第43話 少女の闇と光【後】
不幸にも人間に捕らえられたばかりに、奴隷の身分に落とされてしまったハーピーの少女達。
ただ虐げられていたばかりの彼女達に、身なりを整えたり、最低限を取り繕ったり出来る余裕は無かった。
現実に逃げ場など無く、一秒でも長く夢の世界へ浸る事が、彼女達にとって唯一の救いだった。
そんな彼女達が見る夢は、そんな立場に置かれるより前の記憶の光景が殆どである。
例え、理想の未来を思い描いたとしてもそれは記憶に依存するものとなる。
過ごしやすい気候や環境の中、羽根の十分に生えた翼で大空を舞う。
好物の木の実を啄み、仲間達と談笑し朗らかに過ごす。
例えあまり代わり映えのしない光景であっても、彼女達には渇望する幸福の形である。
良い所で目が覚めてしまい、また地獄のような日々が始まってしまうのか、とハーピーの一人が疲れた顔をして目をゆっくりと開ける。
が、目を疑う光景を前にして目を見開いた。
様相がまるで違う銀色の天井と、明るくも目に優しい照明。
急いで体を起こすと、周囲には清潔に整えられた医療設備と純白のカーテンが展開されている。
目線を下ろすと、清潔な純白のベッドがあり、それに似つかわしく無い汚い自分の姿に慌てた。
「おはよう。よく眠れた?」
カーテン越しから声が聞こえてくる。
あの夜に出会った少女の声。
姿こそ見えないものの、声色はその時より明るく、彼女が此処まで連れてきてくれたのだとハーピーは解釈する。
「あの…」
「仲間の事? 彼女達も全員保護している。治療が終わったらすぐにでも会わせてあげる」
「いえ、そうじゃなくって…」
違うとは分かっていても、それでも罰されるのではないのか。
今まで何かにつけて自分達を虐げてきた人間の姿が脳裏を過ぎり、恐怖に震える。
だが、黙っていては始まらないと、恐る恐る震える口を開いた。
「ベッド、汚してしまいました。こんな綺麗で上質なベッドなのに、私なんかが……」
「使う権利は誰にだってある。それにその体では、ね。あなた達はわたしの庇護下に入ったのだからそれくらいは大目に見るわ」
身構える間もなく返ってきた言葉に、怒りや悪意は無い。
少女はそれが当たり前だと言うように、優しい言葉を投げかけた。
それを耳にしたハーピーがたじろいでいると、カーテンを小さく開ける音が聞こえてくる。
姿を現したのは、ナース服を身に包んだ黒い人型。
顔と呼べる部位は無いが、その所作は丁寧で、思わず見惚れてしまう程。
「これは……」
「わたしの同胞。具合が悪いと感じたら診てもらって」
姿を現したメディックは、ハーピーへと近づくと、彼女の体へと優しく触れて患部の数は如何程かを確認する。
顔の無い彼女達であってもセンサーやカメラ類は一通り備わっているので、見ただけで傷の具合などは把握出来る。
…が、医学知識はおろか機械への理解も乏しいハーピーからすれば何をされているのかなど分かる筈も無く、ただただメディックの邪魔にならないよう困惑しながらも大人しくしていた。
そんな彼女達に納得できるだけの情報を口語にて伝えるのがベルディレッセの今の役目である。
「取り敢えず傷口を消毒。何か自覚症状があるようだったら漏れなくそのメディックに言って。それから、お風呂ね。一人で洗える? もし出来ないならわたしが手伝う」
「あ、お風呂あるんですね……」
「此処は医療機関なのだから、それくらいあって然るべきよ」
イリョウキカン、という名の聞きなれない施設は凄いところなんだ。
ジェネレイザ基準の説明故に不足している情報は多い。
だが、一遍に説明されても理解の追い付かない部分は多く、一先ずハーピーはこの人ならざる救援者達に感謝しつつもそれで納得する事にした。
「浮かない顔をしておりますね」
パートラーニはアームを巧みに操り、ホットココアを淹れたマグカップを座ったベルディレッセへと差し伸べる。
彼女は黙々とそれを受け取るが、すぐには飲まず、また液面を覗きこむ表情も変わらない。
「思った以上に、王国は闇が深いようね」
連なるカーテンの向こう側には、助け出したばかりのハーピー達と面倒を見ているメディック達が居る。
彼女達に聞こえない程度のボリュームで彼女はそう言った。
「闇が深い、と言いますと」
「人ならざる者の命を弄ぶ事が好きらしい。恐らく、あれもそうだったのかも」
ハーピー達を助け出す直前から、此処に来たばかりに遭遇した異形の姿を彼女は思い出していた。
手や腕と思しき部位が所々から飛び出している、肉塊ともヘドロの塊とも言える、高さ9m、幅4m程の黒い異形。
その時はまだ別行動を取っていなかったグリムとベントネティが対処し、彼らの力のみで撃破する事が出来た。
死亡したのを確認してからパートラーニ達医療班が調査した所、元々は亜人種族だった生物だと判明した。
また、多量の薬物と思われる成分も検出されており、これが原因で変異してしまったのでは無いか、と推測が立てられていた。
今回保護したハーピー達にも、その検出成分の一種が確認出来た。出来てしまったのだ。
「パートラーニ、診察する時は念入りに調べて。治療薬が生成可能かどうかも、ね」
「畏まりました。より多くの命が救えるのであれば」
パートラーニが自前のホイールで遠ざかっていくと共に、少女はココアを口に付ける。
その液面の黒さよりも更に黒い感情が、彼女の『心』にて渦巻いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます