末、『デュフォン』だな。知った上で取り引きをしていたのか?」
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